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悪役令嬢役が重すぎるので、私は裏方に転職します

作者: 星渡リン
掲載日:2026/03/11

 悪役令嬢ものを読んでいると、たまに思うことがあります。

 どうしてこう、舞台の中央に立たされる側ばかりが大変なのだろう、と。


 だったらいっそ、中央から降りてしまえばいい。

 その代わり、舞台そのものを回してしまえばもっと面白いのでは。


 そんな発想から生まれたお話です。


 重たい役を押しつけられた侯爵令嬢が、真正面から戦うのではなく、舞台裏へ回って物語をひっくり返していきます。

 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 悪役令嬢役の衣装は、持ち上げた瞬間にわかった。


 これを着て優雅に歩けるのは人間ではない。荷馬車である。


「……確認ですけれど」


 私は黒紫のドレスの裾をつまんだまま、にこやかに首を傾げた。


「こちら、本当に衣装ですのよね?」

「え、ええ。もちろんですわ。今年は例年より豪華にしたんですの。悪役らしく、威圧感と存在感をたっぷりと」

「なるほど」


 私はそっとドレスを戻した。


「罰ゲーム用ではなく?」

「え?」


 衣装係の先輩令嬢が目を瞬く。


 衣装室に並ぶ視線の先で、私は笑顔のまま言った。


「申し訳ありませんけれど、その役、物理的にも社会的にも重すぎますので。私は裏方に転職いたしますわ」


 一瞬で、部屋が静まり返った。


 誰かが小さく息をのむ。

 誰かが「は?」と呟く。


 その沈黙を破ったのは、低く落ち着いた男の声だった。


「待ってください、ベルレイン嬢」


 振り向くと、入り口に生徒会副会長のカイル・アーヴェントが立っていた。

 銀灰色の髪に、きっちり着こなした制服。真面目という言葉を、そのまま人の形にしたような青年だ。


「今さら配役を降りるのは困ります。先ほど講堂で正式に発表されたばかりです」

「ええ、聞いておりました」

「でしたら」

「だからこそ、裏方に回るべきだと申し上げておりますの」


 私は台本を持ち上げ、軽く振って見せた。


「この劇、今のままだと当日までに崩れますわよ」


 カイルの眉がぴくりと動いた。


「何を根拠に」

「衣装の管理表がありません。小道具の配置も曖昧。改訂された台本の共有も不十分。舞台袖の導線は交差していますし、聖女役の第二衣装と悪役令嬢役の第一衣装が同じ列に掛かっておりました。これでは着替えで詰まります」


 言い終えた頃には、衣装室の空気は完全に変わっていた。


 私はさらに、例のドレスを指先で示す。


「加えてこちら。重すぎます。転倒事故が起きてもおかしくありません」

「……着こなせないから役を降りると?」

「逆ですわ」


 私はにっこり笑った。


「これで舞台に出して転ばせる気満々なのが、見え見えだと申し上げておりますの」


 ぎくり、と何人かの肩が揺れた。

 当たりらしい。


 カイルは無表情を保ったままだったが、視線だけが鋭くなった。


「証拠は」

「今はありません。でも、準備不足の証拠ならいくらでもあります」


 机の上に置かれていた進行表を取り上げて、私は空欄だらけの紙をひらりと広げた。


「私を三日だけ裏方に置いてくださいませ。舞台進行補佐として働きます」

「三日?」

「ええ。三日で立て直します。それで失敗したら、この重たいドレスを着て悪役令嬢役を務めますわ」


 室内がざわついた。


「副会長、そんな」

「本気ですの!?」


 けれどカイルはしばらく黙ったあと、短く言った。


「……いいでしょう」

「カイル様!?」

「責任は私が取ります」


 彼はまっすぐ私を見た。


「ただし三日です。結果が出なければ元の配役に戻ってもらいます」

「結構ですわ」


 私は一礼した。


「転職初日としては、なかなか上出来ですわね」


 こうして私は、悪役令嬢役を辞退し、舞台裏へと職場を移した。


 そしてその判断が、建国祭の劇そのものをひっくり返すことになる。


   ◇


 王立セラフィナ学園の建国祭は、ただの学園行事ではない。


 王族や有力貴族も訪れる一大イベントであり、なかでも伝統劇『白百合の聖女と茨の令嬢』は毎年の目玉だ。


 聖女役は称賛される。

 対して悪役令嬢役は嫌われる。


 しかも今年の台本は、芝居の範囲を少々はみ出していた。


 聖女役に嫌味を言う。

 観客の前でみっともなく取り乱す。

 最後には膝をついて謝罪し、社交界での失脚を匂わせる台詞まである。


 芝居というより、公開処刑に近い。


 私は前日、講堂で配られたその台本をめくりながら、静かに思ったものだ。


 なるほど。

 今年の建国祭は、ベルレイン侯爵家の娘に恥をかかせたい方がいらっしゃるらしい、と。


 だが、そうとわかった以上、付き合う義理はない。


 私は裏方一日目の朝、衣装室の壁を一枚まるごと占領した。


「紙とペンをお借りできます?」

「え、はい」

「それと糸と針。白、黒、紺、金の糸を優先で」

「そんなに使うんですか?」

「使います。混乱は、だいたい見えないことから始まりますので」


 戸惑う下級生たちを前に、私は机を作業台に変えた。


 出番順に衣装札をつける。

 小道具の置き場に印を貼る。

 台本の変更箇所を抜き出して一覧にする。

 舞台袖には、人の流れがぶつからないよう簡単な導線図を貼る。


 たったそれだけの作業で、部屋の空気が目に見えて変わっていった。


「わ、探し物しなくていい……」

「最新版の台本、これでわかる」

「この順番なら着替え、間に合います!」


 私は頷きながら、裾の長すぎる衣装を安全な長さで仮留めする。

 ほつれていた袖口を縫い直し、留め具の緩いベルトを補強する。

 香りの強すぎる化粧油は別棚へ移した。狭い舞台袖であの匂いは、気分を悪くする子が出かねない。


「フィオナ様、これも見ていただけますか!」

「はい。あら、このボタン、今にも飛びそうですわね」

「本当だ……」

「舞台は遠くから見ると華やかですが、近くで崩れるのはだいたい留め具と段取りですわ」


 昼前には、昨日まで混沌としていた衣装室が、ようやく「現場」と呼べる顔つきになっていた。


「すごい……」


 ぽつりと漏らしたのは、一年生の小柄な女子生徒だった。


「すごい、ではなく当然ですわ」

「え?」

「公演というのは奇跡で回るものではありません。段取りで回るのです」


 その言葉に、部屋のあちこちで小さく頷く気配がした。


 ちょうどその時、入り口に人影が立つ。


 カイルだった。


 腕を組み、室内を見回し、昨日とは別世界のようになった衣装室をしばらく黙って眺める。


「……驚きました」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「まだ一日目です」

「だから今日は、驚くだけで十分ですわ」


 私がそう返すと、カイルの口元がほんの少しだけ緩んだ。


 真面目一辺倒の人かと思っていたけれど、ちゃんと笑えるらしい。


 その日の午後、舞台袖で小さな騒ぎが起きた。


 端役の一年生が、自分の出番を見失って泣きそうになっていたのだ。


「わ、私、次どこに行けば……」

「落ち着きなさい」


 私は進行表を開き、その子の目の前に差し出した。


「あなたはここで待機。合図があったら右袖から入るの。大丈夫、まだ時間はありますわ」

「でも、間違えたら……」

「間違える前に確認すればいいのです」


 私はその子の肩を軽く押した。


「舞台は準備した者から勝ちますわ」


 その子は何度か瞬きをしてから、小さく頷いた。


「……はい!」


 それを見ていた周囲の下級生まで、なぜか揃って背筋を伸ばした。

 少し照れくさい。


 夕方、ようやく一息ついたところで、控えめな声がした。


「フィオナ様」


 聖女役のミレイユ・フォーンだった。

 やわらかな栗色の髪を揺らし、両手で温かいお茶のカップを持っている。


「差し入れです。お疲れでしょうから」

「ありがとうございます」


 私は向かいの椅子を勧めた。ミレイユは少し緊張した様子で腰を下ろす。


「……あの」

「はい?」

「私、昨日からずっと、お礼を言いたかったんです」


 彼女はカップを見つめたまま言った。


「フィオナ様が役を降りるって聞いた時、少し安心してしまいました」

「まあ」

「だって、あの役……ひどいです」


 思っていたより、ずっとまっすぐな声だった。


「私、あの台本、好きではありません。聖女が輝くために、もう一人があんなふうに嫌われなくちゃいけないなんて」


 私は少しだけ目を細めた。


 皆が「ぴったり」と持ち上げる聖女役の少女も、別に喜んでいたわけではないらしい。


「誰かを踏まないと立てない主役など、舞台の欠陥ですわ」

「……はい」


 ミレイユはほっとしたように笑った。


「フィオナ様なら、そう言ってくださる気がしていました」


 二人で台本を開く。

 その中で、私は不自然な差し替え箇所を見つけた。


 終盤。

 悪役令嬢が聖女を突き飛ばす。

 観客の前で取り乱す。

 最後には婚約候補としての価値まで疑われるような台詞が足されている。


「これ、前からありました?」

「いえ……先週の改訂版からです」


 ミレイユが不安そうに眉を下げた。


「私、元の台本の方が自然だと思っていたんです。でも、先輩方が『こっちの方が盛り上がる』って」

「盛り上がる、ね」


 私は台本を閉じた。


 ようやく見えた。


 これは舞台の演出ではない。

 舞台を使った失脚の仕掛けだ。


「なるほど」


 自分でも驚くほど冷えた声が出た。


「私は役を演じるのではなく、本当に嫌われる予定でしたのね」


   ◇


 その夜、私は保管室の近くで、その答え合わせを聞いてしまった。


「今年はうまくいきそうね」

「フィオナ様って、もともと気が強いじゃない。少し煽れば本気で怒りそうだし」

「舞台の上で取り乱してくだされば十分よ。あとは皆、『役に入り込みすぎた』って思うもの」

「侯爵令嬢にしては扱いづらかったから、ちょうどいいですわ」


 扉の向こうで、くすくすと笑い声が重なる。


 私は黙って立っていた。


 腹は立った。

 けれど不思議と、頭は冷えたままだった。


 翌朝、生徒会室でカイルにその話を伝えると、彼は机の上の書類を押さえる指先に力を込めた。


「中止も考えるべきだ」

「それでは相手の思うつぼですわ」

「ですが」

「祭りを止めれば混乱が起きます。実行委員会の責任問題にもなる。ですから、止めるのではなく作り替えます」


 私は正式版の台本を机に置いた。


「舞台ごと」

「作り替える?」

「ええ。差し替えられた台本は戻す。小道具の受け渡しを管理して、勝手な変更を防ぐ。そして終盤の演出は、断罪ではなく和解へ」


 カイルが目を見開いた。


「和解?」

「誰かを悪役にして終わる劇など、今年で終わりにいたしましょう」


 そこへ呼んでいたミレイユも加わった。


 彼女は一度深く息を吸ってから、しっかり顔を上げる。


「私、やります」

「無理をする必要はありませんわよ」

「無理ではありません」


 ミレイユは台本を胸に抱いた。


「私、聖女役ですもの。誰かを踏みつけて拍手をもらうより、ちゃんと立って終わりたいです」


 私は思わず笑った。


「その台詞、舞台の上でも言えれば満点ですわ」

「言います」


 声は小さかったけれど、その瞳は強かった。


 それからは、文字通りの戦場だった。


 表向きはいつも通り準備を進める。

 その裏で、正式版の台本を全員に再配布する。

 小道具には受け渡し札をつけ、誰がどこで何を持つかを明確にする。

 衣装は出番順に固定し、勝手に入れ替えられないようにした。


 私は進行表を広げ、裏方全員に向かって言った。


「幕は偶然上がりません。上げる人がいるから上がるのです」

 

 下級生たちが息をのむ。


「今回は、その『上げる人』になっていただきます」


 真剣な頷きが返る。

 その横で、カイルが腕を組んだまま私を見た。


「君は前に立つより、支える方が得意なんだな」

「支える側がいなければ、前など成立しませんわ」

「……その通りだ」


 短い会話だった。

 けれど、その一言がなぜか胸の奥に残った。


   ◇


 建国祭当日。

 大講堂は満員だった。


 王族、貴族、教師、生徒、招待客。

 客席の熱気だけで、幕が焦げそうなほどだ。


 私は舞台袖で最終確認をしていた。


「第一幕、小道具確認」

「完了!」

「第二幕、衣装列」

「出番順に整列済みです!」

「照明、合図は?」

「副会長から受けます!」


 よし。


 幕が上がる。

 舞台中央に立ったミレイユは、本当に絵のように美しかった。


 劇は滑り出しから順調だった。

 序盤はむしろ、例年よりずっと自然で見やすい。裏方が整えば、舞台はここまで軽く回るのかと、自分でやっておきながら感心する。


 だが、相手も諦めてはいなかった。


 第二幕の直前、上級生の令嬢が問題の小道具箱に手を伸ばしたのが見えた。


「それ、どちらへ?」

「え、予備を出そうかと」

「受け渡し表にないものは使えませんわ」


 私は笑顔で箱を受け取った。


「事故防止のためですの。どうぞご理解くださいませ」


 相手の唇が悔しそうに歪む。

 ええ、邪魔をしましたとも。


 さらに終盤、舞台の上で予定外の台詞が飛んだ。


「茨の令嬢を裁くべきです!」


 本来の台本にはない言葉だ。

 客席がざわつく。


 舞台袖の空気までぴんと張りつめた。

 ミレイユの肩がほんの少し揺れる。


 ここが分かれ道だ。


 私は何も言わなかった。

 ただ、舞台袖から彼女を見た。


 大丈夫。

 あなたはできる。


 ミレイユは一瞬だけこちらを見て、そして客席へ向き直った。


「……いいえ」


 透き通った声が、大講堂に響き渡る。


「誰かを悪者にして得る拍手など、私は欲しくありません」


 静寂が落ちた。


 役者たちも、観客も、息を止めたように彼女を見つめている。


「彼女は私の敵ではありませんでした。ただ、役を押しつけられていただけです。私も同じでした。誰かを聖女にするために、誰かを悪にする物語なら、私は今日、ここで終わらせたい」


 空気が変わる。


 これはもう、好奇心のざわめきではない。

 皆がちゃんと、聞いている。


 合図だった。


 私は照明係に手を振る。

 光が柔らかく変わり、音楽が切り替わる。別の袖ではカイルが進行をつなぎ、役者たちも正式版へと動きを戻していく。


 舞台はもう断罪劇ではなかった。


 誤解の中にいた二人が、互いの立場を知り、周囲の期待という檻を見抜く物語へ。

 敵対の台詞は対話へ。

 見せしめの膝折りは、対等に手を差し出す場面へ。


 私は舞台に立っていない。

 それでも、舞台全体が生き物のように動き出すのがわかった。


 これだ、と私は思った。


 中央に立って拍手を浴びるより。

 舞台そのものがきれいに回る方が、ずっと気持ちいい。


 最後の場面。

 聖女と茨の令嬢は、互いに一礼し、新しい道へ歩き出す。


 幕が下りた瞬間、大講堂は割れんばかりの拍手に包まれた。


 舞台袖では、下級生たちが呆然としている。


「せ、成功……?」

「ええ」


 私は深く息を吐いた。


「大成功ですわ」


 その時だった。


 再び幕が上がる。

 カーテンコールだ。


 主演たちが舞台へ出ていく。私たち裏方は袖に残るはずだった。いつもなら。


 だが中央に立ったカイルは、観客へ一礼すると、はっきりと言った。


「今年の建国祭劇を成功させた最大の功労者は、舞台の中央には立ちませんでした」


 ざわめきが広がる。


 私は嫌な予感しかしなかった。


「舞台裏の混乱を立て直し、進行を整え、演出を守り抜いた人物です。フィオナ・ベルレイン嬢。どうか前へ」


 何てことをするの、この人は。


 袖で固まる私の背を、下級生たちがきらきらした目で押してくる。


「フィオナ様、早く!」

「行ってください!」

「主役ですよ!」


 違います。裏方です。


 心の中で抗議しつつも、私は観念して舞台へ歩き出た。


 一斉に視線が集まる。

 けれどその視線は、悪役令嬢として浴びせられるはずだったものとはまるで違っていた。


 拍手が起こる。

 最初はまばらに。やがて大きく、講堂を満たす波のように。


 私は舞台の中央で、隣に立つカイルを睨んだ。


「ずいぶん強引ではなくて?」

「必要なことでした」

「あとで文句を言いますわよ」

「受けて立ちます」


 真顔で返されて、少しだけ可笑しくなる。


 隣ではミレイユが晴れやかに笑っていた。

 客席のあちこちからは、今年の劇への称賛がもう漏れ聞こえてくる。


 聖女も茨の令嬢も、どちらも魅力的だった。

 例年よりずっとよかった。

 あれなら悪役を見せしめにしなくていい。


 そんな声は、数日のうちに学園じゅうへ広がった。


 そして長く続いてきた「悪役令嬢役は損な役」という妙な慣習も、見直されることになった。


   ◇


 後日。

 片付けの終わった講堂で、私は最後の箱を閉じていた。


 春の風が、窓辺の紙をさらりと揺らす。


「やっぱり、ここにいた」


 振り向けばカイルが立っていた。今日は生徒会の腕章もなく、少しだけ肩の力が抜けて見える。


「探しましたか」

「ええ。礼を言わないままでは終われないと思って」

「それはどうも」


 私は箱の蓋に手を置いたまま首を傾げる。


「それで、副会長殿。ご用件はお礼だけで?」

「いいえ」


 彼は一拍置いてから、はっきり言った。


「来年以降も、祭事運営に関わってもらえないでしょうか」

「正式に裏方へ転職しろと?」

「そうなります」


 私は笑った。


「ずいぶん出世しましたわね。悪役令嬢役から舞台監督補佐ですもの」

「補佐では済まない気がしています」

「買いかぶりですわ」

「そんなことはありません」


 カイルはまっすぐ私を見た。


「表に立つのが嫌なら、それでいい」

「……」

「君は裏からでも、誰より眩しい」


 その瞬間、講堂の静けさが妙に遠くなった。


 こういう台詞は、舞台の上で誰かが言うものだと思っていた。

 でも、幕の下りたあとに言われる方がずっと心臓に悪い。


 私は視線を少し逸らし、箱の角を整えるふりをした。


「口説いていますの?」

「そのつもりですが」

「副会長は、もっと遠回しな方かと思っておりました」

「君には回りくどい言い方では届かない気がしたので」

「失礼ですわね」

「失礼しました」

「でも」


 私は肩をすくめた。


「正解ですわ」


 今度は、彼の方が少しだけ目を見開いた。


 その顔が妙におかしくて、私はふっと笑う。


「悪役令嬢役は退職しましたけれど」

「ええ」

「舞台裏で物語を動かす仕事は、案外性に合っているようですわ」


 春の光が、静かな講堂をやさしく照らしていた。


 重すぎる役を降ろした先にあったのは、思っていたよりずっと軽やかで、ずっと面白い居場所だった。


 だからきっと、私はこれからも裏方にいる。

 誰かを無理やり悪役にしないために。

 きちんと幕が上がるように。

 そして願わくば。


 私自身の物語も、少しずつ動かしていくために。


 ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


 このお話では、悪役令嬢役を押しつけられた主人公が、真正面から断罪を跳ね返すのではなく、裏方に回ることで逆転する形を目指しました。


 表に立つ人が輝くためには、裏で支える人が必要です。

 そして時には、その裏方のほうが舞台全体を動かしていることもあります。


 フィオナは派手に勝つタイプではありませんが、段取りと観察力で状況をひっくり返す主人公にしたかったので、楽しんでいただけていたらとても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
中央から降りてしまえばと言う発想は面白いと思うのですが、侯爵令嬢の立場が重い役回りを与えられる原因であり、役回りを回避するには侯爵令嬢の立場をどうにかしなければ認められにくい。または周囲を納得させる要…
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