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18  いいえ、旅の仲間です。

「愛の国ラブリンへようこそ! 駆け落ちですか?」


 寒さに震えながら辿り着いたラブリン国、その入り口で女性から声を掛けられた勇者の子孫達は固まった。

「……え?」

 女性はニコニコと笑いながら続ける。

「あら、男性三人に女性一人? 四角関係ですか」

 呆気にとられる勇者の子孫達をよそに、女性はガイン、レイ、シータを順番に眺めた。

「そうですね、こちらの男性はがっちりしていて素敵ですし、こちらは知的で、こちらは包容力がありそうですね。とりあえず結婚式の予約だけ先になさったらいかがでしょうか?」


「…………」

「…………」

「…………」

「何、この国?」


 こちらにどうぞ、とミイナの腕を引っ張って行こうとする女性をガインが慌てて止める。

「我々は旅の仲間であって、そういう関係ではない」

 女性は驚いてミイナから手を離した。

「そうなんですか? じゃあ何故ラブリンに?」

「氷点下の塔に行く途中――」


「まあ! 駆け落ちですか?」


 勇者の子孫達は顔を見合わす。

「話が最初に戻ったねぇ」

 女性は勇者の子孫達を見回して、笑顔で言った。

「魔王も復活したことですし、駆け落ちはお早めになさってくださいね」

 そして、去っていく。

 女性の背中を見つめ、ミイナは呟いた。

「なんなの、あの女の人」

 ガインが首を横に振る。

「分からない。それより寒いな。レイ、大丈夫か?」

「日が落ちて気温が下がってきているねぇ。おいらは大丈夫だけど」

 とりあえず宿屋に行くか、と、勇者の子孫達は歩き出した。


「ようこそ宿屋へ! 駆け落ちですか?」


「いや、素泊まりだ」

 ガインが財布を出し、ミイナが首を傾げた。

「ねえ、何で『駆け落ちか』って訊くの?」

 ミイナの質問に、宿屋のおかみさんが驚く。

「おや、もしかしてお客さん、駆け落ちじゃないのかい? 珍しいね」

「どういうこと?」

「知らないのかい? この国は駆け落ちで有名なんだよ」

「駆け落ちで有名……?」

 なにそれ、と呆れるミイナに、おかみさんは奥から絵本を持ってきて、読み語りをし始めた。


「昔々この国には、容姿端麗、文武両道、性格腹黒の王子様がいらっしゃいました」


「性格腹黒……って、それはいいの?」

 レイが静かに、と小声で注意する。

「ミイナ、せっかく語ってくれているんだから聞こう」


「腹黒王子はその容姿を武器に、いつも女をとっかえひっかえしては捨て、だけど無駄に頭がいいので上手く立ち回って訴訟に発展するようなことはありませんでした」


「女の敵め!」

「最低男だねぇ」

 憤慨するミイナをレイが宥める。


「ところがそんな王子様がある日、女を狩りに行った先で、偶然貧しい家の娘と出会いました。あまり美しくもない――というか、ぶっちゃけブサイクなその娘を初めは弄んでやろうと思っていた王子様ですが、一緒にいるうちに、娘を本当に好きになってしまいました。そう、王子様は初めて『恋』を知ったのです。ところが――」


 ミイナが首を傾げた。

「容姿端麗で性格に難のある王族とブサイク? この話、なんとなくどこかで聞いたことがあるような設定じゃない?」

「気のせいだろう」

「気のせいだよぅ」


「――身分差のあった二人は、王様に結婚を反対されたのです。そこで腹黒王子は娘を連れて氷点下の塔に閉じこもり、結婚を認めないのなら帰らない、自分に何かあれば王家は断絶することになるがいいか、と王様を脅しました。根負けした王様は、二人の結婚を認めました。めでたしめでたし」


 パチパチ……と勇者の子孫達が拍手する。おかみさんは優雅にお辞儀をして本を閉じた。

「ということで、それ以来この国は駆け落ち者が集まる国になったんだよ。この国に駆け落ちすると幸せになれるって言われててね」

「へー、そうなんだ。変な国」

 レイが「こらっ」とミイナの腕を引く。

「そうだお客さん、明日は姫様とパン屋の息子が駆け落ち予定なんだよ」

 勇者の子孫達は、「え?」と眉を寄せた。ガインが訊く。

「駆け落ち予定?」

「ああ、楽しみだね」

 うっとりと溜息を吐き、斜め上の空間を見つめるおかみさん。ミイナがカウンターを杖で叩いた。

「あの、もう話は分かったんで、部屋に案内して」

 ミイナの言葉におかみさんはハッとして、「あらいやだ」と笑いながら勇者の子孫達を部屋へと案内する。

 ドアを開けて部屋に入ったミイナは、ベッドにダイブした。

「……やっぱ変な国」

 レイがミイナの頭を撫でる。

「世界は広いから、色々な国があるんだよ」

 シータは床に寝そべって荷物の中の干し肉を漁り、ガインが戦利品の毛皮を担いだ。

「俺は毛皮を売りに行く」

「あ、私も指輪を売りたいから、一緒に行くよ。レイとシータは待ってて」

 ミイナがポケットの上から、クビナガウサギの胃から出てきた指輪を叩く。

「行ってらっしゃい」

「高く売れるといいねぇ」

 レイとシータに手を振り、ミイナとガインは宿屋から出た。

「寒っ!」

 ミイナが自分の肩を抱いて震える。いつの間にか日は沈み、気温も大きく下がっていた。

「毛皮と指輪を売ったお金で、防寒具が買えるといいけど……」

「駄目なら仕事を探そう」

「うん、そうだね」

 ミイナ達は、宿屋の女将から聞いた装備屋へと向かう。

「えーと、この角を曲がるんだったっけ?」

 ミイナは角を曲がり――。


「きゃあ!」


 何かに躓いた。倒れそうになったミイナの体をガインが支える。

「な、何?」

 何があったのかと足元を見れば――なんと青年が一人、地べたに這いつくばった状態でミイナを見上げていた。

「す、すみません」

 青年は謝りつつも、地面を手で探っている。その異様な雰囲気に若干引きつつミイナは訊いた。

「え? 何してるの?」

「その、落とし物をして……。青い石が付いた指輪を知りませんか?」

「青い石?」

「やっぱり、昨日クビナガウサギに襲われた時に無くしたのか。あれがないと結婚出来ないのに。ああ! なんてことだ!」

「クビナガウサギ……」

 ミイナはポケットの中の指輪を取り出した。よく見たら、付いている宝石は青い。

「まさか、これ?」

 ミイナが指輪を差し出すと、青年は目を見開いて勢いよく立ち上がった。

「ああ、僕の『駆け落ちの指輪』! あなたが拾ってくださったのですか? ありがとうございます、これで明日駆け落ち出来ます」

「はあ……」

 また駆け落ち、と思いつつ、ミイナは後悔していた。しまった、貴重な金目のものをあっさり渡してしまった。

「僕はパン屋のデニッシュです。あなた方も駆け落ちですか?」

 うっかりミスに落ち込んでいるミイナに代わり、ガインが答える。

「違う。旅の仲間だ」

「そうですか。お礼にパンをご馳走します。どうぞこちらに」

 青年――デニッシュが歩き出す。ミイナは大きな溜息を吐いた。

「指輪のお礼がパンって……」

「まあ、元々彼の物だったようだし、仕方がない」

「そりゃそうだけど……」

 唇を尖らすミイナの肩を、ガインが慰めるように叩く。


 指輪は持ち主に返った。



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