第27話:三公爵、個別に踏み込む
次話は明日19時投稿予定です。
三公爵会議が形式上の結論を終えた後も、
誰一人として席を立たなかった。
議題は終わっている。
だが――確認は、まだだ。
最初に口を開いたのは、
西方面公爵、ヴィクトル・アルノーだった。
「殿下」
低く、率直な声。
「一点、軍務の観点から伺いたい」
アルトは即座に応じる。
「どうぞ、ヴィクトル公爵」
「今回、海洋国を武力で制圧する選択肢は、最初から切っておられたか?」
直球だった。
「もし抵抗された場合、
帝国軍は即応できた」
「それでも、
剣を抜かせなかった理由は?」
会議室の空気が、わずかに張る。
アルトは、迷いなく答えた。
「抜く必要がなかったからです」
ヴィクトルの眉が、ほんのわずかに動く。
「力は、使えば減る」
「信頼も、恐怖も」
「帝国が“強い”ことは、
すでに理解されています」
「ならば今回は」
アルトは静かに言った。
「帝国が“合理的である”ことを示す方が、
抑止として強い」
ヴィクトルは、短く息を吐いた。
「……軍人としては、
最も難しい選択だ」
「だが」
彼は、はっきりと頷いた。
「正しい」
⸻
次に口を開いたのは、
生産の要、セドリック・モンテリオ公爵。
「殿下」
柔らかい声だが、質問は鋭い。
「生産系の分散配置についてですが」
「効率だけを考えれば、
旧王国の主要拠点に集約する方が速い」
「それをあえて避けた理由を、
お聞かせ願えますか」
アルトは、即答した。
「集中は、
“管理しやすさ”と同時に
“奪いやすさ”でもあります」
「技術も、人も、金も」
「一箇所に集めれば、
そこが国家の急所になる」
セドリックは、静かに頷く。
「つまり」
「帝国全体で、
少しずつ持たせる、と」
「はい」
アルトは続ける。
「帝国は巨大です」
「一部が止まっても、
全体が止まらない構造であるべきです」
セドリックは、思わず微笑んだ。
「……やはり」
「殿下は“作る側”の思考を理解しておられる」
⸻
最後に、
経済を司るエドガー・ラインハルト公爵が口を開いた。
「殿下」
「一つだけ、
あえて率直に聞きましょう」
アルトは視線を向ける。
「今回の編入」
「帝国は“儲け損ねた”部分も多い」
「短期的な利益を捨てた判断です」
「それでも、この形を選んだ理由は?」
沈黙。
アルトは、少しだけ言葉を選んだ。
「経済は、
信頼が最大の資産です」
「一度、“帝国に組み込まれると搾取される”と認識されれば」
「次は、
どの国も最後まで抵抗する」
「今回」
アルトは、はっきりと言った。
「帝国に入れば、安定する」
「その前例を、
作る必要がありました」
エドガーは、深く息を吐いた。
「……長期視点、ですな」
「はい」
「皇帝陛下と、
同じ見方だ」
⸻
三公爵は、互いに視線を交わした。
もう、疑問はない。
ヴィクトルが、静かに告げる。
「殿下」
「これより我らは、
本件を皇帝陛下へ正式に報告する」
セドリックが続ける。
「評価は、
一致しています」
エドガーが、結論を口にした。
「海洋国編入は、
帝国史に残る最適解」
アルトは、わずかに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ですが」
一拍。
「最終評価は、
皇帝陛下が下されるものです」
三公爵は、その言葉に満足そうに頷いた。
やがて、誰からともなく立ち上がる。
形式的な閉会の宣言はない。
それが不要であると、全員が理解していた。
重厚な扉が開かれ、
四人は皇城の回廊へと歩み出る。
高い天井。
白石の床に、足音が静かに響く。
しばらくは、誰も口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのは、
ヴィクトル・アルノー公爵だった。
「殿下」
歩調を合わせたまま、低く言う。
「率直に申し上げます」
アルトは視線を前に向けたまま応じる。
「構いません」
「今回の件」
ヴィクトルは短く言葉を切る。
「軍としては、
出番がなさすぎて拍子抜けしました」
その声音には、
皮肉ではなく感嘆が混じっている。
「剣を抜かずに、
ここまで綺麗に終わらせた皇太子は初めてでしょう」
セドリック・モンテリオ公爵が、苦笑した。
「軍が暇というのは、
国家にとって最良の状態です」
「それを作るのが、
政治と経済の役目ですからね」
エドガー・ラインハルト公爵が、
穏やかに続ける。
「そして今回は、
三つが噛み合った」
「殿下の判断が、
その中心でした」
アルトは、一瞬だけ歩調を緩めた。
「三公爵が支えてくださった結果です」
その言葉に、
三人はそれぞれ違う反応を見せた。
ヴィクトルは、鼻で小さく息を吐く。
「謙遜にしては、
少し早い」
セドリックは、柔らかく笑った。
「ですが」
「殿下が“聞く姿勢”を持っていたのは事実です」
エドガーが、廊下の先を見ながら言う。
「皇帝陛下が最も重視される点でしょうな」
回廊の突き当たりが見えてくる。
皇帝執務室。
帝国の最終判断が下される場所。
ヴィクトルが、ふと呟いた。
「五歳の魔力授与の儀の時」
「正直、
“器が大きい”程度だと思っていました」
セドリックが頷く。
「ええ。
ここまで“使いこなす”とは」
エドガーは、静かに言った。
「器が大きいだけでは、
国は動かせない」
「だが殿下は」
「すでに、
帝国を“流して”おられる」
扉の前で、四人は足を止める。
アルトは、深く息を吸った。
その背中を見て、
三公爵は確信していた。
――この報告は、
評価のためではない。
――確認のためだ。
扉の向こうには、
皇帝レオンハルトが待っている。
帝国の現在と、
その“次”を見極めるために。




