31 攻略日記を求めてピ~ヒョロロ
「欲しいなー。パンパンしたいなー」
「駄目だと言っているだろう。朝っぱらからうるさい」
しつこく袖を引っ張ってくるミイナを睨み付け、ボスは目の前の火の中へ枯れ枝を放り込んだ。
「私、回復魔法しか出来ないんだよね。攻撃もしてみたいなー。ボス、お・願・い!」
上目遣いでおねだりするミイナのしつこさに小さく舌打ちし、ボスが体を捩る、が、ミイナは離さないと言わんばかりに手に力を込める。
「駄目だ」
「ケチ! ケチケチケチケチケチ!」
金持ちなのにケチって最低、と喚くミイナの手をボスが強引に振り払った時、枯れ枝を集めに行っていたガインが帰ってきて、呆れた表情で二人を見た。
「まだやっていたのか? 昨日から……、よく続くな」
「だって、このケチ男が――!」
誰がケチだ、と呟くボスに、ガインは一瞬同情の籠った視線を向けてから、地面の上に拾ってきた枝を置き、少し離れた場所で料理をしていたシータに声を掛ける。
「シータ、朝食は?」
「んー、今出来たよぅ。舞踊り茸とクリガエルの炊き込みご飯と、魔物地獄スープだよぅ」
鍋を抱えて持ってきたシータがドンッとそれを地面に置くと、ミイナがやっとボスから離れて歓声をあげた。
「わーい! 美味しそう! シータ、早く!」
催促するミイナに、シータが皿に盛った料理を渡す。そしてガインが馬車の中で体を休めていたレイを連れて来て、勇者の子孫達は朝食を食べ始めた。
スープを一口飲んで、ボスが小さく唸る。
「シータは料理が上手いな」
その言葉に、シータではなくミイナが笑って答えた。
「うん。だから資金稼ぎに軽食の移動販売をしようかと思ってたんだけど、ボスがいるからもうお金の心配はいらないね。良かった良かった」
嬉しそうに頷くミイナに、ボスが眉を寄せる。
「オレは、お前達に貢ぐ気はないぞ」
「……はあ?」
ミイナは手を止め、ボスを見上げた。
「金持ちのくせに、どれだけケチなの?」
「……どれだけ図々しいんだ?」
そして睨みあう二人を、「まあまあ」とレイが宥めて微笑む。
「そう怒らないで、ボス。ミイナも」
「だって、レイ!」
「ミイナ」
ぷうっと大きく頬を膨らませたミイナの頭を撫で、レイはボスを真剣な眼差しで見つめた。
「でも、僕達が金銭的に困っているのも確かなんだ。同じ勇者の子孫として、また、旅の仲間としてお金が足りない時だけでも出してくれると助かるんだ、ボス」
レイの意見に、ミイナがパンッと手を叩く。
「そうよ! 足りない時だけでも出してよ! そうすれば魔王退治に集中出来るし。ね、ボス! ほらほら、ガインとシータも頼んでちょうだい」
ガインとシータが頷いた。
「そうだな。頼む、ボス」
「援助してよぅ、ボス」
ちょうどその時、ヒヒタロウが嘶き、ミイナが眉を寄せる。
「ほら、ヒヒタロウも『お腹空いた』って言ってるじゃない。もっと栄養のある餌を食べささないと倒れちゃうわ、ボス」
「あぁ、そうだぁ。調味料もそろそろ買い足さなくちゃいけないよぅ、ボス」
「そういえば、レイを背負う時に使っていた紐も限界か、ボス」
「確か、吐血した時に使っていた布がもうボロボロだったんだ、ボス」
「私、新しい服も欲しいんだけど、ボス」
「あぁー、それなら新しいフライパンも欲しいなぁ、ボス」
「国王陛下に手紙を出したいのだが、ペンが壊れてしまった、ボス」
「新しい本も欲しいんだけど、駄目かな、ボス」
急に欲しいものを言い出した皆に、ボスが大きく舌打ちをした。
「お前達……好き勝手言いやがって。それにボスボス言っているが、オレの名前は『ボス』ではない」
吐き捨てるような言葉に、皆が一斉に「え?」と首を傾げる。
「『ボス』って名前じゃないのボス」
「名前だと思っていたよボス」
「皆『ボス』と読んでいたではないかボス」
「ボスはボスではないボスかぁ?」
ボスは頬を引きつらせて、皆を見回した。
「お前達、分かっていてふざけているだろう。オレの名は――」
言いかけたボスに、ミイナが軽く手を振る。
「もうボスでいいじゃない」
「そうだな。『ボス』がしっくりくるな」
「今更変更するのも変じゃないかな」
「決定だねぇ」
勝手に決めて、食事を再開させる皆。そして何事もなかったかのように、ミイナがボスに話しかけた。
「ところで、ズショはまだなの?」
「…………」
「ちょっと、訊いてるんだから答えてよボス」
「……半日ほどで着く筈だ」
小さく息を吐いて、ボスも食事を再開させる。
「ふーん、じゃあ頑張ろう。あ、着いたら新しい服買ってねボス」
「…………」
そうして食事を終えた勇者の子孫達は、ズショに向かって馬車を走らせ、昼頃になって目的地に着いた。
馬車を降りたボスが周囲を見回す。
「まずは聞き込みか」
本を片手に足早に歩く人に声を掛けようと足を踏み出したボスに、しかしシータが首を振った。
「違うよぅ。まずは昼食だよぅ。あの屋台で昼食を食べつつ聞き込みにするよぅ」
朝食をしっかり食べたにも関わらず、余程お腹が空いていたのか、シータが巨体を揺らして少し先にある屋台に向かって突進していく。
「……食べてばかりだな」
不満そうなボスの肩を、ガインが軽く叩いた。
「まあいいじゃないか。食べられるときに食べておこう」
「……ふん」
ボスが屋台に向けて歩き出し、勇者の子孫達は、まず屋台で昼食を食べることにした。
注文は既にシータが済ませていたようで、屋台の前に立った勇者の子孫達の前に、すぐに料理が出される。その料理を見たミイナが首を傾げた。
「……このグチョグチョでドロドロでヌメヌメの物体は何?」
シータが答える。
「『どろり麺』だよぅ。この国の名物なんだってぇ」
「これって食べられるの?」
目の前の泥のような物体をフォークで掬って口に入れ、ミイナが軽く目を見開いた。
「あ、美味しい」
「やっぱり世界には、まだ知らない美味しいものが沢山あるんだなぁ。旅に出て良かったぁ」
勇者の子孫達がズルズルと麺を啜る。食べながら、レイが店主に訊いた。
「『魔王攻略日記』と言う古代文字で書かれた本を探しているんですけど、知りませんか?」
店主が首を傾げる。
「さあ、知らないな。本を探しているなら、城に行って王様に訊いてみるといい」
「それから、この国に勇者の子孫か魔王退治に参加する強者いませんか? ああ、解呪ができる者も探しているのですが」
「うーん、勇者の子孫なんて聞いたことがないな。それにこの国は本が大好きな者の集まりだから、本以外に興味もないし、魔王退治出来るような強者も呪いが解けるような者もいないと思うぞ」
「そうですか、ありがとうございます」
とりあえず王様に会いに行くのがいいようだ。食事を終えた勇者の子孫達は、城へと向かい、門番に話しかけた。
「えーと、王様に会いたいんだけど」
門番がミイナに微笑む。
「ようこそ、ズショの城へ。残念ながら、今、王様は読書中です。また後程来てください」
「ええ? 読書中?」
眉を寄せて文句を言おうとしたミイナ。そのミイナをボスが押しのけて、門番の前に立った。
「オレ達は勇者の子孫だ。魔王攻略日記という魔王退治に必要な本を探している。すぐに読書をやめてオレ達と会え、と王に伝えろ」
真っ直ぐに目を見て迫ってくるボスの迫力に、門番が頬を引きつらせて体を引く。
「は、はいっ」
踵を返して城の中へと消えていく門番の背中を見つめ、それからミイナはボスを見上げた。
「脅しはいけないよ――って、勝手に城に入って行くし。ちょっと、置いてかないでよ!」
門番が走って行った方へ、ボスが歩いて行く。その後をミイナが追いかけ、皆が続いた。
広い城内は閑散としており、見張り兵どころか人の姿が見当たらない。勇者の子孫達は誰に止められることもなく、城内を歩き――、と、そこで先程の門番が戻ってきた。
門番は勝手に城の中へと入ってきた勇者の子孫達に少々驚きつつも告げる。
「王様がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
案内され、大きな扉の前に立った勇者の子孫達。門番が扉を開け、部屋の中を見たミイナが驚きの声をあげた。
「うわ、本だらけ! 凄い!」
広い部屋の中には本棚が規則正しく並んでいる。どうやらここは、図書室のようだ。部屋の奥に置いてある小さな机に向かっていた人物が、立ち上がって振り向く。
「本の国ズショにようこそ、勇者の子孫達。魔王復活の影響で読書に集中出来ないではないか」
マントを翻して白い眉を寄せるこの人物が、ズショの王なのだろう。
「いきなり文句言われた!?」
「だから、魔王を退治してやろうというのだ」
ミイナとボスの声が重なる。門番を押しのけ、勇者の子孫達は王の前まで行った。
「魔王攻略日記はここにあるのか? 古代文字で書かれた本だ」
王相手でも、まったく遠慮のない口調と態度でボスが訊く。ズショの王が、「ふむ」と顎に手を当てた。
「古代文字で書かれた本なら何冊かある筈だぞ。ただし、この広大な図書室の何処にあるかは分からんし、国民に貸し出し中の可能性もあるがな」
勇者の子孫達は軽く目を見開き、周りを見回した。
「なんだと?」
「ええ!? ここの本全部調べるの?」
レイが小さく唸り、近くの本の背表紙に手を触れる。
「種類毎に整理整頓されていないのですね」
王が苦笑して頷いた。
「昔はされていたが、本が多すぎてだんだんぐちゃぐちゃになったのだ」
シータが肩を落とす。
「おいら、見ただけで疲れたよぅ」
ガインが王に訊いた。
「本を探すために、兵を貸してはもらえないですか?」
いや、と王は首を横に振る。
「残念ながら、兵は魔物退治で出払っておる。我が国の数少ない兵は、連日の魔物退治で疲れて、読書もままならない状態になっておる。これもみな……」
愚痴を言い始めた王に、ボスが鼻を鳴らして軽く手を振った。
「分かった。本は勝手に探させてもらう」
ボスの言葉に、ミイナが驚く。
「ちょっと、探すって……この量の本の中から? 何日かかるのよ!」
「うるさい。大丈夫だ」
心底嫌そうに眉を寄せてミイナをチラリと見ると、ボスは懐に手を入れた。
「パンパン?」
「王様ヤッちゃうぅ?」
しかし、出てきたのは片手銃ではなく、手のひらサイズの丸い笛だった。
「何それ?」
首を傾げる皆に、ボスはそれが何であるのかを告げた。
「『組織の笛』だ」
ボスが笛を唇に当て、息を吹き込む。
ヒューロロロピー!
美しい音色が辺りに響いた。
「……? ボス、何してん――ん?」
勇者の子孫達が振り向く。
「あれ? 何……?」
廊下から、ドカドカと走る音が聞こえる。一人ではなく、五人、六人……いや、もっと大勢が走る音だ。そして――、
「ボス! お呼びですか!?」
乱暴に扉が開き、黒ずくめの格好をした男達が図書室に入ってきた。
「うわ、ボスの仲間たち!?」
驚くミイナ達を尻目に、ボスが男達に指示を出す。
「古代文字で書かれた本を探せ。国中を虱潰しにだ」
「はい、ボス!」
男達は大きな返事をして、さっそく作業に取り掛かった。
「……ボス」
男達の様子を唖然として見つめた後、ミイナがボスを見上げる。
「その笛って……?」
「『組織の笛』だと言っただろう。構成員への合図に使っている。今吹いたのは、集合の曲だ」
「へえ……、てゆうか、ボスの仲間達付いて来てたんだ」
勇者の子孫のボスの仲間達が仲間になった。
王が渋い顔をする。
「本と国民を乱暴に扱わないでくれ」
「大丈夫だ。うちの者達は紳士的だからな」
ボスの言葉に、ミイナが片眉を上げる。
「ソビでは紳士的にレイを攫ったんだ?」
ボスがミイナの目を真っ直ぐ見た。
「そうだ」
「うわ、言い切られた!」
ボスが本を探しに行く。信じられない、と首を振るミイナの肩を、ガインが叩いた。
「ミイナ、我々も本を探そう」
「はーい。でもねえ、ガイン。ボスはやっぱり金銭援助だけにしてもらった方が良くない? ちょっとガインとキャラがかぶってる気もするし。どっちが喋ってるのか分からなくなるんだよね」
「……? 声も顔も違うだろう」
「まあ、そうだけどさあ……ちょっと……かなり分かりづらいと言うか……」
「仲間は多い方がいい」
「そうかなあ」
口を尖らすミイナに、レイが微笑んだ。
「ほら、ミイナ。探すよ」
「……うーん、まあいっか」
肩を竦め、ミイナも本を探し始める。
「レシピ本はあるかなぁ」
「シータ、目的変わってる!」
ミイナがシータの横腹を杖で突いた。