表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/47

第41話 悪の巣窟

 今から思えば、あっという間の出来事だった。

 蛍が集う土手で女剣士と過ごしたあの時間は、青白い雄蛍の寿命のように儚く、幻想のように感じられた。しかし、あの時のリアルな触感は今でもはっきりと思い出せる。

(やったった……もう童貞じゃない……)

 だが待てよ? この架空世界でした経験は有効なのか? 現実世界の肉体は相変わらず女を知らないままだ。元の世界に戻った時、果たしてこれが『童貞卒業』といえるのか? それは答えの出ない哲学問答のように感じられた。

(え? ちょっ、マジで分かんね……)

 少し混乱しているとクーリンが急に振り返った。

「おい! そろそろだぞ。気合入れろ~! 気持ち悪い顔してんじゃねーよ!」

「な!? だ、誰がキモい……」

「テメエ、さっきからずっとボケーとしてるじゃねぇか!」

「く……クソ」

 クーリンの指摘に反論できない。確かに頭の中はアレのことばかりだった。まさにこれから敵の本拠地に乗り込もうとしているのに……。

 クーリンがドラゴンの手綱をしごきながら言う。

「霧でよく見えねえが、さっき右手に見えたのがオルテットの町だろうな」

「てことはバーメナン島はもうすぐか」

「おうよ!」

 この霧に乗じて一気に突っ切ろうというのはディノのアイデアだった。今までは夜に限定して飛ぶことで人目を避けてきたが、ここにきてグスト南部の気候が我々に味方した。この辺りはこの時期、定期的に深い霧が立ち込めるのだ。それもいったん霧に包まれると昼間から夜まで長時間それが続くという。そこでそれを利用して闇帝のいる島に接近しようとしたのだ。そして作戦は成功した。グストの大きな町を無事に通過し、ぽつんと海に浮かぶバーメナン島まで辿り着くことができた。もう、この辺りまで来ると霧は消えうせてしまったが、人の目は気にしなくても良かった。

(……怪しいなぁ)

 夕焼けでもないのに空が赤い。まるで赤のスポットライトを浴びた手品師のように島は怪しく見えた。島には草木がまったく存在しておらず、ド真ん中には火口のような穴が居座っている。そのせいでまるで海底火山が噴火して出来たばかりの島のようにも見える。

(こりゃ「死の島」だな……)

 どう見ても人や動物が住めるような環境ではない。煙こそ上がっていないが火口から高熱やら有毒ガスが絶えず撒き散らされているんじゃないかと思った。

 クーリンが呟く。

「本当にここなのかよ? こんなトコ誰も住めないだろ」

「同感。でもまあ、いかにもラスボス戦の舞台っぽくね?」

 思った通りを口にするとクーリンが振り返って変な顔を見せる。

「ラスボスセン? なんじゃそら?」

「あ? ああ、まあ闇帝は最後のボスだろ? だから最後の戦いになるんじゃないかってことさ」

 そうだった。クーリンはこっち側の人間だから『ラスボス』と言っても通じないのだ。もっとも現実世界でもRPGゲームをやらない人には何のことやら分からないかもしれないのだが。

「ふぅん。けど確かに油断はなんねぇな。なんせ闇帝の本拠地だからな。何か攻撃してくるかもしれねえぜ!」

「あり得るな。恐らくそれがあるからグストの連中も近寄れないんじゃないかな」

 我々は何が飛んでくるか分からない中、ヒヤヒヤしながら島の上空を小さく旋回して、慎重に接近した。もしかしたら結界が張ってあって外部からの侵入を拒まれるかもしれないとも思ったのだが意外にあっさり島には近づくことが出来た。

 高度を下げる際にじっくり観察してみたが、やはり死の島という名が相応しいように思えた。

「酷い島だなぁ……生き物なんて一匹も居ないだろ」

 先導する女剣士が穴の方向を指差して言う。

「たぶんあそこよ。あの辺りに着けましょう」

 我々は低空飛行で穴の近くまで飛び、やや平らな部分を選んで着地した。そしてドラゴン達を残して穴に向かって歩くことにした。

 ディノが辺りを見回しながら言う。

「なんだろう。この感じ。すごく落ち着かない。これじゃ動物は寄り付かないよ」

 フィオナが不安そうな顔で頷く。

「凄く嫌な感覚……これだけで植物を枯らせるようなストレスだわ」

 この2人は何かを感じ取っているらしいが自分には何も感じられない。

(そっかなぁ。むしろ思ったよか静かだよ)

 先頭を歩く女剣士の足が止まった。

「みんな止まって!」

 何事かと思って女剣士の隣に立つ。

(こ、これは……)

 我々の眼前に広がる大穴を前に戸惑ってしまった。上空から見たときには分からなかったのだがこの穴は人工的なものだった。

 女剣士が呆れたように言う。

「火口じゃなかったのね……」

 目視なので正確な距離は不明だが、ここから穴を挟んだ向こう側までの距離は300メートルぐらいか。これを見た時にすぐ思い出したのが軍艦島の地下鉱山だ。あれの表面は運動場ぐらいの広さだったが周りを建物に囲まれていたのでこの穴よりはずっと小さいように思えた。それに比べてこの穴は周りに何も無い分、圧倒的に大きくて威圧感がある。まるで島の真ん中で大地の悪魔がぽっかり口を開けているみたいだ。

 ディノが感嘆する。

「凄いや……これだけの規模を作り出すなんて」

 クーリンが何かに気付いて大声を出す。

「見ろよ! 穴の壁に沿って階段が続いてるぜ!」

 確かに向こう側の壁に、らせん状の階段が長々と続いている。穴の規模が規模なのでその階段は、まるでコップの内面に付着したミルクの跡のように細く頼りないように見えた。それがほぼ等間隔で並び、穴の内部へと続いているらしい。

 女剣士が表情を引き締める。

「来る者は拒まずって感じね……」

 フィオナが不安がる。

「怖いです。穴の奥の方に凄く強い邪気を感じます」

 女剣士はそんなフィオナの肩に手を置いて頷く。

「ええ。でも後戻りはできないわ。行きましょ……」

 穴の縁に沿って反時計回りに少し歩くと内部の階段へ続くと思われる箇所が見つかった。我々は少し躊躇しながらも内部に足を踏み入れる。

 階段は壁を削って突起を切り出したような具合で出来ていたが、その幅は2メートルとほぼ一定で勾配も比較的緩かった。ただ、手すりがあるはずも無く、左手には底の見えない大穴が存在感たっぷりに我々を飲み込もうとしている。まるで常時、悪魔に魅入られているような恐怖感が我々に付きまとう。

(しかし何の為にこんなアホみたいな大穴を造ったんだろ?)

 これがゲームの世界なら所々でザコ敵と遭遇してバトルになるのだが、ここでは淡々と階段を下るだけだ。しかも勾配が緩やかなせいで穴に沿って一周したところで数十メートルしか下がらない。段々イライラしてきた。やたらとストレスもかかる。もしかしたら、侵入者の精神的ダメージを狙ってわざとこういう造りにしているのかとも思った。

 メンバーの中で一番こらえ性の無さそうなクーリンが最初に音をあげた。

「チックショー! マジでイラつく! もうこの穴に飛び込もうぜ!」

 ディノがそれを諭す。

「焦っちゃダメだ。下に何があるか分からないんだよ」

「うっせーな! てか、チマチマ階段を下りるとか俺の性に合わねぇんだよ!」

 そう言ってクーリンは突然ダッシュして穴に向かってジャンプした。

(あ! バカ……)と、思った。

 が、次の瞬間、クーリンの身体がシャボン玉みたいに浮くのが目に入った。

「ちょっ!? え!?」と、クーリンが目を白黒させながら空中で平泳ぎをする。

「う、浮いてる?」と、ディノが目を丸くする。

 女剣士が素早く手を伸ばして言う。

「掴まって!」

 クーリンの身体はゆっくりと上昇していこうとする。それに平泳ぎで抗いながらやっとのことで女剣士の手に掴まるクーリン。

 フィオナが力を貸す形で女2人がクーリンを階段側に引き入れる。

「もう! 兄さんたら!」

 フィオナに叱られてクーリンが頭を掻く。

「悪ぃ。けど、まさか上に押し出されるとは思わなかったな」

 それを聞いて女剣士が階段に落ちていた小石を幾つか拾うと穴の中心部に向かって投げ入れた。すると石は落下すると思いきや、ゆっくりと上昇していくではないか! まるで水中を浮かび上がっていく泡のように……。

 それを確認して女剣士が断言する。

「この穴は重力が無いんだわ。それどころか穴の奥から外へと押し出そうとする斥力が働いてる……」

 ディノは石が上昇していく様を眺めながら唸る。

「これも闇帝の力……」

 その一言でこっちの気分も滅入ってきた。

(マジかよ……やっぱここは只の大穴じゃなかったか)

 通常、ゲームの中ではラスボスに対面するまでには幾つかの難関がある。例えば、最後のダンジョンでは強力なザコキャラに体力やマジックポイントを削られ、回復薬を無駄に消費させられてしまう。あるいは謎を解かないと先に進めないとか凶悪なトラップが仕掛けてあるとか何らかの障害は存在するものなのだ。

(このままじゃ済まない。分かっちゃいるけど……)

 ここまでは淡々と来れたがこの先何が起こるか分からない。

 重苦しい沈黙の中、ひとりだけ何も分かってないクーリンが喚く。

「チックショー! うまくいくと思ったのによぉ! こうなったら全速力で走るか!」

その思慮の無さに思わず「バカ」と本音が出た。

「な、なにをぅ!?」

「この先、何があるか分からない中で闇雲に突っ込んでどうする?」

 すると、こちらの正論に対してクーリンは「チッ!」と、盛大な舌打ちをしやがった。やっぱりどんなに凄い修行をしたところでこいつはザコキャラだ。まあ、ゲームや漫画でなくても仲間の中にひとりはこういう奴がいる。しかもキレやすく単純な奴は大抵、早死にするというのが定番だ。

 その後は流石にクーリンも大人しくなり、我々は黙って穴に沿った階段を下りていった。そして10周ぐらいしただろうか。深さはとしてはさほどでもないが、見上げると赤い空が丸く切り取られているのが見えた。

「おかしいわね」と、ふいに女剣士が首をかしげる。

「どうしたんですか?」とディノが尋ねる。

「これだけ長く歩いているのに何も仕掛けてこないなんて……とっくにわたしたちの侵入に気付いてるはずなのに」

 確かに敵はノンビリしすぎだ。こっちは一周1キロぐらいの階段を10周も進んできたのに何のリアクションも無いとは……。

(そろそろ何かあっても良さそうなのに)

 そう思った瞬間だった。前方からむわっとした熱気を帯びた突風が吹いてきた。

「うえっ! なんだこれ?」と、思わず顔を背ける。土埃も酷い。前方の視界がもわっとした。

(何でこんなところで突風が? てか爆風みたいだったけど?)

 土煙が薄らぐ中、ディノが異変に気付いた。

「か、階段が!」

 その声で前方に目を凝らすとさっきまであった階段が崩れ落ちている。あと十メートルも進めば行き止まりになってしまう。その代わりに右側の壁に横穴が空いているのが目に入った。

「あんな穴あったけ?」と、クーリンが顔をしかめる。

 階段が崩落した範囲は長さにして百メートルほど。水の魔法で足場を作れば超えられなくは無い。だが、フィオナがガタガタと震えだした。

「そ、その穴の奥に誰か居るわ!」

「闇帝か!?」と、ディノが緊張する。

 壁に出来た穴は、ここから中に入って来いという敵からのメッセージのようだ。

「よっしゃ! ボコボコにしたるで!」と、クーリンが先頭にたって穴の中に入っていく。

 それに続いてディノ、女剣士、そして自分、フィオナの順で穴に入った。穴は人一人が通れるぐらいの幅しかなく、奥行きも数メートルしかなかった。それを抜けると信じられないくらいに広い場所に出た。

「広っ!」

 緑色の洞窟……。いや、天井があるわけではない。

(ということは別な場所に出たということか?) 

 緑色の背景の荒地には巨大な骨が点在している。鯨か恐竜かというようなサイズの骨が中心だ。

「骨の墓場かよ……」

 昔、本で見た象の墓場を思い出した。死にかけた象は最期の力を振り絞って自ら墓場まで赴きそこで力尽きるという。ここはそんな場所のように思えた。

「これは……罠だわ!」と、女剣士が叫んだ。

 すかさずフィオナが状況を説明する。

「これはおそらく転送の術です! あの穴をくぐった時に違うフィールドに飛ばされてしまったんだわ!」

 クーリンがやれやれと首を振る。

「おい、フィオナ。ここ、どこだよ?」

「分からない。でも異空間の可能性が高いと思うの。蠢く森にもこんな場所があったから」

 フィオナの説明に我々は顔を見合わせた。

(転送……まあ、それも有りだな)

 緑の空に見下ろされた墓場のような世界はどう考えても穴の中の一室とは思えなかった。

「おや? あれは!?」と、ディノが首長竜のような骨を指差した。

 首長竜の骨は、その長い首を柱のようにしてほぼ垂直に立っている。そして、その上に誰かが立っている。

 ディノが上ずった声で「ソ、ソヤロー!?」と、その名を口にした。

「ソヤロー? え?」

 一瞬、聞き違いかと思った。が、良く見ると見覚えのある鎧、兜……それで思い出した。

(あの骨々野郎か!)

 ディノが信じられないといった顔で言う。

「馬鹿な……あいつはダンがデーニスで倒したはず」

 そうだ。ドラゴン・フライの後で奴と戦ったのは自分だ。

「まさか生き返ったとか? カンベンしてくれよ……」

 思わず本音が出てしまった。一度倒した相手がパワーアップして再登場するという展開は、ある意味お約束ではあるけれど、闇帝と戦う前にこちらの戦力を削られるのは非常にマズイ。

 ソヤローは腕組みしながらこちらを見下ろしている。そしてようやく口を開いた。

「ようこそ、と言いたいところだが貴様らには借りがある」

 クーリンがソヤローに向かって怒鳴る。

「おい! てめぇ! 誰だ? おめぇのことなんか知らねえぞ!」

 そうか。クーリンはソヤロー戦の時はいなかったのだ。

 そこでフィオナがクーリンに耳打ちする。

「兄さん。あれは四天王のソヤローよ。火系、それも爆発魔法の使い手なの」

 それでクーリンの闘志に火がついたらしい。

「なんだと? それじゃあ俺の出番だな! どっちの爆発魔法が上か教えてやんねぇとな!」

 それが聞こえたのかソヤローが鼻で笑う。

「フン。お前みたいなザコに興味は無い。俺様はその水使いに用がある」

「ふざけんなーっ! コノヤロー! さっさと下りて来いよ!」

「やかましい。引っ込んでろ、ハゲ」 

 ソヤローにハゲ呼ばわりされてクーリンがキレた。

「ぶっ殺す! ぜってー俺の爆裂拳でぶっ飛ばす!」

 ディノがそれを制しながら女剣士の顔を見る。

「ミディアさん。ここは皆で力を合わせて……」

「ダメよ! ここはクーリンに任せましょう」

 女剣士の回答にディノが戸惑う。

「え? どうして?」

「敵は四天王よ。戦力を温存しておかないと。もし、未知の攻撃で全員がやられたらどうするの?」

「そ、それは……」

 女剣士の冷静な判断にディノが唇を噛む。だが、女剣士が解説するまでも無く、ここは一対一の戦いと決まっている。なぜなら、仲間を先に行かせる為に「ここは俺に任せろ!」というのはバトル漫画で最も燃える展開だからだ。恐らくソヤローが復活したということは、この後も四天王が一人ずつ立ちはだかることになるはずだ。それに対抗してこちらも一人ずつ戦う者をあてていかなくてはならない。しかも普通の団体戦なら勝ち抜き方式もありだろうが、この手の展開では大抵、相打ちでこちらもコマを失ってしまう。ここからはいわゆる『一人一殺』なのだ。

 ディノは不満そうだったが我々はクーリンを残して入口近辺まで後退した。そして遠巻きに2人の戦いを見守ることになった。距離的には校舎の3階から第二グランドの野球部の練習を眺めているぐらいだ。

 共に爆発系の魔法が得意な2人は、しばらく交互に技を放っては耐えるというのを繰り返した。例えば、クーリンが火の玉のようなものを拳から放出してソヤローの目の前で爆発させる。するとソヤローはそれを避けようともせず踏ん張って爆風に耐える。で、逆にソヤローが技を繰り出してクーリンがそれを受ける。そんなことをさっきから何度か繰り返している。そんな意地の張り合いみたいなラリーが徐々にエスカレートしていくのだが……。

「何やってんだ? あいつら……」

 いつまでアレを続けるつもりなんだろうと半ば呆れていると、突然スイッチが入ったかのように2人は無数の火の玉を連続で撃ち始めた。

「ウラウラウラァ!」

「ダァダァダァ!」

 互いに狂ったように連続パンチを放つ。まるで試合が迫ったボクサーのシャドウボクシングのように。

(うるせぇよ……)

 絶えることの無い派手な爆発音が段々と大きくなり、我慢できなくなってきた。

 ディノは食い入るようにその様を見つめながら呟く。

「凄いや……相手の爆風を自分の出した爆風で打ち消し合ってる」

(そうか? お互い闇雲に技を出しまくってるだけじゃね? 狙ってやっているようには見えないけど……)

 その時、横でフィオナが「はぁはぁ」言っているのに気付いた。それで自分も汗ばんでいるのに気付いた。

「何だか熱くね?」と、女剣士に向かって言うと女剣士も顔を火照らせながら汗を拭った。

「そうね。あれだけの爆発だもの。ここまで熱気が来るのね」

「あいつら周りの迷惑も考えろよなぁ。仕方がねえ」

 そこで周囲を冷やそうと思って魔法を出そうと思った。

(あれ? 呪文……覚えてねえな)

 本当はリーベンと戦った時に使った冷たい霧を出したかったのだ。

(あの時なんて言ってたっけ……)

『ザティフィカス』

 ふいに聞きなれない単語が出た。まったくの無意識に、だ。

(え? 今、一瞬……)

 だが身体のターンになったわけではない。相変わらず体は思うように動く。混乱しているとフィオナが「うぅん……いい気持ち」と艶かしい声を出した。

「ホントだ。冷たくて気持ちいいよ。ありがとうダン!」と、ディノも目を細める。

 確かに霧がこの周囲を冷やしている。

(やっぱり身体が無意識に……)

 ということは完全にこのキャラが消えてしまったわけではないのだろう。むしろ今は自分の意識がメインで、身体の意識がたまに顔を出すという状態なのだろう。つまり立場がすっかり逆転してしまったのだ。

 その間にもクーリン達の戦いは続いていた。が、今度は殴り合いに移行したらしい。ソヤローのパンチを食らってクーリンが派手に吹っ飛ばされる。それもよくあるパターンで障害物をぶち抜きながら一直線に何百メートルも飛ばされる。そしてクーリンが起き上がってダッシュ&渾身のパンチをソヤローに食らわせる。で、今度はソヤローが同じように流れ星みたいな軌道を描きながらはるか彼方まで飛んでいく。

(なんか他人のバトルって傍から見てるとバカみたいだな)

 申し訳ないが本当にそう感じてしまう。恐らく実際の誌面ではカット割りに工夫しているだろうからもっと迫力のある場面にはなっているのだろう。だが、遠目に見ている分には実に単調な戦いのように見えてしまう。

 しばらく肉弾戦を続けていた2人が一旦、戦いを止めて距離を取った。そしてソヤローが大声で宣言する。

「遊びは終わりだ! お前ごときではウォーミングアップにすらならんわ!」

 それに対してクーリンが言い返す。

「やかましい! 来いよ! てめぇの本気を見せてみろ!」

「ならば、とくと見よ! 冥土の土産に俺様の奥義を!」

 そう言ってソヤローが力を貯めるような仕草をみせた。ようやく大技を放つ気になったらしい。

「くたばれ! 天界爆裂拳!」

 その叫びと同時にソヤローの両手が大きな炎を纏った。それがまるで巨大な拳のような形になる。

 ディノが叫ぶ。

「クーリン! 危ない!」

 ソヤローのパンチは巨大な炎の拳となってクーリンに襲い掛かる。クーリンはそれを避けるでもなくソヤローの突進を待ち構えている。

「兄さん!」と、フィオナが悲鳴をあげる。それと『ズガガーン!』という爆発音が被さった。そこで猛烈な爆風と衝撃波が巻き起こり、見ているこちらまで後方に吹っ飛ばされそうになった。

「ど、どうなったんだ?」と、ディノが目を凝らす。

 ちょうど2人がぶつかり合った地点の煙がゆっくり薄らいでいく。そしてそこには……

 ソヤローのパンチを交わした体勢でカウンターのボディブローを決めたクーリンの姿があった。

「ク、クーリン……」

 ディノがほっとしたように奴の名を口にする。

「兄さん……」と、フィオナも涙目だ。

「何だよ。意外にやるじゃん」

 てっきりボコられると思っていただけに意外だった。修行の成果はそれなりにあったのだろう。まあ、ソヤローがショボイだけかもしれないが。

 クーリンにボディを打ち抜かれたソヤローがガクガクと体を震わせる。そこでクーリンがぐっと腕に力を込めて「爆裂ジェット・アッパー!」と叫んだ。と同時にソヤローの体が高く吹っ飛ばされ、空中で花火のように弾けた。『ババババン、バン!』と、幾つもの爆発に包まれてソヤローの体が宙に釘付けになる。そして爆発が収まると風に飛ばされた洗濯物みたいに地表に落ちてきた。

(ソヤロー、弱ぇぇぇ!)

 笑ってしまうぐらいあっけない決着だった。

「やったぁ! クーリン、凄いよ!」と、ディノが駆け出そうとした時だった。

「まだだ!」と、クーリンがそれを制した。

「え?」と、ディノが戸惑う。

 クーリンは周囲を警戒する。すると右手の方から「クッ、クッ、クッ」という笑い声。

 見るとマンモスの骨の上にソヤローが何事も無かったかのように立っている!

(やっぱりか……そう簡単にはいかんわな)

 流石に復活した四天王相手に圧勝は有り得ない。にしてもノーダメージとは……。

 ソヤローは腕組みしながら笑うことを止めない。

「クックックッ。雑魚の割には楽しませてくれる!」

 そんなソヤローの様子を苦々しく見ていたクーリンが右手に力を込める。そしてすかさず「爆裂火柱車!」と叫んで地面に右拳を突きたてた。その一撃で『ズン!』と、大きな縦揺れが生じた。

(う、わっ!?)

 ちょっと立っていられないような揺れ方だ。それもそのはず、クーリンの右拳から地割れが『メキメキッ!』と広がっていき、ソヤローの居る所まで割れ目が伸びていく!

「ぬぉうっ!?」と、ソヤローがバランスを崩す。そこに「ハァ!」というクーリンの掛け声で割れ目から強烈な炎が柱のように噴出した! そして一瞬のうちにソヤローの全身を焼き尽くす。

「グギャァ!」と、絶叫しながらソヤローが地面に叩きつけられる。そして火柱が収まったところで沈黙……。

(今度はどうだ?)

 何気に今の技は凄かった。何しろ地面を裂いてそこから捻り出した火柱で敵を攻撃したのだ。致命的なダメージを受けたソヤローはぴくりとも動かない。

「チックショー!」

 最初に反応したのはクーリンだった。ハァハァと息を整えながらクーリンが言う。

「またかよ……くそったれが!」

 すると今度は右奥の方向から笑い声が聞こえてくる。

「嘘……」と、フィオナが絶句する。

「まさか……不死身なの?」と、女剣士が呟く。

 いや、そんなことは無い。その証拠に最初にアッパーを喰らった時の死体とマンモスの骨の横に転がる死体は残っている。だとしたら考えられるのは『変わり身の術』のようなもの……。

 ソヤローは不気味な笑い声を発しつつ、ゆっくりとクーリンに向かって歩いてくる。それを見て思った。

(あれ? あいつあんなにデカかったっけ?)

 何となくではあるが一回り体が大きくなったような気がした。相変わらずトリケラトプスの頭蓋骨のような兜は健在だが。

(待てよ……もしかしたら!)

 デーニスで奴を倒した後のことを思い出す。確か、チグソーという名の四天王仲間が頭蓋骨を持っていなかったか?

 そこでもう一度、転がっている死体を観察する。

(無い。どっちも兜だけが無くなってる……ということは!)

 クーリンに向かって叫ぶ。

「本体は兜だ! 兜を破壊しろ!」

 それに対して肩で息をしていたクーリンがハッとしてこちらをチラ見した。そして強がるように言った。

「それぐらいとっくに分かってら! けど、スタミナがギリギリだぜ」

 そんな我々のやりとりを聞いてソヤローが足を止めた。

「ほう。ようやく気付いたか。やれやれ」

 秘密がバレたというのに特に焦るでもない。他にも隠し球があるのか? 

 ソヤローはニヤリと笑うと得意げに言った。

「闇帝さまにお分け頂いた力は素晴らしい。以前なら体の乗り換えには一定期間が必要だった。他人の体を自分のものにするのは中々骨が折れるんだ。だがな、闇帝さまのお力のおかげで瞬時にそれが可能になった!」

 クーリンが嫌味っぽく口を挟む。

「おいおい。まさか俺の体を狙ってるなんてことは無いだろうな? 幾ら俺が優秀でイケメンだからってよ」

「冗談はよせ。誰がそんな低スペックの体など欲するか!」

「なんだと! この!」

 クーリンが両手の指を組んでエネルギーを集中させる。そして呪文を唱えてから手の平を前に突き出す。

「爆裂突貫! 改!」

 クーリンは手の平から白い光線を放った。それが真っ直ぐに飛んで行き、ソヤローの胸を貫いた! そして奴の胸板に穴が空いたと同時に『カッ!』と爆発。が、その寸前で奴の兜がバッと体から離れる瞬間が目に入った。

(また逃げた!?)

 兜の行方を目で追う。すると今度はそう遠くない所に『ぺとっ』と、それが着地した。落ちてきたのではない。明らかに自らの意思で着地したように見えた。

「クソ……」と、クーリンが地面に両膝をつく。

 敵のボディを貫通させる技があるならそれで頭を狙えばいいのにとも思ったが、クーリンの消耗を見ていると、狙ったが外してしまったのかもしれない。

(あの兜……また乗り換えるのか? けど、寄生する体が見当たらないぞ?)

 そこで地面に着地した兜が沸騰したヤカンみたいにカタカタと揺れ始めた。そして次の瞬間、シューっと水蒸気を噴出しながらムクムクと大きくなり始めた。

「ちょっ!? なんだ?」と、ディノが動揺する。

「まさか! 大きくなってる?」と、女剣士も警戒する。

 トリケラトプスを模った骨の兜は徐々に大きくなり、合わせてその下のほうから黒いモジャモジャが墨汁のボトルをひっくり返したみたいに溢れてきた。やがて兜の膨張は、コタツぐらいの大きさになったところで止まったが、その下から出てきた黒いものがコウモリ傘のようにバッと勢い良く広がった。

(……脚!?)

 どうやらそれは脚のようだ。それが8本、兜の下部から伸びている。白い兜は殻のように見える。まるでヤドカリみたいだ。

 クーリンが顔を引きつらせる。

「ク、蜘蛛かよ……なんちゅう正体だ」

 他者に寄生する兜の正体は蜘蛛だったというのか? この漫画、ますます化け物じみてきた。

 ソヤロー、というかもはやソヤローではない蜘蛛がしゃべった。

「ククク。闇帝さまのお力でようやく本来の姿を取り戻すことが出来たぞ!」

 その声はエコーがかかっていたがソヤローの声には違いない。

 クーリンが苦し紛れに「ウラウラウラ!」と、連続パンチで火の玉を放った。が、ソヤロー蜘蛛は前足を4本持ち上げてそこから迎撃の火の玉を連発する。当然、2対4では手数が違う為、連続攻撃では圧倒的にクーリンが不利だ。

「グアアッ!」と、相手の火力に押されたクーリンが後方に吹っ飛ばされた。しかし、ソヤロー蜘蛛の攻撃はそれで終わらなかった。今度は殻の部分から鞭のようなものを鋭く放出したのだ。それは液体のようにもチューインガムのようにも見えた。

(蜘蛛の糸か!?)

 予想は当たっていた。次にクーリンが吹っ飛ばされた方向を見ると、蜘蛛の巣のようなものの真ん中でクーリンが磔にされていた。

(速っ! いつの間にあんな巣を?)

 大の字になる形で磔にされたクーリンは身動きが取れずにもがいている。そこにジリジリと歩み寄るソヤロー蜘蛛……。

「クーリン!」と、ディノが飛び出そうとした。

が、女剣士がそれを止める。

「ダメよ! 手出ししちゃ! それに本人はまだ諦めてないわ! 彼の目を見て!」

「グッ!? クーリン……」

 出た。『目は諦めていない』という反撃フラグ! 

 ソヤロー蜘蛛は移動を止めると、2本の前足を高く掲げてその間にプラズマのようなものを作り出した。バチバチという音をたてながら白く輝く火の玉はいかにも威力がありそうだ。

 ソヤロー蜘蛛が勝ち誇ったように言う。

「この距離、この状況、外しはせん。これで終わりだァ!」

 このまま終わることはないと分かっていても目を背けたくなる。

(うえっ! クーリン、オワタ!)

 なぜか絵文字の『終わったな』が浮かんでしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ