19 見学中
ミイナとガインは、デニッシュの案内でパン屋に着いた。
「明日の駆け落ちの為に、王家に伝わる『駆け落ちの指輪』を貸していただいたのはいいのですが、うっかり無くしてしまって……。本当にありがとうございました。これはお礼のパンです」
「はぁ……どうも」
ミイナは食パン一斤を手に入れた。
「ねえ、もしかして、明日姫様と駆け落ち予定のパン屋の息子ってあなた?」
デニッシュが頷く。
「はい、そうです。僕が明日、姫様と駆け落ち予定のデニッシュです」
ミイナは杖で自分の肩をトントンと叩いて唸った。
「駆け落ちってこんなに堂々とするものなの? こっそりやるものじゃないの?」
「うーん、ラブリンではこれが普通なんですが、何かおかしいのでしょうか?」
「おかしいわよ!」
きっぱり言い切るミイナに「そうですか」と苦笑しながら、デニッシュが棚の上の時計を見る。
「あ、いけない。そろそろ逢い引きの時間だから行かなくては」
「逢い引き?」
首を傾げるミイナに、デニッシュはハッと気づいて頷いた。
「もしかして、逢い引き経験がないのですか?」
「あいびきけいけん?」
なにそれ、と顔を顰めたミイナを可哀想な子を見る目で見つめ、デニッシュは提案する。
「良かったら見学してください」
「え? 逢い引きって見学するものなの?」
疑問に思いつつも、デニッシュから「是非どうぞ」と勧められ、ミイナとガインはデニッシュの後を付いて行った。
「こっちです」
デニッシュはラブリン国の王城の裏手まで行き、城を囲む塀の一部を指さす。
「ここから城の中に入るんです」
見ると、塀の下の方に、人間が一人くぐれるほどの穴が開いていた。
「穴が開いたままなのか? 随分警備に手抜きがあるな」
元は城勤めの戦士であるガインが、信じられないと眉を寄せる。
「いいえ、これは僕と姫の逢い引きの為に開けられた穴で、明日には塞がれる予定です」
「……逢い引きの為の穴?」
理解不能、というように首を振るガインとミイナを置いてデニッシュが穴をくぐった。
「まあ、とりあえず行ってみよ」
ミイナが肩を竦めて穴をくぐり、ガインも真似をして城の中へと入る。
二人が敷地内に入ったのを確認し、デニッシュが城の二階にある大きな窓を指さした。
「あそこが姫の部屋です」
「ねえ、このご親切に焚かれたかがり火は何?」
自分達の周りに不自然にあるかがり火を杖で指して訊くミイナを軽く無視し、デニッシュは窓目がけて小石を投げる。
コツン、と小石が窓に当たり、窓に影が映った。
「姫!」
デニッシュの声に応えるように窓が開き、ドレス姿の少女が顔を出す。
「ああ、デニッシュ、愛しい方。会いに来てくれたのですね?」
少女――姫は左手で自分の胸を押さえ、右手をデニッシュに向けて伸ばした。
「もちろんです姫!」
デニッシュが片膝を付き、姫をうっとりと見上げる。
「デニッシュ、その手に触れたいのに、二人の間にはどうして身分という壁が存在するの? いっそ何もかも投げ出して、あなたに付いて行きたい」
「僕も、姫をこの腕に抱けるのならば、他の何を失っても怖くない」
「デニッシュ!」
「姫!」
二人の頬を涙が伝った。
「……なんか、芝居掛かってるね」
体中がむず痒くなったとミイナが呆れたように言い、ガインの方を見る。と、その時――、ミイナは目の端に人影を捉えた。
「ん? あれ? そこの茂みの中に誰かいるよ」
ガインが驚き、ミイナの視線を追う。
「誰だ!」
短剣に手を伸ばして警戒するガイン。すると、ガサリと音がして、茂みから顔が出てきた。
「しー! 静かに!」
ミイナとガインが目を見開く。茂みから顔を出したのは、男。それはまあいいのだが、問題は、その男の頭上にのっている王冠だろう。
王冠をかぶった男は、ミイナ達に手招きをした。
「あれって……もしかして王様?」
「王に見えるな」
「そうだよねえ。立派なひげ生やして、王冠かぶってるんだから」
ミイナとガインが男に近づく。
「あの、王様?」
ミイナが訊くと、男は笑顔で答えた。
「ようこそ、ラブリン城へ。いかにも、余がラブリン国王じゃ。見たことのない顔だが、もしかして駆け落ちに来たのか?」
ガインが首を横に振り、この国に来てから何度か口にした言葉をまた使う。
「いや、旅の仲間です」
「ほお、駆け落ちじゃないのか。それは珍しい。駆け落ちの際は是非ラブリンを訪れてくれ。駆け落ち者にはさまざまな優遇処置があり、非常に暮らしやすい国じゃぞ」
王の言葉に、ミイナが肩を竦めて呟いた。
「変な国」
この場に居ないレイの代わりに、ガインがミイナを窘める。
「ミイナ」
「だって……」
口を尖らすミイナに王は笑って、二階の姫へと視線を移した。
「よいよい。お子ちゃまなお嬢ちゃんには、この話はまだ理解できなかったか」
「う。王様、なんかさりげなくバカにしてる?」
「それより見てくれ、旅人達よ。姫もとうとう駆け落ちする歳になった。早いものだ。姫は美しいであろう?」
王がフウ……と溜息を吐き、ミイナが頬を膨らませる。
「王様、バカに……まあ、いいけどさあ。『王様』ってわがままな変わり者が多いんだね」
自国と、ガインの祖国であるウォル国の王を思い出して妙に納得してしまったミイナの袖を、王が引いた。
「姫は美しいだけでなく、優しい子に育ってくれた。余の自慢の姫なのじゃ」
「へー、それは良かったですね」
王が視線を、やる気のない受け答えをするミイナに移す。
「ところで、そなた達は強いか?」
「え? いきなり何?」
突然の質問に戸惑いつつ、ミイナは首を傾げて少し考えてから口を開く。
「うーん、まあ、そこそこは強いのかな。これでも一応勇者の子孫だし」
王が驚き、ミイナとガインを交互に見た。
「何!? そなたたち、勇者の子孫なのか?」
ガインが頷いて答える。
「はい。我々は勇者の子孫で、氷点下の塔に向かう途中でラブリン国に立ち寄りました」
「氷点下の塔!?」
王はパッと表情を明るくし、ミイナとガインの肩に手を置いた。
「何たる幸運! そなた達に折り入って頼みがある」
「え? 頼み?」
ミイナとガインは顔を見合わせた。