第44話:提案
次話は明日19時に投稿予定です。
重い扉が静かに開いた。
入ってきたのは、魔王国第三王子――レグナ。
その表情は落ち着いていたが、部屋の空気を感じ取ったのか、わずかに緊張が見える。
部屋の中央には皇帝と皇太子。
左右には三公爵。
レグナは数歩進み、静かに頭を下げた。
「お呼びでしょうか、陛下」
皇帝は椅子に座ったまま言う。
「うむ」
短い返事だった。
「先ほどの話の続きをしよう」
レグナの視線が一瞬アルトへ向く。
「属国の件でしょうか」
静かな声だった。
俺は首を横に振った。
「いいえ」
レグナの眉がわずかに動く。
「魔王国を帝国の属国にはしません」
一瞬、レグナの表情が固まった。
「……では」
言葉を選ぶように続ける。
「魔王国はどうなるのでしょうか」
俺は答えた。
「帝国に編入します」
会議室が静まり返る。
レグナの瞳がわずかに揺れた。
「編入……」
「それでは」
「魔王国は国家として消えることになります」
俺は頷く。
「そうなります」
沈黙。
レグナはしばらく何も言わなかった。
やがて低く言う。
「私に王位を取らせる話ではなかったのですか」
俺は言う。
「王にはなれません」
「ですが」
一度言葉を切る。
「代わりの地位を用意します」
レグナが顔を上げた。
「……代わり?」
俺は三公爵を一度見てから言った。
「帝国には三つの柱があります」
「武」
「作」
「商」
アルノー公爵。
モンテリオ公爵。
ラインハルト公爵。
レグナも三人を見る。
俺は続けた。
「ですが帝国にはもう一つ必要です」
「海です」
沈黙。
俺は静かに言う。
「帝国に第四の公爵を作ります」
レグナの目がわずかに開く。
「第四の……公爵」
俺は頷いた。
「海を担当する公爵」
「海の公爵です」
部屋の空気が重くなる。
レグナはゆっくりと言った。
「……その公爵に」
「私がなると?」
「そうです」
短く答える。
沈黙が流れた。
レグナの表情は読めない。
やがて彼はゆっくりと聞いた。
「……もし断れば?」
会議室が静まり返る。
俺は少しだけ首を傾けた。
「別に構いません」
レグナの目がわずかに動く。
「帝国は何もしません」
淡々と続ける。
「魔王国は今まで通り、独立国家として存在する」
「それだけです」
一度言葉を切る。
そして静かに言った。
「ですが」
部屋の空気が冷える。
「もし魔王国が帝国に戦争を仕掛けた場合」
レグナの視線がこちらに向く。
「その時は」
「帝国は魔王国を滅ぼします」
静かな沈黙。
俺は最後に言った。
「ただそれだけの話です」
レグナは何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと息を吐く。
そして――
小さく笑った。
「……なるほど」
その目は、先ほどよりもずっと鋭かった。
帝国の提案は、すでに示されたのだから。
レグナはしばらく黙っていた。
会議室には誰も口を開かない。
皇帝も、三公爵も、ただ静かに見ている。
やがてレグナがゆっくりと口を開いた。
「一つ、聞いてもよろしいでしょうか」
皇帝が短く答える。
「許す」
レグナの視線はまっすぐアルトに向いていた。
「帝国の公爵になるということは」
「魔王国は完全に帝国の領土になる」
「そういう理解でよろしいのですね」
俺は頷く。
「そうです」
「魔王国は帝国の一部になります」
レグナは目を細めた。
「では……魔王国の民はどうなります」
「帝国民になる」
俺は迷わず答える。
「税も帝国の制度に従う」
「軍も帝国軍に統合する」
「ただし」
少しだけ間を置く。
「海の統治はあなたに任せます」
三公爵の視線がわずかに動く。
レグナはゆっくり言った。
「つまり私は」
「王ではなく」
「帝国の公爵として魔王国を治める」
「そういうことですか」
「そうです」
短く答える。
レグナは小さく息を吐いた。
「……面白い」
そう呟く。
そしてゆっくりと顔を上げた。
「正直に言いましょう」
三公爵の視線も集まる。
「私は王になるつもりでした」
「それが目的で帝国に来た」
だが、と続ける。
「帝国の公爵がどれほどの力を持つか」
「この部屋を見れば理解できます」
皇帝。
三公爵。
そして皇太子。
レグナは静かに笑った。
「確かに」
「そこらの王より強い」
ラインハルト公爵がわずかに口元を緩めた。
レグナは少し考え、そして言う。
「もう一つ質問があります」
俺は頷く。
「何でしょう」
レグナは静かに聞いた。
「もし私がこの提案を受け入れた場合」
「魔王国は帝国の海を任される」
「そういう理解でよろしいですか」
俺は答えた。
「そうです」
「帝国の海はあなたが守る」
レグナは数秒考えた。
そして――
ゆっくりと膝をついた。
会議室の空気が動く。
レグナは頭を下げた。
「魔王国第三王子レグナ」
「帝国に忠誠を誓います」
その声は、はっきりと響いた。
「海の公爵として」
「帝国に仕えましょう」
沈黙。
次の瞬間。
皇帝がゆっくりと笑った。
帝国に――
第四の公爵が生まれた瞬間だった。




