第12話:静かな命令
次話の投稿は明日19時になります。
護衛騎士の任命と魔力授与が終わった、その日の夜。
俺は再び、父に呼び出された。
場所は執務棟の奥、普段は使われることのない小会議室。
豪奢な装飾はなく、壁も床も実用一点張りだ。
ここが「判断」と「命令」のためだけに存在する部屋だということは、皇太子教育の中で何度も教えられてきた。
部屋に入った瞬間、俺は足を止めた。
父――皇帝レオンハルト。
そして、三公爵全員。
ヴィクトル・アルノー。
セドリック・モンテリオ。
エドガー・ラインハルト。
帝国の軍、経済、生産。
それぞれの中枢を担う者たちが、揃っている。
この顔ぶれが一堂に会するのは、儀式か、戦争か、あるいは――
帝国の“裏側”を動かすときだ。
「座れ、アルト」
父に促され、俺は椅子に腰を下ろす。
背後には、任命されたばかりの四人の護衛騎士が控えていた。
立ち位置は自然で、隙がない。
もう“見せる護衛”ではなく、“使う護衛”なのだと分かる。
父は短く前置きした。
「今日の話は極秘だ」
「この場にいる者以外には、原則として共有しない。
知っているのは、三公爵と、俺と、お前だけだ」
そう言って、父は机の上に一枚の地図を広げた。
帝国全土。
その中で、父の指が止まったのは南東部――海に面した一帯だった。
「ダスメア海洋国方面」
「ノルトハイン辺境伯の領だ」
モンテリオ公爵が、静かに言葉を引き継ぐ。
「塩の流通に、違和感が出ています」
「生産量、輸送量、販売量、税収」
「どれも単体では問題ない。
だが、全体として“合わない”」
ラインハルト公爵が頷く。
「意図的に整えられている可能性が高い。
帳簿が、綺麗すぎる」
――なるほど。
腐敗があるのではなく、腐敗を隠す仕組みが完成している。
アルノー公爵が、低い声で補足した。
「軍の補給記録とも、微妙に噛み合わない。
だが、どれも“誤差”の範囲に収まっている」
「つまり」
父が言う。
「誰かが、全体を見て調整している」
部屋に、短い沈黙が落ちた。
「そこでだ、アルト」
父は、俺を真っ直ぐに見る。
「お前を、初視察に出す」
俺は一瞬、言葉を噛み砕いた。
「公式、ですか?」
「違う」
父は即答した。
「非公式だ。
皇太子単独行。
随行は、先ほど任命した護衛騎士のみ」
アルノー公爵が続ける。
「軍は動かさない。
動かせば、相手が身構える」
モンテリオ公爵も頷く。
「辺境伯には最低限のみ伝える。
詳細は伏せる」
俺は、地図の海側を見つめた。
「……海洋国が、絡んでいる可能性は?」
その問いに、三公爵の表情が微妙に揃った。
ラインハルト公爵が、静かに言う。
「高いでしょう。
しかも――」
父が、その先を引き取る。
「ダスメア海洋国の王族だ」
その一言で、今回の件が“国内問題”ではないと理解した。
「だからこそだ」
父は続ける。
「公爵は出ない。
辺境伯も、前には立たせない」
「お前が見る。
皇太子という立場で、個人として」
背後で、カイルが一歩前に出た。
「命令があれば、即座に実行します」
相変わらず、理由を求めない声。
父は俺に視線を戻す。
「これは教育ではない」
「判断を誤れば、帝国の経済が歪む。
他国との関係も崩れる」
「それでも、行かせる」
俺は、ゆっくりと息を吸った。
「……分かりました」
そう答えると、三公爵の視線が一斉に俺に向く。
試すような目ではない。
“これから、どう動くかを見る”目だ。
「三日後に出発だ」
父が言う。
「皇太子アルト、初視察任務とする」
それだけで、会議は終わった。
廊下に出ると、四人の護衛が自然に散開する。
誰も多くを語らない。
だが、その沈黙が示していた。
これは視察ではない。
調査でもない。
帝国の“見えない部分”を直視するための、最初の一歩だ。
海は、剣を使わない戦場。
そして俺は今、
その戦場に足を踏み入れようとしている。




