13 薬師の国へ
緑繁る洞窟から出て馬車に戻ったミイナは、戦利品である焼き栗を籠に入れてレイに言った。
「意外にも簡単だったね」
どかっと座るミイナにレイが苦笑し、荷物から服を取り出していたガインとシータが思わず呟く。
「簡単? 我々は火だるまになったのだが」
「おいらの服、特注品なのにぃ」
ミイナは「あはは」と笑って頭を掻いた。
「ごめんね。それよりレイ、次は何処に行くの?」
「待って、調べてみるから」
ミイナに訊かれたレイが、魔王攻略日記と古代語の辞書を取り出して解読を始める。着替えが終わったガインとシータが、レイとミイナの隣に腰を下ろした。
「えーと、世界の北東、ブダイからずっと北へ行った場所、『毒噴く山』に欠片はある、と書いてあるね」
ミイナとシータが眉を寄せる。
「え? 毒噴く山?」
「名前からして危険だねぇ」
ガインは顎に手を当てて、攻略日記をじっと見つめた。
「毒か。しかしそれならミイナの回復魔法があるから大丈夫ではないのか?」
ガインの言葉にミイナが「うっ」と詰まる。
「いや、あの、カンチじゃ解毒まではできないよ。私、解毒魔法は使えないの」
シータが目を見開いた。
「ええー? 解毒魔法使えないのぉ?」
「悪かったわね! 回復魔法しか使えなくて!」
杖でシータを叩こうとしたミイナをレイが慌てて止める。
「ミイナ、やめなさい――うげえ!」
「きゃあ! なんでいきなり吐血するの!? カンチ!」
レイは深い呼吸を数回して、袖で口を拭った。
「ミイナ、いい子にしてくれないと、僕の寿命が縮むよ」
「何、その脅し……」
頬を引きつらせるミイナをよそに、レイが荷物から布を取り出して汚れた床を拭く。
シータが焼き栗を口に放り込みながら、ミイナに訊いた。
「で、どうするのぉ?」
ミイナが杖を肩に担いで唇を尖らせる。
「どうするって言われても、出来ないものは出来ないわよ」
ガインが唸り、汚れた布を隅に置いてレイが腕を組む。
「毒消しを大量購入するしかないんじゃないかな?」
「……金が要るな」
ガインが漏らした言葉にレイが頷いて、ミイナが表情を曇らせる。
「毒消しって高いの?」
呟くような声で訊くミイナにレイは微笑んで、手を伸ばして頭を撫でた。
「買ったことがないから分からないけど、戦利品を売ってお金に換えればきっと大丈夫だよ。それより場所を確認しよう」
レイは荷物から地図を取り出し、床の上に広げた。
「今居る場所がここら辺。ブダイ……つまりホーダイから真っ直ぐ北へ行った世界の北東、となると毒噴く山はこの辺になるかな?」
ガインが地図を指差す。
「途中に国が一つあるな」
レイは頷いた。
「『ザイシャ国』、だね。確か薬師の国だと聞いたことがあるよ」
「薬師の国ぃ? じゃあ毒消しも沢山売ってるねぇ」
シータが口をもごもごと動かしながら言い、ミイナが杖で床をポンと叩いた。
「そうだよ! 薬師の国ならきっと毒消しも安く買えるよ。交渉は私に任せて!」
「そうかい? じゃあ頼むよミイナ」
急に元気になったミイナに、レイは思わずクスクスと笑う。
「決まったな。とりあえずザイシャに向かい、そこで毒消しを買って毒噴く山に向かう、ということでいいな」
ガインの言葉に頷きかけたミイナが、「あ!」と声を上げる。皆の視線がミイナに集まった。
「どうしたんだい、ミイナ」
首を傾げたレイに、ミイナは眉を寄せる。
「気付いたんだけど、レイに登山は無理かも。でも置いて行くと戦力が不安だし……」
走るどころか長距離を歩くことさえ出来ないレイに、登山など出来るはずがない。かと言って、強力な攻撃魔法を使えるレイを置いていくのも不安がある。
ミイナが杖を胸の前で握りしめて上目遣いでレイを見て、見つめられたレイは視線を彷徨わせる。
「ごめん……僕の体が弱いばっかりにみんなに迷惑をかけて。でも頑張って登るから――」
その時、レイとミイナの肩に、ガインが手を置いた。
驚いて顔を上げる二人に、ガインは首を横に振る。
「心配ない。レイは俺が背負う」
「ガイン……」
「迷惑をかけているのはお互い様だ。協力していこう。それに――薬師の国ならもしかして、レイの体を丈夫にする薬もあるかもしれない」
ミイナがパッと明るい顔になりレイに視線を移した。
「そうか、そうだよ。レイの体に合ったお薬があるかもしれないよ。ね?」
ミイナとガインに励まされ、レイは微笑んで頷く。
「……そうだね。ありがとう、二人共。ザイシャに行こう」
「うん」
「ああ」
レイの肩を軽く叩いてそのまま御者席へ移動しようとしたガイン。しかしそのガインをシータが引き止めた。
「あのさぁ、おいらも登山なんて無理なんだけどぉ」
「シータは頑張れ」
「即答? 酷いよぅ」
ミイナが呆れた声を出す。
「シータはザイシャで痩せる薬でも買って飲みなよ」
「別においら、痩せたいわけじゃないんだけどぉ……」
「痩せたら格闘家に戻れるでしょう?」
「戻る気なんて無いよぅ! おいら今の職業が気に入ってるから」
「格闘家の方が戦力になるでしょう!?」
杖を振り上げたミイナをレイが宥め、ガインが御者席に座る。
馬車は薬師の国ザイシャへと走り出した。