44 幸せなら手を?
「うぅ……っ」
ガインが呻き声を上げて目を覚ます。
「ここは……どこだ?」
どこかでぶつけたのか、痛む頭を押さえて体を起こし、霞む目でガインは周囲を見回す。ひび割れた壁、大きな柱、高い天井。どうやら建物の中、広間のようなところに居るようだ。
「……ぅ」
背中から苦しげな声がして、ガインはハッとした。
「レイ!」
そうだった、レイを背負っていたのだった。ガインは慌てて紐を緩め、レイを背中からおろす。
「大丈夫か?」
言いながら、大丈夫ではないことは分かっていた。
「あ……あ、げほ!」
白い顔で咳き込むレイの背中をガインが撫でる。
レイは虚ろな目で周囲を見回し、それから視線をガインに向けた。
「ここは……、遺跡内部……」
「やはりそうか?」
レイが頷く。
「たぶん。みんなは、無事かな……」
「無事だと信じよう」
巨大なイカに投げ飛ばされた自分達が生きているのだ、きっとみんな生きているに違いない。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるようにガインは言い、まだ痛む頭を掌で二度叩いて訊いた。
「それより、俺達はこれからどうする? どうやら周囲に魔物は居ないようだが……」
レイは顎に震える指を当てて少し考え、そして決断する。
「皆を探しつつ、欠片を探そう」
ガインが頷いた。
「分かった。無理しない程度に進もう」
ガインはレイに背中を向け、レイがその背に身を預け、肩に手を乗せる。
「……ごめん」
「謝るな。レイは大切な仲間で強力な戦力なのだから、当然だ」
「うん……。ありがとう」
レイを紐でしっかりと背中に固定し、ガインは立ち上がる。
「さあ、行こう!」
力強く言い、一歩踏み出す。――その時、
「…………」
「…………」
目の前に突然、鋭い牙を剥き出しにした魔物が現れた。
そしてガインとレイが魔物に襲われているその頃、シータは――、
「きっとここがぁ、遺跡なんだよねぇ……」
小さな部屋に居た。
竜巻に巻き込まれ、気づいたらこの特に何もない小部屋に居た。
「ん―……、どうしよっかなぁ」
贅肉がクッションになったのか、どこも怪我をした様子のないシータは、少し困った表情でドアノブを握り、部屋の外に出てみる。部屋の外には廊下といくつかの部屋、それと下り階段があった。
「みんなぁ、何処ぉー!」
出来る限りの大声を上げてみるが、返事はない。
「……とりあえず階段をおりてみようかなぁ」
シータは巨体を揺らし、階段をおり始めた。
その頃ボスは――、
「うぅ……」
呻きながら体を起こしていた。
痛む腕をさすりながら、周囲を見回す。廊下らしき場所に居た。
「遺跡……なのか? ガイン、レイ、シータ、小娘!」
叫ぶが返事はない。
「…………」
ボスは組織の笛を取り出し、ゆっくりと立ち上がった。
そして――、
「大丈夫? カンチ! カンダ! カンチシロ!」
ミイナは構成員達に、回復魔法を掛けていた。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べながら頭を下げる構成員達に、ミイナは首を傾げて訊いた。
「ここ、何処だろう?」
構成員の一人が答えた。
「おそらく、遺跡内部だと思います」
「遺跡の中に入っちゃったの?」
ふーん、と頷きながら、更にミイナは訊いた。
「ボスの仲間達は、ここに全員居るの?」
「えー……」
構成員達はお互いの顔を確認し、人数を数えて頷いた。
「はい。二十人全員います」
「え? ボスの仲間達って、二十人もいたの?」
「はい」
そんなにぞろぞろと付いてきているとは知らなかった、と今更ながら驚いて、ミイナは杖で自分の肩をトントンと叩いた。
「それで、これからどうしようか?」
「そうで――!」
言いかけた構成員が、ハッとして周囲を見回す。それと同時に、すべての構成員が一斉に何かを探すように辺りを見回し始めた。
「え? 何? どうしたの?」
眉を寄せるミイナに、構成員が説明する。
「集合の曲です。集合の曲が聞こえます」
「曲……?」
ミイナも耳を澄ましてみる。すると、微かに笛の音らしきものが聞こえた。
「あ、本当だ。でも何処から聞こえるんだろ?」
構成員が首を横に振る。
「分かりません」
「んー……、じゃあ、とりあえずボスを探してみようか。私は回復しかできないから守ってね」
「はい」
構成員が頷いて、懐から何かを取り出す。それを見たミイナは、目を見開いて叫んだ。
「ちょっと待った!」
「え?」
ミイナが構成員の手に握られたものを杖で指す。
「それ、パンパン!?」
構成員はミイナの勢いに驚きながらも、手の中のものを見せた。
「はい。片手銃ですが?」
構成員が持っているのは、ボスが持っているのと同じ片手銃だった。
「それ、仲間達も持ってるの?」
「全員ではありませんが……」
戸惑いつつ頷く構成員。
「…………」
ミイナは、とびきりの笑顔になった。
◇◇◇
「笛の音が……聞こえる……?」
血塗れのガインは、壁に手を付いてよろめく体を支えた。
「レイ、大丈夫か? レイ?」
背中のレイに声を掛けると、
「うぅげ……」
苦しげな呻き声だけが返って来た。
「……大丈夫ではないな」
突然現れた魔物は強かった。ガインもレイも必死に戦い何とか倒したが、受けたダメージは大きかった。
「この音……、何処からだ?」
こんな場所で聞こえる笛の音、これはきっとボスが吹いているに違いない。笛の音を辿れば、ボスに会えるはずだ。
痛む足を引きずりながら歩いて広間を出ると、ガインは階段を見つけた。階段は上と下に伸びている。
「上からか……?」
どうやら笛の音は、上の階から聞こえてくるようだ。冷たい手すりを握り、ガインは必死に上へとのぼる。笛の音が大きくなっていく。
「近いな……。ボス、ボス!」
必死に叫ぶと、
「ガインか……! 何処だ?」
返事が聞こえた。
「ボス!」
階段をのぼりきったのと、ボスとガイン、レイが再会したのは同時だった。
「ガイン、レイ、無事……ではないな。魔物にやられたのか?」
「ああ……」
ガインが崩れるように床に座る。
「笛を吹いてくれて助かった」
「そうか。他の者は?」
「見ていない。無事だといいが……」
そうだな、とボスは頷き、レイの顔を覗き込んだ。
「……レイが壊れた人形のようになっているな。小娘に回復してもらわなくては危険だ」
「そうだな。しかしミイナは何処に居るのだろうか……」
そのミイナは――。
「ああ、凄い。これ凄いの……!」
パンパン、という音が響く。
ミイナは手に入れた片手銃に夢中だった。
「あの、返して……」
「駄目!」
現れた魔物を片手銃で倒し、ミイナは突き進んでいく。
「広いねー、この遺跡」
「はあ、そうですね……」
銃を取られた構成員は、もう銃は返って来ないだろうというあきらめの気持ちと共に、気の抜けた返事をした。
「あれ?」
倒した魔物を避けながら歩いていたミイナの足が不意に止まる。
「どうかしましたか?」
訝しげな構成員に、ミイナは少し先にある壁を指さして言った。
「あそこになんか、書いてない?」
構成員が目を眇めて壁を見つめた。
「……書いてありますね。なんでしょう?」
「行ってみよ」
「ああ、待ってください!」
構成員の制止を無視して駆け足で目的の壁まで行ったミイナは、そこで壁を見上げて首を傾げた。
「なに、これ?」
ミイナの後を追ってきた構成員も、壁を見上げて首を傾げる。
「壁画、でしょうか?」
壁には沢山の手の絵と、古代文字が描かれている。
「うーん、レイがいれば何て書いてあるか分かるのに……」
沢山の手は、掌をこちらに向けていたり、両手を合わせた状態になっていたりする。
じっと絵を見つめ、そしてふとミイナは思う。もしかしてこれは……。
「拍手、かな?」
そうだ、まるで拍手しているようではないか。
構成員達も「おお……」と感心したように頷いた。
「確かにそうですね」
構成員の言葉で、ミイナはこれが拍手をしている絵だと確信した。
「ここで拍手すると何かあるのかな?」
「さあ、どうでしょうか?」
「お宝が出てくるとか?」
「お宝、ですか? ここは遺跡なので、古代の宝が出てきてもおかしくないかもしれませんが……」
ミイナと構成員が一瞬視線を合わせる。
古代の宝が出てくるとしたら、一体どんな、そしてどれだけの金銀財宝が出てくるのだろうか?
「ねえ、やってみようか」
「いや、しかしあまり軽はずみなことは……」
「大丈夫だって。宝が出たら少しは分けてあげるから」
「少し、ですか?」
ミイナは銃と杖を器用に脇に挟むと、両手を構えた。
「じゃあいくよ、準備して」
有無を言わさぬミイナの態度に、構成員達も仕方がないと両手を構える。
「せーの!」
ミイナと構成員達が壁の絵に向かって一斉に拍手をする。
パチパチパチパチ。
「…………」
「…………」
しかし、
「……何もないね」
特に何かが起こる気配はなかった。
「なにこれ。もういいや、行こう」
何もないと分かると、ミイナは急速に壁の絵から興味をなくした。
「誰よ、宝があるなんて言ったのは!」
文句を言いつつ踵を返そうとするミイナ。と、その時――。
ドガアァァァ!
突然、背後から聞こえた轟音。驚き振り返るミイナ達の前で、壁が砕け散っていく。
聞こえる咆哮、光る無数の牙と爪。
「……え?」
魔物の大群が、よだれを垂らしながら迫ってくる。
ミイナ達は、驚きのあまりその場で固まった。