45 音楽隊が征く
ピーヒョロロピー!
集合の笛の音が響き渡る。
「……来ないな」
笛から唇を離し、ボスは若干苛ついた様子で呟いた。
床に座り込んでいたガインが小さく唸り、壁を支えにしながら立ち上がる。
「探しに行こう。魔物は俺が引き受けるから、ボスは笛を吹く事に集中してくれ。そうすればミイナ達も笛の音に気づくかもしれない」
「しかし……、いや、分かった」
ボスは頷き、上へと続く階段と下へとおりる階段を順に見て顎に手を当てた。
「上か下か、どちらに行けばいいか」
「そうだな……、ん?」
ガインとボスが同時に上へと続く階段を見上げる。上階からゴロゴロと、まるで巨大な何かが転がるような音が近づいてきている。
「魔物か?」
ガインとボスが身構えた時、それは見えた。
「シータ!」
ガインが叫ぶ。
上階から、シータの巨体が転がってきている。シータは大回転で魔物をなぎ倒しながら階段をおりてきていた。いや、おりているのではない。これは――。
「止まれシータ!」
「とま、止まれなぁぁぁ」
ガインとボスの目の前を通り過ぎ、シータは下へと転がっていく。おりているのではなく、転がってしまって止まれない状態になってしまっているようだ。
ガインが痛む体に鞭打ち、シータを追いかける。
「シータ、何処まで行くんだ! 踏ん張って止まれ!」
「む、無理ぃぃ」
転がる速度が増していく。
「シータ!」
届かないと分かっていて手を伸ばすガイン、その肩をボスが掴んだ。
振り向いたガインの目の前で、ボスは舌打ちをして銃を構える。
「ボス!?」
まさかシータを撃つつもりなのか。しかし銃口は上へと移動する。そしてボスは、シータが向かう先、ひび割れた天井に向けて引き金を引いた。
ドガドガドガ!
大きな音を立てて落ちてきた天井に当たり、シータの体が跳ねる。
「うわぁぁぁ!」
「シータ!」
二度、三度と跳ね、シータはやっと止まった。
「うぅ……、痛いぃ……」
巨体を揺らして起き上がるシータに、ガインが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと痛いけど大丈夫ぅ。止めてくれてありがとうぅ。ガイン達も無事……、ではないけど生きてた……、あれ? 生きてる?」
シータがガインに背負われたレイの顔を覗き込む。レイはかろうじて息をしていた。
「うわぁ……、やばそうだねぇ。ミイナは?」
訊かれてガインが首を横に振る。
「分からない」
「そっかぁ。じゃあ探さないとぁ。おいら、一番上から転がり落ちてきたけどミイナには会わなかったなぁ」
もしミイナが上の階に居れば、大きな音を立てて派手に転がっていたシータに気づくだろう。ミイナは上にはおそらく居ない。
「では下に行ってみるか、ボス」
「そうだな」
ボスは頷いて笛を構えた。
ピーヒョロロピー!
笛を吹きながら階段をおり始めるボス。その後ろをガインとシータが付いて行く。
ピーヒョロロロピー!
笛の音が響く。
「こうしてると、おいら達音楽隊みたいだぁ。ねぇ、ガイン」
一番後ろを歩いているシータに話しかけられ、ガインが振り向く。
「演奏しているのはボスだけだから、音楽隊とは言わないのではないか?」
「でもほらぁ、ガインの背中のレイが、笛に合わせてヒューヒュー音を出してるよぉ」
「……これは呼吸が苦しいだけではないか?」
レイの喉からは、呼吸をするたびにおかしな音がしている。
「おいらもなんか演奏したいなぁ。ボス、どうしようぅ」
ボスが笛から唇を離し、苛立ちもあらわに振り向きもせず答える。
「腹でも叩いておけ」
「腹ぁ?」
首を傾げ、シータは拳で自分の腹を叩いた。
ボーン!
「…………!」
「…………!」
周囲の空気が震える。
「……シータ、腹から出る音ではないぞ」
「おいらの腹、こんなにいい音が鳴るんだぁ」
シータは『腹太鼓』の技を覚えた。
ピーヒョロ・ヒューヒュー・ボーンボーン。
賑やかな音楽を奏でながら、音楽隊は階段をおりていく。
「なかなか見付からないねぇ」
「この音に気付けば必ず来るはずなのだが……。近くにはいないか、動けない状態か……」
もしくは……。一瞬浮かんだ最悪の状況を振り払うように、ガインは頭を振った。と、そこで、不意にボスの笛の音が止む。ボスが立ち止まり、笛を唇から離す。
「どうした?」
訝しげなガインに、ボスは眉間に皺を寄せて小さな声で告げた。
「何か聞こえないか?」
そう言われて、ガインとシータが耳を澄ます。すると、
わー、きー! パン! パンパン!
微かにだが、複数の悲鳴とも奇声ともとれる声と銃声が聞こえた。
「これは……!」
「魔物と戦っているのかもぉ」
「下からだ。行くぞ!」
ボスが階段を駆け下りる。その後をガインとシータが慌てて続いた。