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38  暑すぎ森の炎獄の池

「暑い! 何でこんなに暑いの、この森は!?」

 額の汗を乱暴に拭い、先程から何度も同じ言葉を繰り返すミイナに、ボスは舌打ちをして答えた。

「炎獄の池に近づいているからなのだろう」

 ユゲンから馬車で南へと行った地にある森の中を、勇者の子孫達は進んでいた。ユゲンの国民の話しでは、この森の奥に炎獄の池はあるらしい。炎獄、という名にふさわしい暑さが、勇者の子孫達を襲う。

「まだ着いてないのに、なによこの異常な暑さ! 見て、シータとレイが倒れてるじゃない。――カンチ!」

 太っているシータは暑さに弱く、全身から汗を流しながら馬車の床にうつ伏せに倒れている。病弱なレイにいたっては、長椅子に寝そべったままピクリとも動かない。

「おいら、暑いの苦手だよぅ」

「私だって苦手よ」

「帰るぅ……」

「私だって我慢してるのよ! レイだって命が削られてる状態でも付いてきてるのに」

「レイは我慢じゃなくてぇ、意識が無い状態で運ばれているだけだよぅ」

 うるさい、と怒鳴り、ミイナは苛々を隣に座っているボスに向けた。

「ねえ、ボスは暑くないの?」

 腕を組み、チラリとミイナを見てボスはまた視線を前に向ける。

「暑い」

「じゃあもっと暑そうにしな――、きゃあ!」

 馬車が急停止し、ミイナが悲鳴を上げてバランスを崩す。倒れそうになったミイナの腕を掴みながら、ボスが御者をしているガインに声を掛けた。

「魔物か?」

「……いや、違う」

 ガインが御者席から身を乗り出すような無理な姿勢で後ろを振り向いて答える。

「馬が限界だ」

 ミイナとボスが馬車を降り、膝を折って地面にへたり込んでいる馬の前に立った。

「ヒヒリーヌ! ヒヒタロウ、ヒヒザエモン!」

「耐えられなかったか」

 ミイナの悲鳴とボスの呟きが重なる。暑さで朦朧としているせいか、馬の名前を間違えたことにはまったく気づいていないようだ。

「どうしよう」

 困惑するミイナに、仕方がない、というように溜息を吐いて御者席からガインが言う。

「ここからは徒歩で行くしかないな」

「ええ! この暑さの中を徒歩?」

 呆然とするミイナを無視し、ボスが馬車の中のシータとレイに声を掛けた。

「馬が駄目になった、降りろ」

「えぇぇぇぇー……」

「早くしろ」

 シータが渋々巨体を引き摺って馬車から降り、ガインがほぼ意識が無い状態のレイを背負って紐で固定した。

 皆が外に出ると、ボスが組織の笛を取り出して吹く。

 ヒューロロロピー!

 するとすぐに後方から構成員が走って現れた。

「ボス、お呼びでしょうか?」

「お前達の馬はどうだ?」

 構成員が眉を寄せて首を振る。

「動かなくなりました」

「やはりそうか。お前達の馬車とこの馬車を連れて戻り、ユゲンで待機しろ」

「はい」

 あれ? とミイナが首を傾げる。

「ボスの仲間達は一緒に行かないの?」

「馬の手当てが優先だ。それに大勢で歩いても暑いだけだろう。行くぞ」

 去って行く馬車を見送り、勇者の子孫達は仕方なく歩き出した。

「……ねえ、何この気温。本当に暑すぎ」

 ミイナが額の汗を拭う。足を引きずるようにして歩くシータが、ガインに背負われているレイを、唇を尖らせて見つめた。

「いいなぁレイ。ボス、おいらを背負ってくれよぅ」

「無理だ。歩け」

 ボスが真っ直ぐ前を向いたまま、冷たく言う。

「じゃあ、私を背負って」

 甘えた声を出すミイナにも、

「断る」

 ボスは即答した。

「なによ、ケチ!」

「ケチだぁ」

 ミイナとシータがボスに向かって文句を言い始めたその時、

「う……」

 微かな呻き声が聞こえ、ミイナ達はガインの背中に視線を移した。

「レイ、どうしたの? 苦しいの?」

 レイが、震える手で杖を掲げる。

「レイ?」

 ミイナが首を傾げたのと、レイが掠れた声で呪文を唱えたのは同時だった。

「ヒョウカイ……」

 レイが唱えた瞬間、

「え? ぎゃあ!」

 頭上から振ってきた巨大な氷。勇者の子孫達は間一髪飛び退き氷塊を避けた。

「急に何するのよ!」

「レイ、危ないよぅ」

 文句を言うミイナとシータに向かって、レイは力なく手を伸ばす。

「暑い……氷、欲し……」

「欲しいって言われても……、こんな大きな氷、どうしろっていうの?」

 ミイナが眉を寄せて氷塊を見上げ、ボスが懐から片手銃を取り出した。

「オレが砕く。下がれ」

「パンパンで?」

「ああ」

 ミイナ達が下がったのを確認し、ボスは氷塊を撃つ。

 パン! パン!

「おおー……」

「砕けたぁ」

 地面に転がった氷の一つをミイナが両腕に抱える。

「あ、ちょうどいい感じ。ほらレイ氷だよ」

 ミイナは氷をガインの背中とレイのお腹の間に押し込んだ。レイがほっと息を吐き、ガインが頷く。

「冷たくて気持ちいい。これはいいな」

「おいらも氷ぃ」

 各自氷を拾い、それを服の中に入れる。

「よし、移動するぞ」

「はーい」

 氷で冷やされて多少元気が出た勇者の子孫達は、森の奥に向かって再び歩きだす。

「シータの氷、みるみる溶けてるよ」

「早くこんなところから帰りたいよぅ」

 シータがぼやいた時、前方に魔物の姿が見えた。ミイナがレイに訊く。

「レイ、あれ何?」

 ガインの肩越しに、レイが魔物を確認する。

「ブタバランの一種のヤキブタバランだね」

 ブタバランは全身に脂肪がたっぷりの獣型の魔物で、ヤキブタバランはそれに更に炎属性が加わった魔物だとレイは言う。

「炎属性っていうか、思いっきり炎に包まれてこんがり焼けちゃってるじゃない」

「美味しそうぅ!」

 レイが杖を掲げる。

「ツラララ……うげ……」

「カンチ」

 ボスが銃でヤキブタンを撃ち、ガインがメッタ刺しにする。

「先を急ぐぞ」

 倒したヤキブタンはシータが抱え、勇者の子孫達は更に奥へと進んだ。

「あ、また魔物」

「ヤキタマネギンとヤキピーマだ」

 新たに出た魔物も倒し、シータが喜ぶ。

「豚肉、玉ねぎ、ピーマンでバーベキューだよぉ」

「よく食欲があるわね」

 呆れるミイナに、シータは人差し指を振る。

「こういう暑くて辛い時こそ肉を食べなきゃだよぅ。ミイナも食べるぅ?」

「いらない。……はぁ、暑い。このマント、炎のダメージは防いでくれても暑さまでは防がないんだね。あー暑い。目の前がゆらゆらしてる」

 暑い暑いと連呼するミイナに、ボスが舌打ちをした。

「黙って歩け」

「だって、黙ってたら倒れちゃいそうなんだもの」

「それよりレイが白目を剥いているぞ」

「また? カンチシロ」

 更に奥まで行くと、周囲が『暑い』ではなく『熱い』に変わった。これにはそれまで我慢していたガインとボスも音を上げる。

「火傷しそうな熱さだな」

「ああ。炎獄の池は何処に――ん?」

 ボスが目を眇め、そして前方を指さした。

「おい、あれを見ろ」

 木の間から、炎が見える。

 勇者の子孫達は視線を交わし、急ぎ足で奥へと向かった。そして――、

「熱い熱い熱い!」

 ミイナが思わず叫ぶ。

 森が突如ひらけ、池が現れた。

「なによ、あの炎!」

 池の中心には空に向かって燃え盛る巨大な炎がある。

 ガインが唸った。

「池の水から湯気が出ているな」

「水じゃなくて熱湯の池だよぅ」

 炎のせいなのか、池は煮えたぎる熱湯で満たされている。

 ミイナは汗でへばり付く髪を鬱陶しげにかき上げて眉を寄せた。

「ここの何処に聖なる欠片があるっていうの? 熱湯の池と炎じゃ探せないじゃない」

「炎のダメージを防ぐマントがあるんだからぁ、ミイナがあの真ん中の炎に飛び込んで探しなよぅ」

「嫌よ! こんなマント一つで防ぎ切れないわよ!」

 どうすべきか、と顎に手を当ててボスがレイに訊く。

「レイが先程使った魔法を使えば、あの炎が消せるのではないか? ――どうだレイ、レイ」

 熱さのせいで意識を失いかけていたレイに、ミイナが慌てて回復魔法を掛ける。

「カンチシロ。ねえレイ、さっきの氷の魔法を唱えて」

 意識が回復したレイが、弱々しく杖を掲げる。

「ヒョウカイ」

 巨大な氷の塊が炎の上に現れる。そして――、

「え? 消えた?」

「いや、溶けたな」

 氷は一瞬で溶けて消えてしまった。

「え……、どうするの? ねえレイ、もっと大きな氷か大量の水は出せないの?」

「…………」

 レイが虚ろな目でじっと炎を見つめる。

「やだ、レイがおかしい」

「いったん帰ろうよぅ」

 これ以上ここに居ても体力が奪われるだけだ、作戦を練ってから再び来た方が良いのではないか。そうミイナ達が思った時、

「……ガイン、おろしてくれ」

 レイがガインの肩を叩いた。



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