第16話:帝国の力、海路の先
次話は明日19時投稿
ダスメア海洋国との会談の場は、王都メアスではなかった。
選ばれたのは、帝国国境に近い伯爵領――メント。
港と内陸を結ぶ交易の要衝であり、王都ほどの格式はないが、逃げも隠れもできない場所。
そこへ向かうのは、皇太子アルトとノルトハイン辺境伯。
護衛は最小限。あくまで「会談」に赴く体裁だ。
帝国外には、転移陣は存在しない。
転移という技術は、帝国が独占している。
正確には、皇帝の魔力を基盤とする国家システムがなければ維持できない。
ゆえに移動は、馬車だった。
海沿いの街道を進む馬車は、穏やかな揺れを刻みながら進んでいく。
潮の香り、遠くで鳴く海鳥、穏やかに見える景色。
だが――
「止めろ」
アルトの短い命令で、御者が手綱を引いた。
次の瞬間だった。
灰色の影が複数、飛び出してきた。
「狼型魔物……数は二十前後!」
護衛が叫ぶより早く、アルトは馬車を降りていた。
群れを率いる個体は大きい。
毛並みの奥に、黒い靄のような揺らぎが見える。
それは魔力ではない。
生き物が持つ力とは異質な、闇力。
個体ごとに濃淡があり、個体によって暗力の量が違う。
統率は本能ではなく、闇力による“共有”だ。
(六か……いや)
アルトは一瞬で修正する。
(七段階相当)
闇力を帯びた動物は魔物に変わり、純粋な肉体能力を超える力を得る。
冒険者であれば、上位でも被害は免れない。
だが――
「下がっていろ」
アルトは静かに前へ出た。
すると群れが、一斉に動いた。
闇力を帯びた狼たちは、地面を蹴るたびに黒い残滓を引きずり、獲物を囲むように俺の周りを散開する。
統率の取れた動き。
野生ではない、“戦うための群れ”。
「来ます」
護衛の一人が声を張り上げるが、すでに遅い。
先頭の狼が跳躍した瞬間、闇力が牙に集中する。
空気が軋み、刃のような圧が走った。
アルトは一歩、踏み出した体に白い霧を纏いながら。
詠唱はない。
闇力を見て、魔力をぶつける必要もない。
ただ、頭の中で世界に命じる。
足元から、冷気が広がった。
闇力が触れた空気が、凍りつく。
狼の動きが鈍り、次の瞬間――
群れ全体が、氷の彫像と化した。
闇力は抵抗する。
黒い靄が氷の表面を侵食しようとする。
だが、魔力の密度が違う。
アルトの魔力は、闇力を“押さえ込む”のではない。
上書きする。
氷が、深く澄み切っていく。
少しすると パキリ、と小さな音が響く
狼たちは氷の彫像から砕け、霧のように霜となって消えていく。
闇力の痕跡も、残らない。
静寂。
辺境伯は、ゆっくりと息を吐いた。
「……やはり、大規模な闇力持ちでしたか」
「ああ」
アルトは頷く。
「魔物は魔力を持たない。
代わりに、世界の歪みから生まれた力――闇力を使う」
馬車の方を一瞥し、続ける。
「闇力は便利だ。身体能力を底上げし、意思すら共有できる。
だが――」
アルトは、凍りついた地面を見下ろしながら続ける
「ほとんどんの魔物は力を一人で制御できない。だから群れになって動く
そして、暴走し人を襲う」
辺境伯は、頷いた。
「ゆえに、魔力を持たぬ国では対処する前に大規模な被害が出る……」
「そうだ」
アルトは淡々と言う。
「闇力の七段階までは、冒険者で対処できる。
だが八以上になれば――」
言葉を切る。
「魔力持ちでなければ、倒すまで被害が広がり続ける」
帝国では、貴族だけが魔力を持つ。
冒険者は七段階までしか存在しない
理由は簡単だ
それ以上は――国家が出る。
(これもまた、帝国が滅びない理由の一つ)
魔力を持つ者を、力として管理し、制御する。
闇力を、脅威として把握し、排除できる。
馬車は再び進み始めた。
やがて、城壁が見えてくる。
伯爵領メント。
外門の前には、長い行列があった。
馬車は貴族用の門に向かう、そこには人影があった。
ダスメア海洋国国王。
そして、宰相。
城門の外での出迎え。
それは、対等を装った“服従の”証明のように感じる。
馬車は国王と宰相の前でゆっくりと止まる。
俺は馬車を降りる。
魔力を圧にして国王と宰相に向けて放ちながら。
国王と宰相そして彼らの護衛の表情が一瞬だけ強張る。
俺の小さな体から放たれる圧に、国王の表情が一瞬だけ強張る。
俺は魔力の圧を消す。
「お待ちしておりました、皇太子アルト殿下」
「世話になる」
短い応答。
だが、この場にいる全員が理解した。
――この会談は、対等ではない。
闇力を使う魔物が存在する世界で、
魔力を管理し、制圧できる国。
その差が、ここにある。
そしてこの伯爵領メントで、
ダスメア海洋国は、まだ知らぬ“真実”と向き合うことになる。




