39 禁じられたチカラ
レイがガインの肩を叩いた。
「……ガイン、おろしてくれ」
「何をする気だ?」
地面に下ろされたレイが、ふらつく身体を杖で支える。
「本当は使いたくないんだけど――禁魔法を使おう」
ミイナ達が顔を見合わせ、首を傾げる。
「禁魔法?」
「なにそれぇ」
「制御の難しさと術者にかかる負担の激しさから、禁じられている魔法だよ」
え? とミイナは眉を寄せた。そんな魔法は聞いたことがない。
「術者に負担って……大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないけど仕方がない。――僕は今から魔物になる」
「魔物?」
レイは燃え盛る炎を見つめた。
「その名も、『氷結化獣』」
「美味しそうだなぁ」
「果物の果汁ではなく、獣と化すで『化獣』だよ、シータ。氷結化獣の息は全てを凍らせる。この炎もおそらく……」
レイが杖を両手でしっかりと握り、足を踏ん張る。
「危険だから離れて。それからミイナ、回復を頼んだよ」
獣化が始まったら連続で回復魔法を掛けてほしいと言うレイに、ミイナは頷いた。
「分かった、任せて」
ミイナ達がレイから離れる。レイが杖を掲げ、低く唸るような声で何かを呟き始めた。
「ルラナカンチエルイナエカハルムハゾヨノメレザワメ……」
ミイナが顔を顰める。
「あれが呪文? もの凄く耳障りなんだけど」
「耳の中で響いてるよぅ」
シータも耳を押さえた。
胸の奥深くがざわつくような、体中の血液が暴れ出そうとするような、不思議な感覚がミイナ達を襲う。そして、
「氷結獣変化!」
レイが叫んだ。
ミイナ達が息を飲む。レイの爪が伸び、身体がみるみる大きくなり服が破けた。肌には鱗のようなものが浮かんで広がっていく。口が裂け、耳は大きく変形し、頭には二本のねじれた角が生えた。赤く光る瞳、鋭い牙、人間だった痕跡は何処にもない。
その変化に、ミイナ達は唖然とした。
「巨大化したな……」
「服、勿体ない……」
「帰りは裸ぁ?」
「事前に脱いでおけば良かったのにな」
「そうだよね。服だって高いんだし」
巨大な獣と化したレイが、大きく息を吸い込み「ふう……」と吐く。
「…………!」
「凄い!」
炎の一部が凍った。
「頑張れレイぃ」
「凍らせて!」
仲間の応援にこたえるように、レイがまた息を吸い込み、
「ウゴゲエー!」
奇妙な唸りと共に血を吐いた。
「おい、吐血したぞ」
「ミイナ回復魔法を、早く」
ボスとガインに言われ、ミイナが慌てて杖を掲げる。
「カンチ!」
「駄目だよぅ。吐血が止まらないぃ」
カンチではまったく効かないようだ。ミイナは上級回復魔法を連続で唱える。
「カンチダ、カンチシロ、カンチシロ!」
レイの吐血は止まらない。舌打ちし、ミイナが更に回復魔法を唱える。
「カンチシ……」
しかしその時、
「見てぇ、炎が消えていくよぉ!」
シータが池の中心を指さし叫んだ。
炎がレイの吐血で消えていく。レイが吐血するたびに、炎の勢いが弱まっていく。
ミイナは杖を掲げたまま振り向いて、皆に訊いた。
「……どうする?」
ガインが眉を寄せた。
「吐血し続けたら、レイが危ないだろう」
「でも炎は消えてるよぅ」
ボスが顎に手を当てて唸る。
「炎と共に、レイの命も消えようとしているが、な」
皆が迷っている間にレイの状態は更に悪くなり、重い身体を支えられないのか足がよろめいた。
「ふらついているぞ」
「あ、倒れた」
レイが倒れたことで更に炎が消え、
「あ……!」
勇者の子孫達は一斉に叫んだ。
池の中心、今まで炎で見えなかったその場所に、祭壇らしきものが見えた。
炎の勢いはかなり弱くなっている。レイは動かない。そして、
「倒れたレイが、橋のようになっているな」
ボスの言う通り、獣化したレイの身体が、まるで橋のように池の中心まで伸びていた。
「…………」
「…………」
「行けるよねぇ」
今なら、レイの背中歩いて祭壇まで行ける。おそらくあの祭壇に聖なる欠片はあるのだろう。
「取りに行くの?」
チラリと祭壇を見てミイナが訊く。
「今なら可能だ」
「誰が?」
「…………」
男三人の視線が、ミイナに向けられた。
ミイナが目を見開いて叫ぶ。
「なんでよ! こういう危険なのは男の仕事でしょう!」
しかし、男三人は反論した。
「男女差別は良くないよぅ」
「炎は完全に消えたわけではない。まだまだ熱いだろう」
「だったら、炎のダメージを防ぐマントを装備している小娘の仕事だろう」
「マントだったら貸すから!」
ミイナがマントを肩から外そうとしたその時、
「グゲゲ、グゲゲゲゲ……」
突如、レイが唸り始めた。
皆の視線が一斉にレイへと向けられる。
「うわ、レイが変な声出してる」
かなり危険な状態なのかもしれない。
「早く行きなよぅ、ミイナぁ」
「レイが死んでしまう。早く行ってくれミイナ」
シータとガインがミイナの肩を押す。
「そんな、なんで私が。男をみせてよ、ボス!」
「行け」
「押さないでよ! 最低――、あ」
ミイナ達が動きを止める。
「ウグゲゲゲ……!」
レイがまた唸り声を上げ、
「動いた!」
微かに、長く鋭い爪が生えた指先を動かした。
「あれを見ろ!」
レイの手が、池の中心に置かれている祭壇に伸びる。
「まさか、聖なる欠片を取ろうとしているのか」
「ああ、そのまさかのようだな」
レイが大きく震えながら身体を起こして祭壇を掴んだ。
「頑張れぇ!」
「頑張って、レイ!」
力を振り絞るように大きな咆哮をし、レイが祭壇を台座ごともぎ取る。そして這いずる動きで振り向き、それをミイナ達の前に置いた。
「凄い、レイ!」
「よくやった」
「凄いぞ」
「凄いよぅ」
レイの眼球が右へ左へと揺れ、身体がうつ伏せのかたちで地面にゆっくりと倒れる。そのままレイの身体は縮み、元の姿へと戻った。
「レイ、あんた本物の男だよ。カンチシロ」
ミイナが回復魔法を唱える。
「おい、大丈夫か?」
「血塗れすぎて、赤い服を着てるみたいぃ」
ガインがレイを抱き起し、ボスが祭壇に乗っているモノを手に取った。
「おい、もしかしてこれは聖なる欠片か?」
ミイナはボスの手の中のものを見て頷く。
「あ、たぶんそうだよ」
勇者の子孫達は、聖なる欠片を手に入れた。
ガインがミイナを呼ぶ。
「ミイナ、こっちに来てマントを貸してくれないか」
裸のレイをマントで包みたいと言うガインに、ミイナが顔を顰めた。
「え……。絶対嫌」
「さっきは貸すって言ってたのにぃ」
「裸の血塗れは嫌!」
仕方なく、ガインが上着を脱いでそれで意識のないレイを包み、背負って紐で固定する。
ボスが皆に言う。
「帰るぞ」
「はーい」
歩き出す勇者の子孫達。その背後で、炎獄の池は再び大きな炎を天へと伸ばした。