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37  湯けむり温泉国

「なに、この煙。この国燃えてるんじゃないの?」

「火事だねぇ」

 炎獄の池の北にある国に辿り着いた勇者の子孫達は、国のあちらこちらから空へと立ち上る煙を見上げて首を傾げた。

「逃げなきゃ駄目じゃない?」

 眉を寄せるミイナに、しかしレイは首を振った。

「火事ではないと思うよ。これは――」

 その時、国の入り口で話している勇者の子孫達に気づいた女性が、笑顔でやって来た。

「ようこそ、『温泉の国ユゲン』へ」

 勇者の子孫達が顔を見合わせる。

「オンセン?」

「まあ! 温泉をご存知ないのですか? ではこちらへ」

「え? え?」

 女性はミイナの手を掴むと、グイグイと引っ張って行く。そしてそのまま近くの建物の中に入った。

「馬車は外に停めておけば大丈夫です。女性はこちら、男性はあちらの男湯へどうぞ」

 女性はミイナを更に奥にある部屋へと連れて行き、いきなり服の裾を掴んだ。

「さ、服を脱いで」

 ミイナが目を見開く。

「え!? なんで?」

 身の危険を感じて抵抗するミイナに女性は笑い、

「服を脱がないと入れませんよ」

 部屋の更に奥にある扉を開けた。

 途端に、むわっとした煙が押し寄せミイナを包む。

「え? 何ここ」

「これが温泉です」

「池から煙が出てる……」

 ミイナは驚いた。池の水からもくもくと煙が出て、それに裸の女性が数人浸かっていた。

「これが温泉です。地中からお湯が沸きだしているのですよ。さあ脱いで、服はそこの籠に入れて。一度体験すると、気持ち良すぎてハマりますよ。」

 よく見ると、部屋には棚があり、そこに籠がいくつも置いてあった。そこで漸くミイナは理解する。

「お風呂?」

 自分が知っているものとは違うが、これは大きなお風呂ではないか。それが分かってからのミイナの行動は早かった。

「私、こんなに大きなお風呂に入るの初めて!」

 装備品を脱ぎ捨て、ミイナは温泉へと飛び込んだ。

 一方、男湯へと向かったミイナ以外の勇者の子孫達は、温泉を見て同じように驚いていた。

「これが温泉かぁ」

「本で読んで知ってはいたけど、実物は凄いね」

「大きな風呂のようなものか」

 シータ、レイ、ガインが感心する。

「入ろうよぅ」

「そうだね」

 服を脱ぐシータとレイ。ガインもボロボロの服を脱ぎ捨てようとして、

「ん?」

 ボスが服を脱ぐ気配が無いことに気づいた。

「ボスは入らないのか?」

「ああ。俺は向こうで待っている」

 ボスが踵を返して去っていく。その背中を見つめ、シータが口を尖らせた。

「付き合いが悪いなぁ」

 不満げなシータをレイが「まあまあ」と宥める。

「もしかして、恥ずかしいのかもしれないよ」

「男同士なのにぃ?」

 ガインが手早く服を脱いでシータの肩を叩く。

「行こう」

 手から離れない惨殺の短剣はタオルで巻いて隠し、ガインが温泉へと向かう。

「待ってぇ、おいらも行くよぅ」

 シータも服を脱ぎ捨てて温泉へと向かい、その後をレイが続いた。

 温泉には既に数人の男が浸かっている。「お邪魔します」と言いながらレイが温泉に足先をつけた時、

 ザパーン!

 壁で仕切られた向こう側から大きな音が聞こえた。

「きゃはははは!」

 温泉に響く甲高い笑い声。

「…………」

「……今のはミイナの声だな」

「はしゃいでるねぇ」

 どうやらミイナは温泉が気に入ったようだ。

「迷惑をかけていなければいいけど……」

 心配しながら温泉に浸かったレイの肩を、ガインが叩いた。

「レイ」

「ん? なんだい?」

 ガインが隅に置かれている看板を指さす。

「この温泉は、虚弱体質に効くと書いてあるぞ」

「え?」

 レイが驚いて看板に視線を向ける。

「良かったねぇ。元気になれるかもしれないよぅ」

「本当だ。傷にも効くと書いてあるから、ガインの身体にもいいかもしれないね」

「疲れや肌荒れにも効くって書いてあるよぅ。ちょっと匂いがあるただのお湯にしか見えないのにぃ」

 不思議だねぇ、と首を傾げ、シータはふと目の前にいる老人の口元に目をやった。

「……あれぇ?」

 シータがその巨体からは想像もできない素早さで老人に近づく。

「おじいさん、なに食べてるのぉ?」

 指をくわえるシータを見て、老人が片眉を上げる。

「なんじゃ、旅人か。ようこそユゲンへ。ほれ一つやろう」

 老人から渡された握りこぶしほどの大きさの丸くて黒いものを、シータは掌に載せて見つめる。

「これなにぃ?」

「温泉タマゴロじゃ」

「温泉タマゴロぉ?」

 指先で触ってみるとプルプルと震え、少し硬めのゼリーのような感触がした。

「これを食べながら酒を飲むのが、温泉通というものじゃ」

 へえぇ、と感心して、シータが温泉タマゴロに齧りつく。

「美味しいぃ! おじいさんもう一つちょうだいぃ」

 ぺろりと平らげて、シータは老人に手を差し出した。

「もう食べたのか。ほれ、酒もあるぞ」

 お前達も飲め、と老人はレイとガインを手招きする。

「じゃあ、ちょっとだけ」

「いただきます」

 ガインが酒をグイッと呷ったところで、また隣からミイナの笑い声がする。

「きゃははは、待てー!」

「きゃあ~」

「喰っちまうぞー!」

 バシャバシャという激しい水の音と、複数の女性の楽しげな悲鳴。

「……何をしているんだろう、ミイナは」

 レイが不安げに壁を見つめ、

「気持ちいいな」

「美味しいねぇ」

 ガインとシータが満足げに微笑んだ。そして――。

「何をしているんだ、貴様達は」

 温泉を出た勇者の子孫達は、ぐったりと疲れた体を宿屋のベッドに横たえた。

 眉を寄せるボスに、ミイナが弱々しく手を振る。

「もうだめ、疲れたから寝る。魔物ごっこ楽しすぎ……」

「魔物ごっこ?」

 なんだそれは、と訊くボスに、ミイナは額に手を当てて答えた。

「魔物役を一人決めて、その魔物役が逃げ惑う女達を温泉に引きずりこんで乳や尻を揉む遊びだよ」

「……何をやっているんだ」

 ガインとシータは老人と酒をしこたま飲んで酔っており、レイは湯あたりをしていた。

「たまには息抜きも必要なんだよぅ」

「抜きすぎだ」

「今度はボスも一緒に入ろう」

 ミイナがボスを見上げ、「あれ?」と首を傾げる。

「ボスは温泉に入らなかったの?」

「…………」

「勿体ない。炎獄の池の帰りにまた寄ろうよ」

 そのままミイナは目を閉じる。旅の疲れが溜まっていたのか温泉ではしゃぎ過ぎたのか、すぐに寝息が聞こえてきた。

 レイが荒い息をしながら弱々しい声で提案する。

「ミイナも寝てしまったし、炎獄の池には明日の朝出発でいいかな?」

「いいよぅ。おいら、美味しいものを探しに行く」

 赤い顔のシータが巨体を激しく揺らしながら立つ。それと同時にガインも若干ふらつきながら立ちあがった。

「俺も、温泉で出会ったじいさんが、日雇いの仕事を紹介してくれたので行ってくる。ボス、レイの看病とミイナのお守りを頼んだ」

「おい――」

 シータとガインが部屋を出る。

「……勝手なこと言いやがって」

 ボスは舌打ちをして、眠るミイナに布団を掛け、布を濡らしてレイの額にのせた。



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