32 整理整頓は大切ですね
ボスの組織の構成員達が、机の上に本を置いて報告をする。
「古代文字で書かれた本は、これで全部です」
さすが本の国、予想以上に古代文字で書かれた本は多かった。机の上に積まれた本を一冊一冊調べるレイにミイナが訊いた。
「ねえ、攻略日記はある?」
「待って、今探しているから。これは違う、これも違う、これもこれも……」
疲れから額に浮かぶ冷汗を手の甲で拭い、レイはひたすら攻略日記をさがした。
レイが違うと言った本は構成員達が本棚に戻していく。
「無いのかな? ――ところでシータは?」
皆が机の周りに集まっているというのに、シータの姿だけがない。首を傾げるミイナにガインが教える。
「シータなら、向こうの方でずっと本を読んでいる」
「ええ? シータったら、みんなが攻略日記をさがしているなか、ひとりだけ本を読んでたの?」
後でお仕置きだ、と呟いて、ミイナはレイの作業をただ見守る。そうして無駄に時は過ぎ、特にやることがないミイナが飽きてしまった頃、
「あ……!」
レイが声をあげた。
声に反応して、ミイナ達がレイに近づく。
「何!?」
「あったのか?」
レイは頷き、一冊の本をミイナ達に見せた。
「あった。魔王攻略日記――中巻」
レイの言葉にミイナ達が固まる。じっと本を見つめ、それからやっとミイナが口を開いた。
「ちゅうかん?」
レイがもう一度頷く。
「中巻」
「上中下の三巻セットなの!?」
上下巻を集めればいいと思っていた攻略日記は、どうやら三冊セットだったらしい。
ボスがレイに訊く。
「下巻は無かったのか?」
ここに下巻も一緒にあったとしてもおかしくない。そう指摘されてレイは残りの本を調べる、が、
「……無いみたいだね」
すべての本を調べたが、下巻は無かった。
「…………」
では、下巻は何処にあると言うのか。
ボスが構成員に確認する。
「本当にこれで全部か?」
「はい」
「そうか、分かった。戻って待機」
「はい」
構成員達が図書室から出て行く。
それを見送り、ガインが唸るような声でレイに訊いた。
「どうする?」
「とりあえず読んでみようか。えーと……」
荷物の中から辞書取り出し、レイは攻略日記を解読し始めた。
「むちむち、ケツ、撫――ここは関係なさそうだ」
何が書いてあったのか、レイはわざとらしく咳払いをしてページを捲り、辞書を片手に魔王退治に関係する箇所をさがす。数ページ捲り、それは見つかったようだ。
「雷直撃の、草原の、雷と共に聖なる欠片はある」
ミイナが眉を寄せた。
「雷直撃の草原?」
間違いなく危険な場所だろう。どうしてそんな場所に欠片はあるのか。ミイナはうんざりとした表情をした。
顎に手を当てて、ガインが攻略日記を覗き込む。
「レイ、その『雷直撃の草原』は何処にある?」
「それが、書いていないんだ」
地図を取り出してみるが、当然のようにそんな名の草原は載っていない。
「ボス、知らない?」
「知らないな」
ボスも首を横に振る。
どうすべきか。レイが攻略日記を捲る。雷直撃の草原は後回しにして、解読を進めてみるか。
と、その時、少し離れた場所から声がした。
「ここから東に真っ直ぐ、馬なら二日もあれば着く」
驚いて声のした方に顔を向けると、読書をしていたズショの王が本を閉じて立ち上がり、こちらにやって来た。
「東?」
王が広げられた地図の上を指で示しながら説明する。
「ここがズショ。雷直撃の草原はこの辺りじゃな」
レイが慌ててペンを取り出し、地図上にしるしをつけた。
王が知っていたとは運が良かった。これで行くべき場所が分かった。ミイナが礼を言う。
「ありがとうございます、王様」
「いや、余こそ礼を言わねばならない。本を分類毎に整理整頓してくれて感謝する」
王の言葉に「え?」と首を傾げて本棚を見ると、確かに本が整頓されて分かりやすく並んでいた。どうやらボスの組織の構成員達が綺麗に並べなおしたようだ。
「ボスの仲間達って、意外に細かいんだね」
感心するミイナ。
「これで、余も我が国の国民も読書がしやすくなった」
「うんうん。整理整頓って大切だよね」
「大切じゃ。これからは、この状態を維持するように心がけよう」
「それがいいよ、王様。こうして分類ごとに並んでいると、見た目も美しいしね」
「そうじゃなぁ」
王とミイナが整理整頓の重要性について語り合っていると、そこに、
「王様ぁ」
巨体を揺らしながらシータがやって来た。
「あ、シータ。攻略日記も探さずに、何してたのよ」
文句を言うミイナを無視し、シータは一冊の本を王に見せた。
「これぇ、頂戴」
表紙に何も書かれていないボロボロの本。何の本かは分からないが、シータはそれがかなり欲しいようで、両手で強く本を握りしめて王を上目遣いで見つめる。
しかし王は冷たく首を横に振った。
「駄目じゃ。本は貸出ししかやっておらん。二週間以内に返却可能なら、貸出しカードを作ろう」
「ええぇー?」
シータの声が裏返る。魔王退治の旅をしているのに、二週間以内に返却など出来ないだろう。
ガインがシータの肩を、慰めの気持ちを込めて叩く。
「諦めろ、シータ」
「……残念だなぁ」
長い溜息を吐き、シータは本を机の上に置いた。
ボスが踵を返す。
「行くぞ、雷直撃の草原へ」
ここでの用は済んだ、とばかりに早足で歩いて行くボス。レイが地図を片付け、ミイナ達もボスの後に続く。
「さよなら、王様」
振り向いて手を振るミイナに王も手を振る。
「さようなら、勇者の子孫達よ。早く魔王を倒しておくれ」
勇者の子孫達は馬車に乗り、雷直撃の草原へと向かった。