15 毒山登山
毒噴く山に到着した勇者の子孫達は、馬車から降りた。
「ここか……」
「あ、あれ見て」
ミイナが指をさす。
『毒ガス充満中危険』。
登山口らしき場所に立っている看板には注意書きと共に、毒に侵されて瀕死の状態になった人の絵も描いてあった。
ミイナが眉を寄せる。
「何、この絵。やたらリアルなんだけど……」
「ある意味芸術だねぇ」
「私達これから登るのに、嫌な感じ」
看板を杖で突くミイナをレイが諌めた。
「ミイナ、駄目だよ。それより薬屋のお弟子さんは何処だろう?」
ガインが周囲を見渡す。
「居ないな」
「探そう」
勇者の子孫達は周辺を探したが、しかし薬屋の弟子らしき人物は見当たらなかった。
レイが深く息を吐き、決断する。
「仕方ない、行こう」
「そうだね」
「仕方がないよぅ」
ミイナとシータが同意し、ガインがレイに背を向ける。
「乗れ、レイ」
「ごめん、ありがとう」
ガインはレイを背負うと、用意していた紐でレイの体をしっかりと固定した。
ミイナが馬車から毒消しの袋を「よいしょ!」という掛け声と共に降ろし、シータに渡す。
「毒消しはシータが持って行ってね」
「えぇ? おいらがぁ?」
「だってガインはレイを背負っているし、私はか弱い乙女でしょ? シータしかいないじゃない」
「か弱いぃ? 誰がぁ? ――ぎゃぁ!」
杖で思い切り突かれたシータが、悲鳴を上げる。
「いいから行くよ。ヒヒリーヌはここで待っててね」
馬車を置いて、勇者の子孫達は毒吹く山に登っていく。少し山に入っただけで息苦しさを感じ、毒消しを舐めた。
「シータ、絶対こけちゃ駄目だからね。転がってっちゃうから。最悪、毒消しは置いて転がっていってね」
「おいらはどうなってもいいってことぉ?」
少し進んでは教えられた通り毒消しを舐める。それを繰り返していると、登山道の脇の茂みからガサガサという音が聞こえ、何かが飛び出した。
「魔物!」
ミイナが声を上げる。腹が大きくせり出した巨大蛇が、行く手を遮っていた。
「メタボヘビだ。牙に毒があるから気を付けて」
ガインがすぐさま魔物をメッタ刺しにする。
「大丈夫? カンチ」
「大丈夫だ。行こう、のんびりしていたら毒消しが足りなくなる」
返り血を袖口で拭ってガインが再び歩きだし、ミイナ達もそれに続いた。
時々出てくる魔物をガインとレイが倒しながら、一行は進んでいく。そして――。
「お、おいらもう歩けない……」
シータが掠れた声で言い、膝から崩れ落ちた。ミイナがそんなシータの背中を力なく杖で突く。
「シータ、しっかりしなさいよ……と言いたいけど、私もちょっと疲れた。聖なる欠片はどこ?」
レイが「うーん」と唸った。
「どこだろう? もしかして頂上かもしれないね」
「頂上……?」
勇者の子孫達が顔を上げて、登山道の先を見つめる。
「まだまだだねぇ、お腹空いたぁ」
「息苦しくなる間隔が短くなっていってるよね。シータ、毒消しちょうだい」
ミイナが毒消しを舐め、他の者達も袋の中に指を突っ込んで薬を舐めた。
「これ苦いぃ」
「シータうるさい。薬なんだから仕方ないでしょ――、あ、魔物だ」
黄色と黒の縞模様、背中に翅と、尻に大きな針を持つ魔物が現れる。レイが緊張した声を出した。
「ドクンバチだ。針に猛毒があるから気を付けて」
ガインが短剣を抜いて魔物に向かう。
シータが感心した様子で言った。
「ガインは元気だよねぇ」
「レイを背負ってるのにね」
ミイナが頷く。
「もうこの先は、ガインだけで行ってもらっちゃ駄目かなぁ?」
「駄目でしょ。あの人呪われてるんだから――カンチダ!」
「お腹空いたなぁ。あれ、焼いて食べようか」
ドクンバチを指さすシータに、ミイナが眉を寄せた。
「毒があるんでしょ? 危ないから嫌」
「おやつ持ってくれば良かったぁ」
溜息を吐くシータと、そんなシータを杖で突くミイナに、ガインが声をかける。
「行こう」
「はーい」
「はーいぃ……んん?」
体を起こそうとしていたシータが首を傾げた。
「何?」
「んー? なんか音がしなかったぁ? そこら辺から」
「え?」
シータが指さした茂みを、ミイナが見る。
「また魔物?」
ミイナは杖でそっと茂みを掻き分け――驚いた。
「みんな、人が倒れてる!」
少し先に居たガインが駆けつけ、シータが体を起こす。
「大丈夫か!?」
ガインはうつ伏せに倒れている人を抱き起し――「うっ」と言葉に詰まった。倒れていたのは細身の男だが、その姿が……。
「うわぁ、登山口に描かれていた絵にそっくりぃ」
ガインの横から覗き込んだシータが、思わず呟く。レイがすぐさま指示を出した。
「ミイナ! 毒消しをこの方の口に!」
「う、うん」
ミイナが袋から、掌で掬うようにして薬を取り出し、男の口に押し込む。そして勇者の子孫達は、男の様子を見守った。
「……手遅れ?」
ミイナが呟いた時、男の頬に赤みがさす。
「うぅ……」
男は小さく呻き、目を開けた。
「あ、あなた達は……?」
掠れてはいるが、しっかりとした口調と視線に、勇者の子孫達はホッと胸を撫で下ろす。レイがガインの背中から首を伸ばして微笑んだ。
「僕達は通りすがりの勇者の子孫です。あなたはどうしてこんなところで倒れてたんですか?」
「薬の材料を取りながら進んでいたら、つい登りすぎて……女王ドクンバチに襲われてしまったんです」
薬の材料という言葉に、勇者の子孫達は顔を見合わせる。ミイナが男を指さした。
「ザイシャの薬師のお弟子さん?」
男が軽く目を見開く。
「そうです」
「探してたんだよ。薬師さんが『早く戻れ』って」
「そうですか……ご迷惑をおかけしました」
よろめきながら立ち上がろうとする男を、ガインが支える。
「ところで、その『女王ドクンバチ』とは?」
「この山の主です。運悪く遭遇してしまい、慌てて逃げたのですが、その時毒消しを地面にぶちまけてしまって……申し訳ないのですが、毒消しを少し分けてもらえないでしょうか? 帰ったら必ずお礼はしますから」
レイが頷き、シータは男が懐から取り出した小さな布袋に、毒消しを分ける。
「ありがとう。早く下山しましょう」
男の言葉に、ガインが首を横に振った。
「いや、我々には目的があるから、まだ下山できない」
「目的?」
いぶかしげな男に、レイが訊く。
「割れた茶碗の欠片みたいなものを知りませんか?」
「割れた茶碗? それはもしかして、女王ドクンバチが持っていた……」
勇者の子孫達が「え!?」と声を上げた。
「女王? それってどこにいるの!?」
ミイナの勢いに若干身を引きながら、男は山頂に続く道を指さす。
「たぶん、頂上に行ったと思います」
勇者の子孫達は顔を見合わせて頷いた。目的のものは、やはり頂上にあるようだ。
ガインが皆を促す。
「行こう。――君は一人で帰れるか?」
訊かれた男が眉を寄せた。
「あなた達、まさか頂上まで行くつもりですか? やめた方がいいですよ。女王はとても強いですし」
「いや、行く必要があるんだ」
男は「そうですか……」と説得をあっさり諦め、キョロキョロと周囲を見回す。そして茂みの中に落ちていた大きな袋を重そうに持ち上げて肩に担いだ。
「……それ、何?」
ミイナが男が担いだ袋をじっと見る。
「薬の材料です」
「……動いてるけど」
大きな袋は、グネグネと怪しく蠢いていた。
「新鮮ですから」
男はニイッと口角を上げ、若干ふらつきながら歩き出す。
「ありがとうございました。無事生きて下山できたら、お礼がしたいので店に寄ってください」
ミイナが呆れた声で呟いた。
「生きて下山できたらって……」
去っていく男の背中を見送り、勇者の子孫達は頂上へと歩き始めた。
先頭を歩くガインが眉を寄せて背中のレイに話しかける。
「女王ドクンバチは相当強いようだな」
レイが頷き、ミイナが唇を尖らせた。
「やだな。疲れてる上に強い魔物なんて。もういっそ、魔王退治の旅やめちゃおうか?」
「やめて、殺されるのを待つか?」
「おいらまだ、世界中の美味しいものを食べてないよぅ」
「ミイナ、今国に帰っても、居場所はないんじゃないかい?」
ミイナが頬を膨らませる。
「わかってるわよ。ちゃちゃっと聖なる欠片を奪って下山するよ!」
「ミイナ、一人で先に行ったら危ないよ」
ガインを抜かして大股で歩くミイナに、皆は苦笑した。