23 逃走
「すみません、取り乱してしまって……」
女は顔を上げ、涙を指で拭った。
「何があったんですか?」
ミイナが首を傾げて訊くと、女は鉄槌を握りしめて話し始めた。
「……すべて魔王のせいなのです」
「魔王?」
勇者の子孫達が顔を見合わせる。
「主人は、腕のいい装備品職人でした。優しく真面目で、私や子供にも優しい人だったのです。それなのに、魔王が復活して、主人の作る装備品が高値でバカ売れして……、思わぬ大金が入った主人は変わってしまいました。酒や賭け事に手を出し、挙げ句の果てには私達を置いてソビ国に行ってしまいました」
ミイナは顎に指を当てて唸った。
「ソビ国って聞いたことがあるような」
「ザイシャの薬店の主人が言っていたな」
ガインの言葉に「ああ、そうだった」と頷き、ミイナはレイに視線を移す。
「ソビってどんな国?」
ショックからやっと立ち直ったレイが説明した。
「ソビ国は『娯楽の国』と呼ばれる大きな国で、カジノが有名なんだ」
「カジノ?」
つまり、この店の主人はソビに遊びに行ってしまったのかと、ガインが唸る。
「魔王復活がこんな形で影響しているとは。しかし困ったな」
職人が居ないのならば、装備品は作ってもらえない。
どうするか、と顔を見合わせる勇者の子孫達に、女が訊いた。
「あなた方は旅人ですか?」
ガインが頷く。
「あぁ、勇者の子孫だ。一応魔王退治の旅をしている」
「勇者の……子孫?」
「こちらの職人に装備品を作ってもらおうかと……ん? どうし――」
ガインの言葉が止まる。女が、体をブルブルと震わせて目を吊り上げていた。
その異常な様子に勇者の子孫達が一歩引くと、女は立ち上がって鉄槌を振り上げる。
「勇者が、勇者が魔王を確実に倒さないから、私達がこんな目に合うのよ!」
振り下ろされた鉄槌が危うく当たりそうになり、ミイナがヒイイと悲鳴を上げた。
「ちょっと、私は勇者の子孫だけど勇者じゃないわよ!」
「逆恨みぃ!」
「落ち着いてくれ!」
女は鉄槌を振り回し、暴れ続ける。
「責任取って主人を連れ戻してちょうだい! 子孫である、あなたたちの責任でしょう!?」
「そう言われても……」
「いいから主人を連れ戻して!」
ガインが叫ぶ。
「逃げろ!」
勇者の子孫達は、逃げ出した。
そして店から全力で離れ、勇者の子孫達は荒い息を吐く。
「まいったな」
「遊びにはまった旦那の責任までは取れないって、もう!」
と、そこでミイナは顔を上げ、気づいた。
「あ、装備品屋さんだ」
目の前に、別の装備品屋がある。レイが息も絶え絶えに提案する。
「入って、みよ、う」
「レイは、なんで背負われてるのに息が切れてるの? カンチ」
ついでにヒーヒーと言っているシータにも回復魔法をかけ、勇者の子孫達は装備品屋に入った。
「こんにちは、何をお求めだい?」
店の奥から主人が出てきた主人にミイナが言う。
「えーと、私達の防具一式と、魔法使い用の杖と神官用の杖を――」
そこで主人が、驚くべきことを告げた。
「半年先になるけどいいか?」
「え!?」
目を見開く勇者の子孫達に、主人は肩をすくめる。
「予約がいっぱいなんだ」
「そんな……」
ガインが顎に手を当てて唸った。
「他を当たるか」
しかし、主人は首を横に振る。
「何処の店も同じだよ」
「……我々は勇者の子孫で魔王退治の旅の途中なのだが、優先して作ってもらえないか?」
すると主人は、軽く目を見開いて手を振った。
「魔王退治? ああ、じゃあうちの装備品じゃとても無理だよ。そこを真っ直ぐ行った角の店の主人に作ってもらえ」
角の店、とは先程逃げてきた店だ。勇者の子孫達は溜息を吐く。
「いや、そこの職人は留守で……」
「そうか、それは残念だな。普通の魔物退治ならいいが、魔王ともなるとそこらの職人じゃ作れないと思うぞ。以前ちらっと聞いことがあるんだが、角の店主人は伝説の勇者の――」
ミイナが目を見開く。
「まさか子孫!?」
「――いや、勇者の装備品を作った職人の子孫らしい。この国に勇者の子孫はいないよ」
「装備品を作った職人の子孫……」
「悪いな、力になれなくて」
勇者の子孫達は力なく店を出た。
「どうする?」
眉を寄せてレイを見るミイナ。
「他の店にも一応訊いてみよう」
そして勇者の子孫達は装備品屋を回ってはみたが、やはり同じように断られた。
「どうしよう。とりあえず宿屋に行く?」
と、その時、背後から聞こえる叫び声。
「見つけた! 誰かそいつらを捕まえて!」
振り向くと、最初に入った装備品屋のあの女が、鉄槌を振り回しながら迫ってきていた。
「え? うわ!」
「しつこいねぇ」
ミイナがガインを見上げる。
「倒す?」
「それは出来ないだろう。見ろ、彼女の背中を」
よく見ると、女の背中には子供が背負われていた。
「じゃあどうするの!?」
「――逃げろ!」
勇者の子孫達は、再び逃げ出した。
そしていつまでも追いかけてくる鉄槌女から逃げ、とうとうイッテツ国からも離れる。
「もう! なんで!?」
いっそ倒せば良かったのにと、杖を振り回すミイナをレイが宥める。
「どうするの、装備品も手に入らなかったし、ヒヒタロウも休ませてあげられなかった!」
「美味しいご飯が食べたかったよぅ」
暴れるミイナと拗ねるシータ。レイは唸って、荷物の中から地図を取り出した。
「ソビ国に行ってみようか」
ガインが首を傾げる。
「ソビ国に?」
レイは頷いて、地図を指さした。
「イッテツ国から南にずっと行けば、ソビ国に着く。装備品職人を捜し出して装備品を作ってもらおう。それにカジノがあれば人も集まる。何か情報も得られるかもしれない」
少し考え、ガインが同意する。
「……そうだな。次の目的地も分からない状況では、それしかないか」
ミイナが馬を撫でて首を傾げた。
「ヒヒタロウ、頑張れる?」
「ヒヒー……」
まるで『限界です』と言う感じで嘶いたヒヒタロウに、ミイナが謝る。
「ごめんね」
「まだ追いかけてくる可能性がある。行こう」
そうして勇者の子孫一行は、イッテツ国で休むことも出来ず、鉄槌女から逃げてソビ国へと向かった。