4. 君が世界。
side翡翠
昔からなんでもできたし、なんでも持っていた。
身長も気がつけば高くなっていたし、スタイルもよかった。
顔も整っており、「かっこいいね」と、当然のように言われて生きてきた。
高3の春。
友達とノリで、アイドルのサバイバル番組に応募してみた。
「翡翠ならアイドルになれるっしょ!」
軽くそう言った友達に背中を押されて、俺は気がつけば、サバ番に参加していた。
俺の人生は、イージーモードだった。
だが、サバ番に参加したことにより、俺の価値観は全て脆く崩れ去った。
俺と同じように顔がいい男が、高身長の男が、骨格が優れている男が、掃いて捨てるほどいる。
彼らは容姿がいいだけではなく、幼少期から夢である芸能人になり、活躍するために努力を重ねており、何もして来なかった一般人の俺とは違った。
ある男は踊りができた。
見せられた踊りを瞬時に覚えるだけではなく、自分なりの解釈を入れ、誰よりも魅せる踊りをしていた。
ある男は歌声が綺麗だった。
一度聴くと忘れられないその声は、天性のものだったが、見えないところで、どう歌えば人を惹きつけるのか、研究と努力を惜しんでいなかった。
ある男は表情管理が、またある男は場を楽しませるトーク力が、またある男は自分の魅せ方をよくわかっていた。
俺が一番ではない世界。
俺が劣っている世界。
初めての世界に戸惑ったが、彼らと切磋琢磨し、磨かれていく時間は、何よりも楽しかった。
そしてそんな頑張っている俺の姿を見て、俺を応援してくれるファンという存在が、俺を嬉しくさせた。
ファンの存在が、俺を強くする。
辛い時、苦しい時に、あともう少しだけ、と踏ん張れる。
そんなファンの声が聞きたくて、気がつけば、俺はSNSでエゴサをすることが習慣になっていた。
SNSには、俺を応援する声で溢れている。
『夢島翡翠くん、かっこよくない?顔面が国宝』
『ダンスも歌も素人とは思えない!』
『骨格優勝!華がある!』
どの言葉も俺に力を与えてくれるものだ。
俺はその中で、あるアカウントを見つけた。
『翡翠は私の一番星』
そうシンプルに書かれたプロフィールの言葉。
そのアカウントは〝ねね〟と言い、毎日のように俺についてコメントをしていた。
さらに番組放送時はリアルタイムで言葉を流し、たくさんの俺への愛を語っていた。
『ひたむきに努力を重ねる姿が素敵だった。特にあの難しいステップに挑んだ場面は鳥肌もの』
『逃げない翡翠は誰よりもかっこいいけれど、たまには力を抜いて欲しい』
『待って!今の表情は天才すぎない!?ここ!』
〝ねね〟の言葉はどれも暖かい。
時には俺の背中を押し、時には俺を励ましてくれる。
たくさんのアカウントが俺を応援していたが、〝ねね〟の言葉はその中でも、目を引くアカウントのひとつだった。
〝ねね〟だけが特別なわけではない。
〝こはる〟も〝すみ〟も〝るる〟もたくさんのアカウントが俺の心を掴む。
彼女たちの存在が、俺を前へと向かせてくれるのだ。
番組が進むにつれ、脱落者も出始め、それと同時に残ったメンバーの注目度もどんどん上がっていった。
大手事務所所属ではない、ただの一般人だった俺は、番組後半になると、デビュー圏内を目指せるほどの人気を集めていた。
その結果、俺にはファンだけではなく、アンチもついた。
『素人のダンス。何もかも汚い。踊ってほしくない』
『全部同じ表情で感情移入できない』
『性格悪そう』
毎日流れてくる俺への誹謗中傷。
最初の頃はなかったナイフのような鋭い言葉たちに、俺はさすがに意気消沈した。
もう、辞めようかな。
そう思ってしまう時が、何度もあった。
だが、それでも辞めなかったのは、〝ねね〟が居たからだった。
『ダンス、確実に上手くなってる。翡翠には華がある。必ず目で追っちゃう』
『表情は硬い時もあるけど、そこにはちゃんと緊張とか、一生懸命さがある。翡翠なら絶対いつか完璧な表情管理を見せてくれる』
『翡翠はいつも周りを見て、明るく声をかけている。性格が悪いわけがない』
〝ねね〟が毎日、俺を励ます言葉をこの世に投げてくれる。それを見るたびに、俺は胸を高鳴らせた。
誹謗中傷なんて気にならないほどに、俺は〝ねね〟の言葉だけを頼りにした。
〝ねね〟をフォローするために、SNSに俺名義でないアカウントを作った。
そこで知ったのだが、〝ねね〟には鍵がついている日常アカもあった。
翡翠ファンとして、〝ねね〟と仲良くなり、俺は日常アカも見れるようになった。
〝ねね〟も、日常アカである〝天音〟も、毎日俺への愛を言葉にしてくれた。
今にも崩れそうだった俺を、もう一度立たせ、支えてくれたのは、彼女の言葉だった。
ーーー彼女は俺の神様だ。
*****
デビュー前、最初にして最後の握手会が始まった。
ここがファンに自分を直接アピールする、最後の機会になる。
長机がズラリと置かれたそこには、俺以外にも、サバ番参加メンバーが並び立っていた。
「翡翠くん、ずっと応援してました!最後も駆け抜けて!絶対デビューしようね!」
「うん、ありがとう」
頬を赤く染め、明るく笑うファンと握手をしながら、30秒目を合わせて話す。
こんな機会は初めてで、俺はずっと緊張していた。
ここで何か粗相を起こしてはいけない。
下手したら、デビューに響く。
ファンを1人でも笑顔に、幸せにして、今までの恩を返すのだ。
その心づもりで、愛を振り撒くのだ。
ここには俺の神様も来ているのだから。
緊張しながらも、それでも笑顔を忘れず、ファンと交流すること、1時間。
俺の前に、次は20代前半くらいの綺麗な女の子が現れた。
胸の下まである、ふわふわの黒髪。
センター分けの前髪から見える、綺麗な顔。
白のタートルネックにミニスカ姿は、俺が以前、サバ番内で言った俺の好きな女の子の格好だった。
「翡翠、やっと会えた」
俺の姿を見て、女の子が柔らかく破顔する。
その丸い瞳には、他の女の子と同様に、俺が好きだという気持ちがいっぱい込められていた。
「来てくれて、ありがとう」
机の向こうから差し出された女の子の手を握って、当たり障りのないことを言う。
この子にも、たくさんの幸せと愛をあげなくては。
そう思って、女の子の瞳を覗くと、女の子は優しく笑った。
「緊張してる?大丈夫、翡翠は翡翠らしくいればいいんだよ。みんな、翡翠が大好きでここにいるんだから」
「…っ」
女の子の言葉に、思わず目を見開く。
表に一切出していない俺の内情を、どうして彼女は気付いたのか。
彼女の言葉はどこか暖かく、俺の緊張をゆっくりと溶かしていった。
まるで〝ねね〟の言葉のように、心地よい。
目の前にいる彼女は、俺のことがかなり好きなのだろう。
声音、表情、言葉、全てがそれを伝えてくれる。
さらには俺の好みの格好までしてくれているとは。
健気な彼女の愛が嬉しくて、俺の中で、気がつけば、緊張よりも、喜びの感情の方が強くなっていた。
「翡翠。翡翠はね、私の一番星だよ」
彼女が頬を赤く染め、まっすぐ俺を見て、そう言う。
その言葉に、俺の中の何かがストンッと落ちた。
彼女は〝ねね〟だ。
俺の神様だ。
「…ありがとう。これからも応援よろしくね」
「もちろん!」
彼女の手を握る手に、ぎゅう、と自然と力がこもる。
そんな俺に〝ねね〟は明るく笑った。
ねね。
俺を輝かせてくれる、太陽。
必ず、俺はデビューするよ。
そして、ずっと君の一番星でいるからね。




