魔界惨議院選挙!(その1)
「えー、こちら邪民党、みなさまの邪民党です。どうか皆さま、暖かなご声援と邪な1票をお願いします!」
選挙馬車に乗り、荷台の上で魔王が拡声器を持ちながら演説をする。
「うっせーぞボケェ! 誰がテメーらなんかに投票するか!」
「お前のツラなんざ見たかねーんだよ!」
「死ねや魔王!」
「ひっこめー!」
「辞めちまえー」
返ってきたのは、暖かな声援ではなく熱い罵声だった。
城下町を馬車で走らせ投票を呼び掛ける魔王に向けて、道路に面した家々から花瓶やら食いかけのパンやら生ごみやらが投げつけられる。
分厚い胸板に割れた腹筋。筋骨隆々な体躯を小さくかがめ、次々と投げつけられる家庭ゴミから羽織るマントで身を護る。
「えー物を投げないで、投げないで下さい! 投げんなっつってんだろーが! テメーらあんま調子乗ってっと、選挙妨害で全員まとめてブチ殺すぞオラァ!」
モノを投げつける民衆に向かって拡声器を口に当てて怒鳴り散らす。
バシャリ、と何かの砕ける音。
見ると、腐ったタマゴが割れてマントに黄色いシミをつくっていた。
「ちくしょお、なんでこんな事に……」
☆ ☆ ☆
「魔王様、次の魔王国惨議院選挙なのですが。はっきり言って我が邪民党がピンチです。このままでは議席の過半数を取ることが出来ません」
玉座の前で、牛の頭蓋骨さながらな頭部を持つ魔族が、恭しく頭を下げて報告をする。
「あっそお? 参謀、悪いんだけどさー。俺、政治とかあんま興味無いんだけど」
執事服に身を包む配下をチラリと一瞥だけして、読んでいた漫画本に再び目を落とす。
表紙には『進撃のギガンテス』と書かれていた。
「ううむ。やはり芸術に理解ある者こそ高い地位に相応しいのだな。俺も芸術作品作るか。巷でキャーキャー騒がれてる、ムカつくイケメンアイドル吸血鬼共をテキトーに罪でっちあげてとっ捕まえて、尻と口を縫い合わせてムカデみたいにしてやる。そんでもって週一で大広場に晒して恥かかせてやろう」
「魔王様、自分が異性にモテないからって国家権力濫用して、人気男性アイドル魔族を異世界の放送禁止グロ映画みたいな拷問にかけようとするのはおやめ下さい」
「モテない僻みじゃねーし! 俺は魔王様だぞ? 魔族を束ね、魔界を統べるアルファオス様だぞ!? 俺が高貴な身分すぎて、ねーちゃん達も近寄りがたいだけなんだって!」
「その点については、私共も不思議には思っているのですが。一応は国のトップで、弱肉強食、力こそ正義な価値観を持つ魔界の連中を腕力でねじ伏せた実績がありながら、ここまで異性にモテず35万年間童貞を守り続けられているというのは、確かに理解しがたいです。魔王様の立場なら、たとえ見た目がチビデブハゲの顔崩れ中年ゲスオヤジだろうと、金と権力に目のくらんだパパ活系女子が尻の毛までむしり殺す勢いで殺到するでしょうに。サキュバスも泣いて逃げ出す非モテっぷりは、魔界七不思議の一つですね。ちょっと原因究明の為に、私のいとこのいるハイバッド大学のディアボロス生化学研究所で体を解剖させてもらってもよろしいですか? いとこは常日頃から『魔王様の非モテの謎は睾丸にある!』と言っておりまして。摘出して詳しく調べてみたいそうです」
「ふっざけんな参謀! お前俺に去勢手術薦めるために来たのかよ!」
ガン、と玉座の手すりを魔王が叩く。
「ああすいません、つい魔王様の無駄な部分を切除する無駄話を」
「死なすぞコラ!」
青筋を立てる魔王に、しかし参謀はひるむことなく言葉を続ける。
「それと、無駄話ついでにもう一つご報告がありまして。大金はたいてロケット花火を作り、空高く打ち上げては爆発させるのが趣味な私の叔父が、魔王様にお願いしたい事があると申しているのですが……」
「何だそのイカれた趣味は! お前のクレイジーな叔父の願いなど知るか!」
「はい。では本題の魔王国惨議員選挙の件について報告させてもらいます。魔王様を支持する我々邪民党がこの度過半数を割り込みそうでして」
「いやだから興味ねーっつってんじゃん。悪いけど俺、漫画読んでポテチ食って酒呑むのに忙しいからあっち行っててくんね?」
シッシッと手を振り、面倒くさげに参謀を追い払おうとする。
魔王からすると、政治や行政といった事柄はほぼ全て参謀に丸投げしているので、自分には関係が無いと考えているのだろう。
「……そういう状況なので、私が参謀を務めて魔王様の仕事を肩代わりできるのも今期までのようです。今後は私共が長時間残業して家にも帰れずこなしていた書類仕事や各省庁への連絡や根回し、終わりの見えない会議といった政務が全て魔王様にのしかかってきて、ポテチ一枚かじるヒマもなくなるかと思いますが、どうかお元気で。今までお世話になりました。それではさようなら」
言うや否や、玉座に背を向けて参謀が立ち去ろうとする。
「ちょっと待てええええ! うん、詳しく話聞かせてもらおうかな! 俺、選挙とか政治とか、実はめっちゃ興味あったし!」
あわてて魔王が手を伸ばし、制止した。
「そうですか。では改めて」
コホンと一つ咳払いをして、玉座へと向き直った参謀が語り始める。
「今現在、魔王国各新聞社の世論調査では、私共が大量の政治献金と袖の下を渡し、裏で操っている邪民党の支持率が右肩下がりの絶不調です。対抗勢力である獄悶惨凄党は特にこれといった資金源の無い泡沫政党だったのですが、近年急激に支持を伸ばし、このままですと議席の過半数を奪われてしまいます。そうなると魔王様は仕事をサボる事が、我々は私腹を肥やし税金を着服することが出来なくなります」
「ヤバいじゃん! なんでそんなんなるまで支持率落としたんだよ! おい参謀。俺が仕事を押し付けてるからって汚職しすぎだぞ!」
参謀を指差し、見苦しい言い訳をして責任をなすりつけようとする。
「いえ。支持率低下の原因は魔王様の『小麦が不作とか知るか。俺は毎日貰った小麦でピザ作らせて食ってっけどな』という失言や、貧困の解消に『銀貨10枚分までなら強盗しても無罪!』なんて無茶なお触れを魔王様が出して、ただでさえ大して良くも無かった治安が最悪に悪くなった事が原因かと。ああそれから魔王様が関税の事を外国に支払わせるものだと勘違いして同盟国からの輸入品に高関税をふっかけまくり、物価が急上昇して失業率も激増した事もまた、大きな要因ですね。我々邪民党への批判はどちらかというと、やりたい放題好き放題いらん事する魔王様の暴走を、止められなかった事に対しての責任追及が多いです」
「止めろよそんなバカな真似! 役目でしょ!」
「いや魔王様が『うるせー俺のやる事にケチつけんな!』と怒鳴り散らして、無理やり押し通したんじゃありませんか」
「あーくそ! 誰かのせいにしたいけど、自分の顔しか思い浮かばねぇ!」
魔王が頭を抱え込む。
「魔王様、嘆いていても問題は解決いたしません」
「わかっとるわい! つーかウチの愚民共、何がそんなに不満なんだよ。俺たちゃ魔王国だぞ? 魔界最強の国に住めてんだぞ? じーでぃーぴーとかいう奴も、魔界の国の中じゃあいっちゃん高いんだろ? 贅沢言ってんじゃねーよクソカス共が。恵まれた環境を当たり前の事だと思いやがって。誰の権威で魔王国が成り立ってると思っていやがるんだ!」
「はい。確かに私と私の叔父が共同経営している会社『デスラー』や『スペースMAX』といった魔界有数の巨大企業の数多くが魔王国内に本社を構えておりますし、軍事力の面でも魔王様の脳筋っぷりは確かに大きな看板です。が、流石に好き放題やり過ぎましたねぇ。魔王国に反対する国や地域をシバき倒す外征面はともかく、内政ではわがままやりすぎて、経済的格差が広がり持たざる者達が貧困に陥り不満が膨れ上がっています」
「時代の波に乗れなかった要領悪い負け組の貧乏臭せぇカス共がギャーギャー騒いでんのか。んなもん自己責任じゃねえか。ここは魔界だぞ? 弱くてバカで稼げないなら、飢えて死ねよ」
「オツムが弱くてバカで稼げないどこかの魔王様のような方でも、飢えずに暮らせる国をみんな望んでいるのですよ」
「はあああ!? 俺、オツム超強えから! 岩でも鉄でも頭突きで砕けるし!」
「自らオツムの弱さを自白して頂き大変恐縮ですが、ご自身への評価が気に食わないのでしたら現状を打開する解決策をお出し下さい」
「チッ! ったくよー。まあ選挙なんざ俺様自ら愚民共の前に出て、応援演説って奴でもしてやれば楽勝だろ。こーゆーのはな、カリスマ大将な俺様がニコニコ笑顔で手でも振りゃあ、下々の愚民共は『魔王陛下バンザーイ!』とか叫んで涙流して感激するもんなんだよ」
どっこいしょ、と言いながら面倒くさそうに魔王が玉座から立ち上がった。
☆ ☆ ☆
「なーにが魔王だ!」
「ぶっ殺せー!」
「てめーなんざ怖かねえんだよ!」
「フクロだ! フクロにしちまえ!」
選挙馬車の上で手を振る魔王に、罵声と共に石やら生ごみやらが投げつけられる。
どうひいき目に見ても、歓迎されているようには見えなかった。
投げられているのは、ゴミやら石やら花瓶やら、果てはトンカチ、手斧、包丁、槍といった殺意マンマンな品まで多岐にわたる。
たまらず魔王がマントで身を隠す。
「ぐぬううう! 何だお前ら! この魔王様に向かって言いたい放題投げたい放題、好き放題やりやがって!」
「好き放題やってんのはテメーだろが!」
「俺達国民が、テメーのクソみたいなわがままに付き合わされて、どんだけ苦しんできたと思ってんだ!」
「死に晒せ! 非モテ童貞脳筋野郎!」
道端から、民家の窓から、店の軒先から止むことなく浴びせられる罵声に、ついに魔王がキレた。
「ク・ソ・共がぁぁぁ! 俺は魔王様だぞ!? ひのきの棒で撲殺される、スライム同然な貧弱ぶりのお前らクソ雑魚ナメクジ如きに舐められてたまるか! この魔王様が直々に身の程ってもんを教えてやらぁ! 拳でなぁ!」
言うや否や、選挙馬車の荷台から飛び降り、近くでヤジを飛ばしていたウェアウルフに殴りかかった。
腹に拳をブチ込まれたウェアウルフが大砲の弾のように勢いよくふっ飛び、ホブゴブリンの八百屋の棚に頭から突っ込んだ。
並べられていたジャガイモやニンジン、玉ねぎといった野菜が散らばり、果物がつぶれ石畳を汚す。
「やりやがったなこの野郎!」
「今日という今日は我慢ならねぇ!」
「お前をボコって俺が魔王になってやらぁ!」
豚の頭にビヤ樽腹をしたオークが棍棒片手に殴りかかり、店を壊されたホブゴブリンが曲刀を振りかぶり襲い掛かる。
宿屋の二階からは大型の両手斧を肩に担いだミノタウロスがベランダから魔王目掛けて飛び降りた。
「おー、来いよカス共が! 誰がいっちゃんエラいか、この魔王様が直々に思い出させてやらぁ!」
オークを棍棒ごと殴りつけ、ホブゴブリンの振りかぶる曲刀を歯で噛み砕き、飛び掛かってきたミノタウロスの角を掴んで荷馬車の走っていた石畳に頭から叩きつけ地面を陥没させる。
次々と襲い掛かる魔族達を殴りつけ、蹴とばし、投げ捨て、応援演説を行っていた大通りでは大乱闘が繰り広げられた。
立ち並ぶ商店街は、魔王に殴り飛ばされた魔族達によって棚も商品も窓も壁も次から次へと破壊され、屋根には穴が開き、道路は見る見るうちに穴だらけになっていった。
魔界惨議院選挙!(その1)……END
てなわけで、魔界惨議員選挙編スタートです。
現代日本でも与党が散々な目に遭った参議院選挙なわけですが、魔界の選挙はどうなるのか。
魔王様の選挙戦の行く末を、どうか見守ってあげてください!




