第13話:ノルトハイン辺境伯との表向きの会談
次話は明日19時です。
父と話してから、三日が経った。
俺達は移動のために民間転移ゲート場に来ていた。
帝国では転移ゲートを使うのはごく普通のことだ。
距離も時間も、金さえ払えば切り捨てられる。
そして――皇城にも、当然そのゲートはある。
だが今回は使わなかった。
皇城のゲートを使えば、皇太子として記録が残る。
情報の流れ次第では、この視察がダスメア海洋国に伝わる可能性もあるだから、民間用を使う。
皇太子が動いた、その事実だけで、余計な波紋が立つ。
だから俺は、民間の転移ゲートを選んだ。
「ノルトハイン辺境伯領領都ノルハイまで五人分ですね、一人金貨20枚で合計大金貨一枚ですね。」
ゲート管理所の男が、淡々と金額を告げる。
俺は小さく頷き、大金貨一枚を差し出した。
大金貨。
金貨百枚分に相当するそれが、静かに机に置かれる。
帝国の貨幣は単純だ。
大金貨一枚=金貨百枚。
金貨一枚=銀貨十枚。
銀貨一枚=銅貨十枚。
――高額ではある。
だが、馬車と宿を一か月使うことを考えれば、安い。
「人数制限は十名まで。問題ありませんね?」
「問題ない」
管理所の男は頷いて、転移陣のある部屋に案内した。
俺たち5人は転移陣の真ん中に立つ、次の瞬間、転移陣が淡く、そして強く光を放つ。
世界が、折り畳まれたような感覚。
転移の光が収まる。
潮の匂いが、はっきりと分かる。
港町だ。
ノルトハイン辺境伯領、その中心地。
領都の転移場から外に出ると、周囲には商人、船員、行商人。誰一人こちらを気に留めない。
「……問題ありませんね」
カイルが、周囲を一瞥してから静かに告げた。
「この場に、皇太子が動いたという事実は残っていません。
我々はただの商人として認識されています」
「それでいい」
俺は短く答えた。
皇城の転移ゲートとは違い、ここは民間のものだ。
金を払えば誰でも使える。
記録は残るが、名前までは深く追われない。
平穏に見える街並みと、行き交う商人たち。
すべてが“いつも通り”であるはずなのに、
俺の感覚だけが、何かを拾い上げていた。
潮の匂い。
船荷を下ろす掛け声。
石畳の通りを行き交う商人と水夫たち。
ダスメア方面に近いこの土地は、
帝国の中でも特に“金の動き”が速い街だ。
「活気は十分ですね」
カイルが、周囲に聞こえない程度の声で言う。
「ああ。表向きは、な」
倉庫の数、荷馬車の往来、露店の値札。
どれも一見すると問題はない。
塩の値も、記録通りだ。
――だが。
安すぎもしない。
高すぎもしない。
“都合がいいほど、ちょうどいい”。
それが、妙に気にかかった。
俺たちは街を歩きながら、
市場、倉庫街、港の桟橋を一通り見て回った。
どこも整っている。
治安も悪くない。
商人たちの顔色も、平穏そのものだ。
「……支障はありません」
カイルが静かに告げる。
「少なくとも、表に出ている問題は」
「だろうな」
だが、皇太子が動いたという事実は、ここにはない。
――しかし、それが理由で、胸の奥がざわついた。
“問題がない”という状況そのものが、
誰かの手で丁寧に作られているような感覚。
一通りの視察を終えた後、俺たちは辺境伯城に行く。
商人として辺境伯に面会を求める。
裕福な商人が、辺境伯に挨拶を求めた――
それだけの話だ。
そして俺たちは、
ノルトハイン辺境伯城の一室へと案内された。
港町を見下ろす高台に建つ城は、
防衛拠点というより、交易都市の管理中枢といった佇まいだった。
――この街を、
この流れを、
誰がどこまで掌握しているのか。
それを確かめるための会談が、
これから始まる。




