30 性格的にパンパンしたい
目の前から消えていくコインを見つめ、ミイナは「チッ」と舌打ちをした。
「いかさま?」
使用済みのカードを回収しながら、ディーラーが頬を引きつらせる。
「当店で、不正は一切行われておりません」
ミイナは顔を上げ、ディーラーを見上げた。
「じゃあどうして当たらないの?」
「さあ、それは分かりません」
「当たるようにして」
「……当店では不正行為は一切いたしません」
「私、オーナーの友達なのよ」
「そう言われましても……」
困りきった表情のディーラーが首を横に振った時、ミイナに背後から声がかかる。
「ミイナ……」
ミイナが振り向くと、そこには眉を寄せたガインが居た。
「起こしに行ったら居ないから何処に行ったのかと思ったら、カジノに居たのか」
ミイナが頷く。
「うん。『オーナーのお友達』って言ったらコインをタダでくれたの。ガインも遊んで行きなよ」
それはくれたのではなくて強奪したのではないか、と思いながら、ガインが首を横に振る。
「その『オーナー』が呼んでいる」
「ええ!? これから『私・最強伝説』が始まるところだったのに……!」
文句を言いつつもミイナはガインと共に、カジノの上にある部屋へと向かった。そして――、
「……で? この人誰?」
部屋に入った途端、ミイナが首を傾げる。部屋の中では、メジャーを持った髭面の痩せこけた男が、シータの腕の長さを測っていた。
ミイナの質問に、ガインではなく壁に凭れて腕組みをしていたボスが答える。
「装備品職人のバッチだ」
「え? 家族捨てて、賭け事と酒に溺れたろくでなしの?」
「ああ。装備品を作るから採寸をしろ」
「装備品! ――あ、ろくでなしさん、私の防具は可愛い感じにしてね」
小さく頷いてバッチが素早くミイナの採寸をし、ボスが壁から体を離した。
「終わったな。では出発するぞ。お前達の馬車は下に持ってきてある」
部屋から出て行くボスを見て、ミイナが「うーん」と顎に手を当てる。
「なんか、新入りに仕切られてるね」
シータが荷物を担ぎながら頷いた。
「そうだねぇ」
「ねえ、シータ聞いて。ここのカジノ、いかさまだったの」
「いかさまぁ?」
「うん」
「ふーん、そうなんだぁ」
話しながら、一行は階段をおりる。ドアを開けて外へと出ると、そこにはボスが言った通り、馬車が用意してあった。しかも――、
「馬車が大きくなってる……! 馬も一頭増えてるじゃない!」
これまでの旅で、すっかりボロボロになってしまっていた馬車が、立派な三頭立ての馬車に代わっていた。
ミイナが新しく加わった馬に駆け寄る。
「メス?」
ボスが首を横に振って答えた。
「オスだ」
「あらら、三角関係か。宜しくね、ヒヒジロウ」
早くも勝手に名前を決めたミイナに向かって、ボスが顎をしゃくる。
「行くぞ、乗れ」
「はいはい」
素直に馬車の中に入ると、簡易ベッドとしても使えそうな座り心地の良い長椅子まで備え付けられていた。その椅子に、ガインがまだ足がふらついているレイを座らせる。これならば、レイの体にかかる負担も多少は軽くなるだろう。
「御者は俺がやろう」
「うん。じゃあお願い」
ガインが御者席に座り、いつの間にか馬車の周りに集まっていたブラインと組織の男達が手を振る。
「行ってらっしゃいませ、ボス!」
「ああ、頼んだぞ」
馬車が動き出した。滑らかで力強い走りに、ミイナが思わず唸る。
「凄い。うちの王様に貰った馬車の何倍も豪華じゃない。ボス、どうしたのこれ?」
訊かれたボスは、肩を竦めて前髪をかき上げた。
「旅に出ると言ったら、女王が貸してくれた」
「女王?」
「ソビ国の女王だ」
「え? ソビの王様って女性なの?」
「ああ。『馬車を貸すから、魔王を確実に殺ってこい』と命令された」
へー、と感心した声をあげて、ミイナは馬車の窓越しに城を見上げる。
「大国の女王って、ちょっと憧れちゃうかも。私も『女王陛下』と呼ばれて傅かれる存在になってみたい……!」
うっとりとした表情のミイナに、しかしボスがきっぱりと言った。
「無理だ」
「何でよ、分かんないじゃない。とんでもない奇跡が起きて、女王になってるかもよ?」
「性格的に無理だ」
「出会ったばかりのボスに、なんで私の性格が分かるのよ! ちょっとシータ、レイ、何か言ってやって!」
袖を掴まれたシータが首を傾げる。
「えぇ? ミイナには無理じゃないぃ? 性格的にぃ」
レイも困った顔で頷く。
「『王』なんて、そう簡単になれるものではないからね」
「うー! レイまで!」
憤慨するミイナをレイが宥めつつ、馬車はソビ国を出て順調に南東へと進む。と、その時、ガインの鋭い声が聞こえた。
「魔物だ!」
馬車が急停止し、ガインが魔物に向かっていく。レイが窓から身を乗り出して、魔物を確認した。
「あれは、キャベツハンマーとアイビキミンチだ」
それを聞いた途端、シータが巨体を揺らして馬車から飛び出す。
「昼食はロールキャベツだぁ!」
昼食のメニューが決定した。
ガインが短剣を振りかざし、アイビキミンチをメッタ刺しにする。飛び散る肉片、激しすぎる攻撃、それを顎に手を当ててじっと見て、ボスが呟いた。
「あれが惨殺の短剣の力か」
「うん。防御が出来ないんだよね。カンチ!」
シータがキャベツハンマーの手のキャベツ部分を引き千切りの技で奪い、レイが魔法を唱える。
「ツラララ――うげえ……!」
「レイ、新しい馬車を汚さないで! カンチ!」
必死で戦うミイナ達を見回し、ボスが片眉を上げた。
「変わったパーティーだな」
「ボスも相当変わってると思うけど? それより肝心なこと聞き忘れてた。ボスは強いの? 武器を持っていないみたいだけど、もしかして格闘家?」
「いや、違う。それに武器なら持っている」
「武器なんて持ってないじゃない――って、ああ、こっちに魔物が来る! レイ、魔ほ――え?」
レイに指示を出そうとしたミイナの肩をボスが叩く。振り向いたミイナの目の前で、ボスは懐から取り出した黒い固まりを、魔物に向けて構えた。そして次の瞬間――、
パン! パン!
と、軽い音がして黒い塊から何かが飛び出し、短い咆哮と共に魔物が倒れる。ミイナとレイは目を見開いて、魔物とボスの持つ黒い塊を交互に見つめた。
「…………」
「…………」
「……何、それ?」
ボスの手より一回り大きいだけの塊、それが強暴な魔物を一瞬で倒した。目の前で見ていても、信じられない光景だった。
ボスが無言で手を開き、黒い塊を見せる。ミイナとレイがそれを覗き込んだ。どうやら金属でできているようだが、見たことがない形状をしている。筒状のところから何かが飛び出したようだが……。
「で、これ何よ」
眉を寄せるミイナに、それが何であるか漸くボスが説明する。
「これは、装備品職人のバッチが作った特殊武器、『片手銃』だ」
ミイナとレイが顔を上げた。
「特殊武器? 何をしたの?」
「弾をこの部分に装填し、引き金を引くことで発射させる」
「うん、なんだか分からないけど凄い! 欲しい!」
伸ばされたミイナの手を避け、ボスは片手銃を懐にしまう。
「やめておけ。これは扱いが難しい。お嬢ちゃんには無理だ」
「えー!」
ミイナが不満げな声をあげたちょうどその時、馬車にシータが戻ってきた。
「見てよぅ、こんなに大きなキャベツを収穫したよぅ。ミンチも手に入れたから、ロールキャベツ沢山作るぞぉ。――ところで、ボスは面白いものを持っているねぇ」
キャベツとミンチ肉を馬車の床に置き、シータが首を傾げてボスの顔を覗き込む。目を眇めただけで何も言わないボスの代わりに、ミイナが答えた。
「片手銃っていうんだって」
「へぇー」
レイが大きく息を吐き、緩く首を振る。
「本を読んで、いろいろと知っているつもりだったけど、世界にはまだまだ凄いものがあるんだね」
シータとミイナも同意した。
「本当だねぇ」
「うん。凄い。ねえ、貸してよ!」
差し出された手を完全に無視し、ボスが椅子に座る。
「ケチ!」
「ケチだねぇ」
「お金持ちのくせに!」
「いかさまカジノぉ」
地団太を踏むミイナをレイが宥め、血塗れのガインも馬車に帰ってきて、また馬車は進む。そして昼食はやはり、山盛りのロールキャベツだった。