第18話:確定と降伏条件
次話は明日19時に投稿予定です。
会談室に、沈黙が落ちた。
重い。
だが、それは威圧ではない。
理由が示されただけだ。
もはや誰も、「なぜ帝国がここに来たのか」と口にする必要はなくなった。
アルトは、視線を王国側の全員に巡らせる。
国王レオニス。
第一王子クラウス。
宰相マルセル。
二人の公爵。
そして――
第二王子リヒト。
視線が向いた瞬間、彼の呼吸がわずかに乱れた。
「ここまで聞いて、理解できない者はいないはずだ」
アルトの声は淡々としていた。
「帝国は、疑ったからここに来たわけではない」
「確認をしに来たわけでもない」
一拍。
「すでに、確定しているから我々はここにいる」
その言葉に、王国側の空気が目に見えて硬化する。
第一王子クラウスが、かろうじて声を絞り出した。
「……確定している、とは」
「関与者が、誰かという点だ」
アルトは、書類を取り出さない。
証拠を突きつけるような芝居もしない。
必要がないからだ。
「帝国内流通への干渉」
「軍需物資の遅延」
「価格操作を目的とした港湾裏契約」
「これら全てに共通する“指示元”は一つ」
視線が、ゆっくりと移動する。
第二王子リヒトで止まった。
会談室が、完全に静まり返る。
「第二王子リヒト・ダスメア」
「あなたの名義、あなたの印、あなたの判断だ」
否定の声は、上がらなかった。
否定できない。
第二王子自身が、それを誰よりも理解している
(……ここまで、証拠を掴まれているとはもう言い訳はできない)
背中に、冷たい汗が伝う。
宰相マルセルが、苦しげに口を開く。
「殿下……それは、国家として承認されたものでは……」
「分かっている」
アルトは、即座に遮った。
「だからこそ、帝国は軍を動かしていない」
国王レオニスが、ゆっくりと目を伏せる。
「……つまり」
「海洋国そのものを、敵と見なしていないことは分かっている」
アルトは、はっきりと言った。
「問題は、国家意思ではなく、個人の逸脱だ」
第二王子の指が、かすかに震える。
「帝国として選択肢を与える」
その言葉に、全員が顔を上げた。
「第二王子の関与を国家として認め、是正を示す」
「または
国家として今回の件を否定し、帝国と対峙する」
それは選択肢に見えて、実質的には一つしかない。
第一王子クラウスが、唇を噛みしめる。
「降伏条件を提示する」
会談室の空気が、さらに沈む。
「一つ」
「第二王子リヒト・ダスメアの即時失脚」
リヒトの視界が、一瞬、白くなった。
「身柄は帝国が預かる」
「処遇は帝国が決める」
アルトは、わずかに息を整えた。
そして、告げる。
「一つ」
その声に、全員の背筋が伸びる。
「本件に関与した貴族、商会、側近――
その全情報を開示し、関係者全員の身柄を帝国に引き渡せ」
逃げ道はない。
調査でも裁判でもない。
引き渡し。
第二王子リヒトは、顔を上げなかった。
「一つ」
淡々と、次が告げられる。
「帝国による港湾・流通・軍需の全面監査を受け入れること」
東方海域公爵バルドが、苦く息を吐く。
それは経済の主導権を差し出すに等しい。
だが、拒否権は存在しない。
「一つ」
空気が、張りつめる。
「ダスメア海洋国は、
帝国の属国となったことを――
世界各国に正式に表明する」
ざわめきが起きかけ、しかし誰も声を上げなかった。
これは密約ではない。
裏取引でもない。
公開の従属だ。
「一つ」
最後の条件。
「海洋国軍の管理を、帝国に一任する」
国王レオニスの手が、わずかに震えた。
それは、国の“牙”を差し出すという意味だった。
軍の指揮権、配置、再編。
すべてが帝国の管理下に置かれる。
アルトは、全員を見渡す。
「以上が、降伏条件だ」
会談室に、音はない。
だが、重圧は確実に存在していた。
そして――
「それか」
アルトは、もう一つの道を示す。
「帝国に、正式に加入するか」
国王が、ゆっくりと顔を上げる。
「……加入、とは」
「その場合」
アルトの声は、変わらない。
「ダスメア海洋国は消える」
「帝国領として再編される」
属国ではない。
保護国でもない。
完全な吸収。
王族は貴族に降格。
法も軍も、帝国法に統合される。
それは、国としての終わりだ。
沈黙が、長く続いた。
やがて、国王レオニスが、深く、深く息を吐いた。
視線は、玉座でも、皇太子でもない。
次男に向けられていた。
アルトは、最後に告げる。
「選べ」
「生き残るか」
「国を捨てるか」
剣は抜かれていない。
血も流れていない。
だがこの瞬間、
ダスメア海洋国の未来は――
一人の王の決断で終わるほど、単純なものではなかった。
国王レオニスは、すぐには口を開かなかった。
重く閉じられていた瞼をゆっくりと上げ、周囲を見渡す。
王族。
宰相。
公爵たち。
この国を形作ってきた者たち。
「……皇太子殿下」
王は低く、しかし確かな声。
「この場で、即答を求めておられるわけではありませんよね?」
アルトは否定も肯定もせず、ただ答えた。
「判断は、貴国に委ねている。
だが、時間は1時間だ」
国王は短く頷いた。
「十分です」
そして、王ははっきりと告げる。
「――少し、相談させてもらってもよろしいですか」
会談室に、わずかな緊張が走る。
それは引き延ばしではない。
逃避でもない。
国家として決断するための、最後の確認だった。
アルトは、表情を変えずに答える。
「構わない」
「ただし」
一拍置き、続ける。
「この部屋を出ることは認めない」
「ここで話し、ここで決めろ」
国王は、その条件を静かに受け入れた。
「……承知した」
そう言って、国王レオニスは身を寄せ、
宰相と公爵たちに視線を向ける。
そして――
誰にも聞こえぬはずのその相談が、
この国の“最期の分岐点”となることを、
この場の全員が痛いほど理解していた。




