第22話:引き継がれる線
次話は明日19時に投稿予定です。
伯爵領メント、仮設執務室。
壁に掛けられた一枚の地図。
そこには、もはや「ダスメア海洋国」という国名は存在しなかった。
代わりに描かれているのは、
色分けされた領域と、はっきりと引かれた線。
紫。
赤。
銀。
そして、茶色の横線。
――国境ではない。
管理線だ。
アルトは、その地図の前に立ったまま、背後に視線をやらずに告げる。
「入れ」
扉が開き、男が一人、足音を抑えて入室した。
「帝国外交長官、ジストル・ヴァルヘイン侯爵」
即座に片膝をつき、深く頭を下げる。
「皇太子殿下の命により、
本件――旧ダスメア王国編入処理の引き継ぎに参りました」
アルトは頷いた。
「よい」
それだけで、場の主従関係は確定した。
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「まず、地図を確認させる」
アルトは指示棒を取り、地図を示す。
「紫の領域。ここが侯爵領だ」
「旧国王レオニスに与えた、
王都周辺の帝国侯爵領相当区域」
ジストル侯爵は目を細める。
「軍事権なし、行政権限定……
名誉領としては、最適な配置ですな」
「王であった事実は消さない」
アルトは淡々と言う。
「だが、権力は残さない」
「二度と、国家意思を生まない配置だ」
「御意」
⸻
「次に、赤」
指示棒が、沿岸部を含む二つの領域をなぞる。
「旧公爵二名の伯爵領だ」
「前公爵領を縮小し、帝国伯爵領相当として再編」
「港湾・流通・軍事要衝が集中しているため、
帝国監査官を常駐させている」
ジストル侯爵が静かに頷く。
「反乱の芽を、最初から摘む配置ですな」
「その通りだ」
アルトは肯定した。
「力を持っていた者ほど、
制限を強くする」
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「銀色の領域」
「旧侯爵・伯爵が降格された子爵領だ」
「領地はあるが、規模は小さい」
「徴税権は限定」
「帝国法の直接監査下に置く」
「貴族としての体裁は残すが、
政治的影響力は持たせない」
ジストル侯爵は、短く息を吐いた。
「……実に、帝国的です」
「反発は?」
「局地的な不満は出るでしょう」
「だが、組織だった動きにはならない」
アルトは即答する。
「力を集める場所が、存在しないからな」
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「最後に、茶色の横線」
アルトの声が、わずかに低くなる。
「皇族領だ」
「港湾、航路、補給拠点」
「この地域は、皇帝直轄」
「帝国の生命線になる」
ジストル侯爵は、地図を見つめたまま言った。
「……海を押さえましたな、殿下」
「海を押さえれば、国は二度と独立できない」
アルトは淡々と返す。
「これで、旧ダスメアは
“戻れない”」
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アルトは、指示棒を置いた。
「以上が、再編の全容だ」
「この地図をもって」
「ダスメアは、帝国直轄州として正式に確定する」
ジストル侯爵は、深く頭を下げる。
「確かに、引き継ぎました」
「以後、外交・対外折衝・各国への正式通達は、
すべて外交府が担います」
「よろしい」
アルトは短く答える。
「帝国の名を損なうな」
「この地は、すでに帝国だ」
「御意」
⸻
ジストル侯爵が退室した後。
アルトは一人、地図を見下ろした。
そこに描かれているのは、
滅びた国ではない。
管理され、組み替えられ、
帝国の一部となった土地だ。
――剣は使っていない。
――だが、確実に国は終わった。
アルトは、静かに理解していた。
これは、王太子の仕事だ。
そして次に問われるのは――
この力を、どこまで使うか。
皇太子アルトの視線は、
すでに次の地図へと向いていた。




