22 櫛と鉄槌
勇者の子孫一行を乗せた馬車は、西へと力なく進む。
「頑張れヒヒタロウ、カンチ! ねえ、まだ着かないの?」
元気のない馬にミイナは回復魔法を唱え、振り向いてレイに訊いた。レイが小さく唸る。
「もう少しだと思うんだけど……」
「ヒヒタロウが限界だよ。カンチじゃ疲れは取れないんだから」
「少し休憩させようか」
そうしてミイナとレイが相談をしていると――。
「あれではないか?」
御者席からガインの声がして、レイとミイナが馬車から顔を出して外を確認する。
「ああ、そのようだね」
「良かった。もうすぐだよ、ヒヒタロウ」
頑張れ頑張れとヒヒタロウを励ましつつ、勇者の子孫一行はイッテツ国に着いた。
「ちょっと、シータ! 起きて!」
ミイナが杖で、眠っていたシータを突く。
「んん? 着いたのぉ?」
「『着いたのぉ?』じゃない。ヒヒタロウが疲弊している最大要因のくせに、食っちゃ寝ばかりしてこれ以上体重増やさないでよ」
文句を言いつつシータを引っ張って、ミイナは馬車から降りた。
ガインが周りを見回す。職人の国と言うだけあって、通りには様々な専門店が立ち並んでいた。
「さて、装備品屋はどこか……」
「そこの店で訊いてみようか」
レイが提案し、勇者の子孫達は近くの店に入った。
「いらっしゃい、どれにする?」
にこやかに迎えてくれた店主には目もくれず、ミイナは並んでいる商品に駆け寄る。
「うわ、綺麗! 櫛屋さんなんだ」
細かな細工が施された美しい櫛を、目を輝かせて見つめるミイナ。店主が並んでいる櫛を指さす。
「お嬢さんの綺麗な髪には、こちらがお勧めだよ」
「欲しい!」
後ろからレイが櫛の値段を確認し、ミイナの袖を軽く引く。
「ミイナ、また今度、ね」
諭されるように言われ、ミイナは唇を尖らせた。
「う……。分かってるわよ」
櫛を買う余裕など、一行にはない。ガインがミイナの肩をポンポンと叩いて店主に訊いた。
「腕のいい装備品職人を探しているのだが、知らないか?」
あぁ、と店主が頷く。
「それならここをずっと行った角にある店がいいよ。店主のバッチがいい腕をしている。ただ――」
店主は困った顔をして腕を組んだ。
「――最近はずっと、店が閉まっているんだ。何かあったのかと訪ねても誰も出てこないし」
「閉まってる?」
勇者の子孫達が顔を見合わせる。
「どうする?」
「とりあえず行ってみようか」
ありがとう、と礼を言って立ち去ろうとする勇者の子孫達を、店主が呼び止めた。
「ああ、待ってくれ」
そして店主は、先ほどミイナに勧めていた櫛を差し出した。
「これを持って行ってくれ」
ミイナが目を見開く。
「うわ! くれるの?」
「いや、お嬢ちゃんじゃなくて、そっちのお兄さんに」
え? とミイナが振り向き、レイが首を傾げる。
「僕に?」
店主は頷き、呟くように言った。
「髪を大切に」
「…………!」
大きく目を見開き固まったレイの代わりに、ミイナが櫛を受け取る。
「ありがとう、おじさん。さ、行こうか」
動かないレイの腕をガインとシータが掴み、勇者の子孫達は櫛屋から出た。
「そこまでなのか? 僕はそこまでなのか?」
「まあまあ。落ち着いてレイ」
「まだ取り返せるよぅ。――たぶん」
「たぶん!?」
ショックで卒倒しそうなレイをガインが慰めつつ、勇者の子孫達は装備品屋へと向かった。
「えーと、角の店……ここだよね」
「閉まってるな」
コンコン、とドアを叩き、ミイナが声を掛けた。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
しかし、返事はない。
「いないねぇ」
「どうするか」
「他を探す?」
店の前で相談していると、ヒヒタロウが小さく嘶いた。ガインが唸る。
「ヒヒタロウを休ませてやらなければならないな」
「とりあえず、宿屋に行こうよぅ」
「じゃあ、そうしよっか」
そう決定し、ガインがレイに背中を向けた。
「レイ、しっかりしろ。俺の背中に」
「え? まだ落ち込んでたの?」
ガインがレイを少し強引に背負い、勇者の子孫達は歩きだす。
「えーと、宿屋はどこかな? ――あれ?」
しかしすぐに、ミイナが足を止めて首を傾げた。
「どうしたのぉ?」
ミイナが店の裏を指さす。
「ねえ、開いてるよ」
「勝手口か」
店の裏の、勝手口のドアが、少しだけ開いていた。
「あそこから声を掛けて見ようか」
そう言うと同時にミイナは勝手口まで行き、ドアを開けて声を掛ける。
「すいませーん!」
しかし、返事はない。
「やはり留守か?」
「ドア開けっ放しで?」
と、その時――。
「うう……」
中から苦しそうな呻き声が聞こえた。勇者の子孫達が顔を見合わせ、それからドアの中に入る。
「お邪魔します!」
「どこにいる?」
奥へと進み、ドアを開けると――。
「え?」
ミイナが驚き、それよりももっと驚いた表情で、椅子に座った若い女がミイナを見上げた。女は少し乱れた髪と服装で、手には何故か鉄槌を持っていた。
「あ、あなた方は……」
「えーと?」
困ったミイナが振り返り、ガインが一歩前に出る。
「申し訳ない。苦しそうな声が聞こえたので勝手に上がらせてもらった。我々はこちらに腕のいい装備品職人がいると聞いてやってきたのだが、何かあったのか?」
ガインの言葉に、女は目を伏せて鉄槌を強く握りしめた。
「職人は……、主人はいません!」
そして女が、机に突っ伏して大声で泣き出す。
勇者の子孫達は戸惑い、顔を見合わせた。