鬼滅の刀を規制しろ!(その1)
「これマジ面白れーな。流行るのも解るわ」
今魔界で流行の異世界から取り寄せた漫画を片手に、玉座に座る魔王が感心する。
表紙には『鬼滅の刀』と書かれていた。
「失礼します。吸血鬼達から今魔王様がお読みの漫画を規制しろと要望がございます」
牛の頭蓋骨のような頭部を持ち、タキシードを身にまとう魔族がこうべを垂れる。
パタリと、魔王が読んでいた漫画本を閉じて玉座の脇に置いた。
「あーなんだよ参謀。吸血鬼がクレームだぁ?」
魔王の不機嫌そうな声が、大広間に響き渡る。
眉をひそめる魔王は、忌々し気に口元を歪ませていた。
よほど吸血鬼の事が気に食わないらしい。
「あんな無駄に女にモテまくる、存在してはいけない顔整い共の意見なんざ聞く必要ねーだろ。文句垂れてる奴連れて来いよ。この筋肉の呼吸を極めた魔王様が直々に、朝日が昇るまで頭潰し続けてやっから」
魔王がやたらと吸血鬼を嫌う理由の9割は、彼らが異性にモテるからだ。
35万年間童貞なサキュバスも泣いて逃げ出す非モテっぷりの魔王からすると、魅了の術に長け、オシャレで、整った顔立ちの者が多い彼ら吸血鬼は妬みの対象以外の何物でもない。
ゴリゴリの筋肉だるまな体躯にマント一枚パンツ一丁という、変態でも警備兵に通報するような服装の魔王と、洒脱なコートに身を包む吸血鬼とでは確かに住む世界が違い過ぎた。
残りの一割は、今ハマっている漫画に感化されたから、という所だろう。
どちらにせよ、完全な逆恨みである。
吸血鬼からするといい迷惑な話だった。
「何ですかその汗臭そうな呼吸は。いいですか魔王様。彼ら吸血鬼は、嫌われ者の魔王様にもきちんと忠誠を誓う、今どき珍しい忠義者達です。あまり無下に扱うのはいかがなものかと」
参謀と呼ばれた魔族がやれやれと首を横に振る。
「き、嫌われてねーし! 俺、愛されキャラだし! 魔界小学校で体育の時間、先生から『二人一組になってねー』って言われても困った事ねーから! 先生と一緒に体操したしよ!」
「なるほど。子供の頃から嫌われぼっちだったのですか。で、その末路がコレと」
「末路たぁなんだコラ! 魔王国の頂点、魔界の主で魔族の長なキングオブキング、勝ち組アルファオスだぞこの魔王様は!」
「35万年間童貞守って非モテを拗らせ、配下の吸血鬼をモテる妬みから朝日が昇るまで頭潰そうとするなど『末路』と呼ぶのに十分な気がするのですが。本でも書いたらどうです? 嫌われ魔王の一生とか。きっとベストセラーになりますよ」
「うっせーぞ余計なお世話だ! 俺はお前が嫌いだよ! ネチネチ嫌味言ってないではよ本題に入れ!」
バンバンと、魔王が大きな手で玉座の手すりを叩く。
「はい。まあこの件に関しては、魔王様に意見を陳情しに既にご本人が来られておりまして。当事者の口から直接語ってもらおうかと」
「ふーん、あっそお。まあいいや。通せよ。ツラ位は拝んでやらぁ」
フシューと荒く鼻息を吐いた魔王がぶっきらぼうに言い捨てる。
どう見てもご機嫌斜めで八つ当たりをする気マンマンだった。
「……魔王様、繰り返しますが彼ら吸血鬼達は今どき珍しい、人望も人気もまるで無い魔王様に膝をつく忠義者達です。いつものような軽挙妄動は、控えてくださいね」
「いーからはよ通せ」
「それでは。どうぞ、お入りください」
参謀が白手袋を嵌めた手を、大広間の扉へと向ける。
両開きの重々しい扉が、門番のオークにより開かれ、中から漆黒のロングコートを身にまとう、見目麗しい魔族の青年が現れた。
コートの生地はベルベットのように滑らかで、肩から裾まで流れるようなラインが彼の長身を一層引き立てていた。
高く立てられた襟は、彼の鋭い顎のラインと蒼白な首筋を際立たせている。
見る者に青みを感じさせるほどに白く透き通った肌とは対照的に、その唇は紅を差したように赤い。
一見すると人間かエルフの美丈夫のようにも思える。
だが口元からチラリと覗く、長く鋭い犬歯と見る者をとらえて離さない、強い魅了の力を宿した赤い瞳が、彼らとの明確な違いを示していた。
すなわち、吸血鬼であることを。
吸血鬼の青年が、玉座の前まで進み出て膝をつく。
「魔王様。わたくし、ドラクロワと申します。この度は初めて拝謁の栄を賜り心より感謝致しま……!?」
恭しくかしづき、頭を下げて魔王へと敬意を払う吸血鬼だったが、その挨拶は最後まで言い終える事はかなわなかった。
「はい、初めまして。そしてさようなら」
言うが否や、魔王が玉座から立ち上がり、大木さながらに太い腕を吸血鬼目掛けて振り下ろした。
轟音。
巨人が足踏みをしようが暴れ回ろうがヒビ一つ入らない、頑強さを誇る大広間の石畳が、ガラガラと音を立てて陥没し大穴が開く。
一抱えもある大理石の柱も、穴に呑れて崩れ落ちた。
こんな拳を叩きつけられれば、ドラゴンだろうとその身を爆発四散させて即座に命を落とすだろう。
全身を切り刻まれようとも復活する、上級魔族の中でも特に再生能力に優れた種族である吸血鬼だろうと、これほど強大な膂力と魔力の込められた拳を叩きつけられては無事では済まない。
「だから魔王様、軽挙妄動は控えてくださいって」
拳を振り下ろした魔王の背後から、参謀のたしなめる声がする。
振り返ると、足元に魔法陣を浮かび上がらせて、参謀が立っていた。
脇には、先ほど魔王が殴りかかった吸血鬼の青年が抱えられている。
間一髪、参謀が転移の魔法陣を使い、吸血鬼を魔王の魔の手から救い出したのだ。
「ま、魔王様? 私めが何かお気を損ねるような事でも……」
床に降り立った吸血鬼の青年が、理解できないといった目を魔王へと向ける。
ひざまずき、恭順の意を示し挨拶をしたら殴り殺されかけたのだ。
疑問に思うのも無理はない。
「強いて言うなら整った顔立ちと、洒落た出で立ち、清潔感のある身だしなみ、あとは気品ある雰囲気ですかね。お気になさらず。普通なら、というか魔王様以外でしたら好感度が高まる要素ですので」
「おい参謀、余計な真似すんなよ。そいつぶっ殺せねーだろ」
振り返り、拳をゴキゴキと魔王が鳴らす。
どう見ても殺る気マンマンである。
「殺させない為に余計な真似をしてるのですよ。魔王様、挨拶の途中で来賓をぶっ殺すような真似はどうかお止め下さい」
「クソめんどくせーな。もったいぶった挨拶なんてしてねーで早く言えよ。お綺麗なツラの皮でヒトカス共を釣り上げて血を啜るしか能の無い、薄汚れた蚊トンボが。これだからすまし顔の気取り野郎は嫌いなんだよ。俺はとっとと鬼滅の刀の続きが読みてーんだ。聞くもん聞いたら殺してやるからはよ遺言述べろや」
「申し訳ございませんドラクロワ様。魔王様は元より異性ウケの良い種族を無駄に敵視する、こじらせ陰キャの脳筋非モテ童貞だったのですが。あの漫画にハマってからというもの、吸血鬼の皆様へのヘイトがより一層加速しまして」
「ああ、魔王様もですか」
深いため息を、吸血鬼の青年がつく。
「魔王様も、と言いますと?」
「はい。あの漫画が流行ってからというもの、我々吸血鬼への風当たりが非常に強くなりまして。同胞であるはずの魔族達からいきなり刃物で首を切りつけられたり、城の花壇に植えていた花が全て引っこ抜かれて藤の花が代わりに植えられていたりと迷惑を被っているのですよ。もちろん、我々吸血鬼は上級魔族です。有象無象の襲撃者など返り討ちに出来ますし、我らの種族は金銭的にゆとりのある者が多く花壇の修繕費用程度大したものでもありません。ですが手間は手間ですし、そもそもこの力が全ての魔界において『こいつらには歯向かっても良い』と侮られるのは、我々吸血鬼の名誉を傷つけられているも同然です」
「ふうむ。それは確かに迷惑な話ですね。魔王様、どう思います?」
どうにか建設的な話し合いの空気に持っていこうと、参謀が魔王に話を振る。
「お前、鼻の形が気に食わねぇなぁ。むしり取ってブタの餌にしてやろうか」
「あ、すいません。聞いた私がバカでした。ええとドラクロワ様は具体的にどのような対応を我々に望まれておられるのですか?」
話にならない、とばかりに魔王に会話を振るのをあきらめた参謀が、吸血鬼の青年へと向き直る。
「はい。この鬼滅の刀という漫画を内容を書き換えて規制するか、焚書処分して頂きたいです」
伏せていた目を参謀へと向け、吸血鬼の青年は透き通った声でそう告げた。
鬼滅の刀を規制しろ!(その1)……END
てなわけで、始まりました。
なんか大分危ないネタをブッコんでる感がありますが……うん、まあ、大丈夫やろ。知らんけど。
今回は、漫画と表現規制のお話です。
現実でも「少年漫画の主人公にタバコを吸わせるなんて!」とか「こんな露出度の高い格好をヒロインにさせて!」とか、SNSでも連日荒れ狂いまくってる当問題。
魔界の皆さんの混乱ぶりを、どうぞお楽しみください!
それでは皆様、また明日!




