41 割れた××のようなもの
「まずターゲットを一人に絞る」
攻略日記を見ながら呟くように言うレイに、ベッドに座って菓子を食べているミイナとシータが頷く。
「うん」
「それでぇ?」
レイ、ミイナ、シータ以外の者は、それぞれの事情で外に出ていて居ない。
レイはページを捲りながら続ける。
「角に追い詰めるようにする。胴に手を回し、素早く湯の中に引きずりこもう。この時さりげなく、乳を鷲掴みにするのを忘れないように」
ミイナが「ん?」と手を止めた。
「それって『魔物ごっこ』のことじゃないの?」
温泉で楽しんだ魔物ごっこに似ていると言い、首を傾げるミイナ。レイは掌で乱暴に額を擦り、それからまたページを捲った。
「……ヨシコは手強い。食事だけでもと誘っても、笑って躱す。そこで具合の悪いふりをして宿屋に誘い込んだ」
「最低男だねぇ」
「ヨシコさん可哀想!」
レイが髪を掻き毟り、攻略日記を思わず叩いた。
「ここも違う! 余計な部分が多すぎるんだ」
珍しく苛立ちをあらわにするレイを、ミイナが宥める。
「まあまあ。そんなに掻き毟ったら髪が無くなっちゃうよ」
レイがピタリと手を止めて深い溜息を吐いた。
菓子を頬張りながら、シータがベッドからおりて攻略日記を覗き込む。
「魔王ではなく、女性攻略日記かぁ」
「…………」
レイが無言でページを捲る。と、その時、ドアが開いて日雇いの仕事からガインが帰って来た。
ミイナがベッドからおりてガインに手を差し出す。
「お土産は?」
ガインは饅頭の入った小さな包みを、ミイナの掌の上に乗せた。
「ほら」
ミイナが饅頭を掲げて飛び跳ね、シータが巨体を揺らして喜ぶ。
「わーい」
「わーいぃ」
さっそく包みを開けて饅頭を食べるミイナとシータ。と、そこに今度は構成員の様子を見に行っていたボスが帰って来た。
「おはえりホフ」
饅頭を口いっぱいに頬張りながら言うミイナを無視し、ボスは真っ直ぐにレイの元へと行き、そして眉を寄せた。
「まだ次の目的地が分からないのか?」
「……もう少し待ってくれないかい」
僕だって頑張っている、と口には出さないが態度であらわすレイにボスは頷く。
「仕方がないな」
ミイナが饅頭を飲み込んで、ボスの腕を引っ張った。
「攻略日記の下巻は見付からないの?」
「……探している」
「おいら達の装備品はぁ?」
「鋭意作成中だ」
次の目的地が分からない、攻略日記の下巻は見つからない、装備品は完成しない。身動きの取れない状況が続き、結局勇者の子孫達はユゲンの宿に連泊していた。
「ねえ、もしかしてもう欠片は全部手に入れたんじゃないの?」
ミイナが何気なく言った一言で、勇者の子孫達は顔を見合わせた。
「そう言えばぁ、結構あったよねぇ」
「今いくつあったか?」
「一度じっくり欠片を調べてみるのもいいかもしれない」
ガインとレイが荷物を引き寄せる。ひとつ、ふたつ……と数えながら出すと、欠片は五個あった。
「五つか……」
「なんか微妙。これだけだったっけ」
ミイナが両手に一つずつ欠片を持ち、目の高さまで上げる。
「五つで全部揃ってるのかな? でもこれをどうすればいいのかもまだ分かっていな――あれ?」
ミイナの言葉が途切れる。
「なんだ?」
「どうした?」
皆の視線がミイナに集まった。
「ねえ……」
ミイナが両手の欠片をまじまじと見つめて言う。
「……この欠片とこの欠片って、割れ目がピッタリ合うんじゃない?」
皆の視線がミイナからミイナが持つ欠片に移る。
「言われてみれば……」
「合うような……」
「気がするな」
「気がするぅ」
ミイナが両手を近づけて二つの欠片をそっと合わせる。そして叫んだ。
「ほら! ぴったりじゃない!」
二つの欠片は見事に一つとなった。
レイが小さく唸ってミイナが持つ欠片に顔を近づける。
「『欠片』っていうぐらいだし、元々一つの何かだったのかな?」
ボスが顎に手を当てた。
「組み立てたらその『何か』が分かるかもしれないな。誰か接着剤を持っていないか?」
それなら、とレイは鞄の中に手を突っ込んだ。
「僕が持っているよ」
勇者の子孫達は床に丸く座り、二つの欠片をしっかりと合わせて接着剤で付けた。
「この合わさった欠片に更に別の欠片を合わせるんだよね、きっと。こっちの割れ目に合うのはある?」
「これかもぉ」
「これはここだ」
「ぴったり合うぞ」
「じゃあこれは……」
そうして欠片を合わせて接着させる勇者の子孫達。
「出来た!」
組み立てたものを笑顔で掲げるミイナ。わっと歓声を上げようとした勇者の子孫達は――、
「……あれ?」
しかし動きを止めて出来上がったモノをじっと見つめた。
「…………」
「…………」
ミイナがそっとそのモノを床に下ろす。
「あのさ――」
ミイナに皆の視線が集まった。
「――これって、この丸みと穴って」
ガインが小さく咳払いをする。
「気のせいではないか?」
レイがガインに同意する。
「そうだね、気のせい……かな?」
シータが唸った。
「でもぉ、似てるよぅ……アレに」
そして――、
「頭蓋骨だ」
皆がギョッとしてボスを見る。
「言い切った! 頭蓋骨って言い切った!」
「うるさい、黙れ小娘。どう見てもこれは割れた頭蓋骨だ」
ミイナが組み立てたモノ――割れた頭蓋骨のようなものを乱暴に掴んで、ボスの目の前に差し出す。
「まだ分かんないよ! 丸い部分を下にしたら……ほら、ちょっと小粋なお茶碗になった!」
「落ち着け、小娘」
ぐいぐいと迫ってくるミイナを鬱陶しそうに手で押し戻し、ボスはレイに視線を向ける。
「攻略日記の解読を急げ」
「あ……うん、そうだね、そうするよ」
レイは慌てて攻略日記を手に取り、再び解読を始めた。
ボスに突き放されたミイナが、今度はシータに頭蓋骨のようなものを差し出す。
「ねえシータ、お茶碗だよね?」
「これでご飯食べてみるぅ? おいらはそんな勇気ないけどぉ」
「うう……」
ガインがミイナの肩に手を置いた。
「ミイナ、これはひとまず片付けておこう」
「……うん」
と、その時、
「あ!」
レイが声を上げ、皆の視線が集まる。
「これじゃないかな? えーと、『暴風遺跡』に顎部分はある」
レイは攻略日記に書かれた文字を指で示し、皆に見せた。
「……顎?」
ミイナが首を傾げる。
「……顎」
レイが頷く。
「…………」
ミイナは大きく息を吸い、叫んだ。
「やっぱり頭蓋骨じゃない! 顎って何よ!」
「落ち着け小娘、頭蓋骨を振り回すな。レイ、他に情報がないか攻略日記を調べろ」
「う、うん。そうするよ」
レイが攻略日記に視線を落としてページを捲る。
ボスがミイナを手で追い払い、ガインが宥め、シータが菓子を食べ始める。
ミイナの手から落ちた割れた頭蓋骨が、床を転がった。