16 蜂と飛行と頭の事情
「ど、毒消し……」
「おいらも……」
「僕にも……」
「苦しい……な」
山頂付近まで来た勇者の子孫一行は、毒消しを貪り食っていた。
目を血走らせ、口の周りを真っ白にして、我先にと薬の入った袋に手を突っ込む。
「頂上まで行けば、聖なる欠片があるんだよね」
ミイナの言葉に、レイが弱々しく頷いた。
「頂上に居る女王ドクンバチが持っている。……たぶん」
「さ、さっさと惨殺して……、欠片奪って帰ろうよぅ」
息も絶え絶えのシータの提案に皆は賛同し、力を振り絞って歩き出す。そして――。
「ここって頂上?」
勇者の子孫達は山頂に辿り着いた。
「凄い毒だな」
あちこちから吹き出している毒の煙で視界が霞む。
「欠片は?」
「手分けして探そう」
勇者の子孫達は目を凝らし、女王ドクンバチの姿を探した。
「こっちにはいないよ」
「こっちもだ」
「いないよぅ」
山頂まで来たというのに、女王ドクンバチの姿はない。勇者の子孫達は唸った。
「どうしよう……あ、レイがヤバい。カンチ」
ミイナが回復魔法を唱え、ガインがレイの口に毒消しを突っ込む。
「緑繁る洞窟みたいに、簡単に見付かると思ってたのに……」
唇を尖らせるミイナの肩に、ガインが手を置く。
「これ以上留まるのは危険だ、特にレイが。残念だが引き帰そう」
「欠片って、一つくらい無くてもいいのかな?」
「分からない」
シータが荒い息をして、額の汗を拭った。
「とにかく帰ろうよぅ……」
「そうだな」
勇者の子孫達は踵を返し――驚いた。
「え?」
目の前に居る、赤と黒の縞模様の魔物、これは……。
「……もしかして女王ドクンバチ?」
「キシャー!」
返事をするかのように、女王ドクンバチが奇声を発する。
「やばいよ、でかいよ、針鋭いよ!」
ガインよりずっと大きな魔物に、ミイナがパニックになる。シータが女王ドクンバチを指さした。
「ミイナ見てぇ、頭」
「あ! 割れた茶碗の欠片!」
女王の頭に聖なる欠片が乗っている。ガインが短剣を抜いて駆け出した。
「ツラララ! う!」
ガインの背中でレイが呪文を唱える。鋭い氷が魔物の肩を貫いた。
「カンチ!」
ミイナが回復魔法を唱える。
「頑張れよぅ!」
シータは仲間を応援した。
「キジャー!」
魔物の尻にある針が、ガインの太ももを刺す。
「う……!」
ガインの肌が、みるみる黒く変色していった。
「ガインが刺された! シータ、毒消し飲ませてあげて!」
ミイナの言葉に、シータがとんでもないと首を振る。
「どうやって近づくのぉ。無理だよぅ。ミイナがやりなよ」
「無理!」
ミイナがきっぱりと言う。
「じゃあ、ここから毒消しを投げようかぁ」
ミイナとシータは毒消しを掴んで、ガインに向かって投げた。毒消しの粉が、ガインとレイに降り掛かる。
「うわー!」
「ああ!」
ガインとレイが叫び声を上げた。
「……あ、目に入ったみたい」
「痛そうだぁ」
「良く考えたら、粉を投げちゃ駄目だよね。カンチ!」
まだ目が痛むのか、ガインが体をくねらせて短剣を思い切り振り、背中のレイがまるで壊れた人形のように揺れる。そして――。
「ギャシャー……!」
ガインの振った短剣が、魔物に深く突き刺さり、女王ドクンバチが倒れた。
「目が……シバシバする」
肩で息をして呟くガインと泡を吹いているレイに、ミイナが謝る。
「ごめんね。毒消し舐めて」
ガインは毒消しを自分とレイの口に含ませ、女王ドクンバチの頭に乗っている欠片を取った。
「終わったな」
「うん。どうなることかと思いきや、意外にあっさり手に入って良かった良かった」
「めでたしめでたしぃ。……帰ろうかぁ」
ガインは大きく息を吐き、「そうだな」と少し笑う。
「下山も大変そうだねぇ」
心底嫌そうに言うシータを、ミイナが叩いた。
「仕方がないでしょ?」
さあ帰ろう、と勇者の子孫達は歩き出す。坂道をゆっくりと下り始めた、が。
「あれぇ?」
その途中、シータが首を傾げてしゃがみこんだ。
「どうしたの?」
不思議そうに訊くミイナに、シータは満面の笑みで振り返る。
「きのこ、発見。だよぅ」
「…………」
ミイナは「はぁ……」と溜息を吐いた。
「なにそれ。毒山に生えてるんだから、毒キノコに決まってるじゃない」
「分かってないなぁ。少し痺れるくらいが美味しいんだよぅ」
「分かってないのはシータでしょ!? いいから早く帰るよ」
「あ、あっちにもあるぅ。……あ?」
しゃがんだまま移動しようとしたシータの体がぐらりと揺れる。
「シータ!」
「危ない!」
ミイナとガインが叫んで駆け寄り、シータの贅肉を掴む。だが、それでシータの巨体を止められるわけもなく――。
「うわぁ!」
「きゃあ!」
「く……っ」
シータがうつ伏せになり、そのまま坂道を滑り始める。贅肉を掴んでいた二人も引きずられた。
「ちょ、止まってシータ!」
「無理ぃ!」
このままでは危ないと判断したガインが、咄嗟にシータの広い背中に乗り、ミイナの体も引きあげる。
シータは『腹スベリ』の技を覚えた。
ミイナがシータの頭を杖で叩く。
「ヒイ! 早い! スピードダウン!」
「無理だよぅ!」
ガインが目の前を指さした。
「シータ、木にぶつかる。方向修正をしろ!」
「熱い! 腹が熱いよぅ!」
「ちょっとシータ、方向修正! もう!」
ミイナがシータの肩にある贅肉を掴む。そして体を右に倒した。
ぎりぎりのところで何とか木を躱す。ところがその先には、魔物がいた。
「レイ!」
真っ青な顔をしたレイが杖を掲げる。
「カマイタチ! うげえ」
魔物が切り裂かれた。
「カンチシロ!」
全員がホッと息を吐く。何とかなった。だが――勇者の子孫達は気づいていなかった、
「ああぁああー!!」
目の前に崖が迫っていたことを。
勇者の子孫達が崖から飛ぶ。
『美しい夕焼けが広がる空に、我々は飛び出した。爽やかな風が頬を撫で、眼下に広がる壮大な景色。
ああ、自分とはなんてちっぽけな存在なのだろう。
そう、人類の初の空の旅を、我々は体験したのだった』(ガイン著、「あの頃を振り返る」より抜粋)
「ああぁああー!」
一瞬の飛行の後、勇者の子孫一行は当然落ちた。しかし運良く、崖に生えた木々がクッションとなり、瀕死の状態で地面に転がる。
「カ、カンチシロ……。生きてる?」
ミイナの声に、ガインとシータが体を起こす。
「ああ、何とか、な。――ここは?」
勇者の子孫達が周りを見回すと、そこには――。
「ヒヒリーヌ! ってことは、もしかして」
「下山出来たみたいだねぇ」
「あ、聖なる欠片は?」
ガインが手に持っている欠片をミイナに見せた。
「大丈夫。ここにある」
勇者の子孫達は大きなため息を吐いた。
「疲れたね」
「お腹空いたぁ」
「ザイシャに戻るか」
「ああ、そうしよう。それにしても僕達、よく生きてたね」
重い体を引きずって、馬車に乗り込む。
勇者の子孫達は、二つ目の聖なる欠片を手に入れた。
◇◇◇◇
「あんた達! 無事だったかい」
ザイシャ国に入った途端、勇者の子孫達は声を掛けられた。
「あ、薬店のおじさん」
店主がホッと胸を撫で下ろす。
「良かった。女王ドクンバチを追って頂上に行ったって聞いたから、こりゃもう駄目かと思ってたんだ」
「あはは。おじさんに貰った毒消しが役に立ったよ」
「こちらこそ、弟子を助けてくれてありがとう。弟子は今寝込んでるから、代わりに礼をするよ。店に入ってくれ」
そう言われて勇者の子孫達は、店の中に入った。
「これを持って行きな」
店主が小さな袋を三つ、ミイナに渡す。
「これ、薬?」
「ああ」
「ふーん、この黄色いのは?」
店主が答える。
「傷薬だ」
「この赤いのは?」
「それはまあ……いわば気力回復薬だ。いいか――」
店主はミイナの耳に口を近づけて小声で言う。
「――この薬はソビ国に持って行け。高値で売れるぞ」
「へー、高値で? ありがとうおじさん。こっちの緑は?」
「それは育毛剤だ。そこの――」
店主はガインの隣に立つ、レイとチラリと見た。
「――脱毛が激しい兄ちゃんに使ってやってくれ」
店主の言葉と頭に集中した視線に、レイの目が大きく見開かれる。
ミイナが笑って、店主に礼を言った。
「ありがとう」
ガインが皆を促す。
「宿屋に行くか」
「うん。おいらお腹ペコペコだよぅ」
店を出て宿屋に向かうミイナとガインとシータ。
呆然としていたレイがハッと気づき、慌てて三人を追いかけて訊いた。
「僕は抜け毛が激しいのか?」
ミイナが目を逸らす。
「気にしないで」
ガインがレイの肩を叩く。
「それより早く休もう」
「お腹すいたねぇ」
「みんな、本当のことを教えてくれ」
しつこく聞いてくるレイを「まあまあ」と宥めつつ、勇者の子孫達は宿屋に入った。