14 品揃えが豊富です
「……なんか、暗いというか陰気な国だね」
数日掛けて辿り着いたザイシャ国は、ホーダイ国とは正反対な雰囲気の国だった。特に寂れているわけでもないのだが、国全体が妙に暗く感じ、人々は勇者の子孫達と目が合っても、会釈して素早く通り過ぎていく。
「うーん、なんだろこの雰囲気? とりあえずそこの薬店に入ってみる?」
そう言いながらミイナは、みんなの返事を待たずに近くの薬店に入っていった。
「こんにちは」
ミイナが少し大きな声で言うと、店の奥から四十代くらいの男が出てくる。
男は勇者の子孫達を見ると、口元に笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、何にする? 一瞬の衝撃を味わうものから長く楽しめるものまで、色々と揃ってるよ」
男はどうやらこの店の店主のようだが、それにしても、とミイナは首を傾げる。
「……何の話?」
「大丈夫。うちのは天然素材で安全安心だよ」
「…………」
勇者の子孫達が顔を見合わせる。そしてガインが一歩前に出て店主に訊いた。
「毒消しと、体を丈夫にする薬が欲しいのだが」
店主が首を傾げる。
「毒消し?」
「ああ」
「…………」
店主は勇者の子孫達の顔をゆっくりと見回して呟いた。
「……あんた達、まさか『表』の客か?」
「表? なんだそれは」
ガインの質問には答えず、店主は急に爽やかな笑顔になって揉み手をした。
「いらっしゃい、毒消しだね。百エンになるよ」
「…………」
勇者の子孫達は、再び顔を見合わせる。
「『表』って何?」
「裏があるのかなぁ?」
店主はコホンと咳払いをした。
「え? いやまあ薬にも色々あるから……それより体を丈夫にする薬となると、これがおすすめだよ」
店主が棚の中から薬を一包取り出す。
「ただ、こちらは結構値段が張るし、定期的に飲まないと効かないよ」
ミイナが「ふーん」と唸って杖で薬を指した。
「いくらなの?」
「百万エン」
「高すぎよ! ぼったくり!?」
ミイナの言葉に、店主はとんでもないと首を横に振った。
「この薬は、材料が手に入り難い上に調合が難しいんだよ。それにこういう表の薬を作る薬師も今じゃ少ないからね。うちにもこれ一つしかないよ」
「だから『表』ってなによ!?」
ミイナが眉を寄せて杖を振り回し、レイが慌ててミイナを諌める。
「ミイナ、駄目だよ」
「だって……」
ミイナが唇を尖らせ、ガインがミイナ肩に手を置いてレイを見た。
「しかし百万エンではさすがに手が出ないな。すまない」
レイは微笑んで首を横に振る。
「いや、いいよ。これまでだって何とかなったし、それにミイナの回復魔法があるからね。それより店主、毒消しは沢山ありますか?」
「沢山? 何に使うんだね?」
「毒噴く山に行くんです」
レイの言葉に、店主は「ああ……」と頷いた。
「あんたたち登山家さんかね? いるんだよな、時々毒噴く山に登ろうとする者が。まあ大抵途中で引き返してくるけどな。ちょっと待っていてくれ」
店主は店の奥へと行き、大きな袋を持って戻ってきた。
「持っていきな」
袋を渡されたガインが首を傾げる。
「これは?」
「毒消しだよ」
袋の口を開けて勇者の子孫達が覗くと、白い粉が袋いっぱいに入っていた。
店主がその粉を指差す。
「少し進むごとに、これを指で掬って舐めるといい。山に登るほど毒は強くなるから気を付けろ」
「ああ、分かった」
ガインは頷いて、袋の口をきつく縛った。
ミイナが杖を肩にのせ、店主のほうを振り向く。
「ねえ、いくらになるの? 沢山買うんだから安くしてよ」
「いや、御代はいらないよ。その代わり頼みがある。三日前に弟子が、毒噴く山の麓に薬の材料を採りに行ったんだが、まだ帰ってこないんだ。いつもは二日もあれば帰ってくるんだがな。魔王復活で魔物も強くなってるみたいだし、探して早く帰って来いと伝えてほしい」
レイが軽く眉を寄せた。
「それは心配ですね。分かりました」
「頼んだよ」
ガインが袋を肩に担ぎ、勇者の子孫達は店を出ようとして――しかしそこでミイナが「あ!」と思い出して店主に訊く。
「そうだおじさん、この国に勇者の子孫か魔王退治に参加するような強者いないかな?」
店主が首を捻った。
「さあ、聞いたことがないな。この国は薬師ばかりだから、戦える者なんていないよ」
「そっか……。じゃあ解呪が出来る人はいない?」
「解呪? それも聞いたことがないな」
「じゃあ、痩せる薬ってない? この人を痩せさせたいんだけど」
杖で指されたシータが驚きの声を上げる。
「おいら、痩せる気なんてないよぅ!」
「痩せたほうがいいに決まってるでしょ!? ――で、痩せる薬はあるの?」
店主は「うーん」と唸って苦笑した。
「いや、あるにはあるが、表のお客さんに出すのは気が引けるな」
「だからその、『表』ってなによ!」
何度も出てくる意味不明な言葉に怒って、額に青筋を立てるミイナ。レイがそのミイナをまあまあと宥める。
毒消しを手に入れた勇者の子孫達は、店から出て馬車に乗り込み、そのまま毒噴く山に向かった。