ムギ騒動!(その3 結)
数週間後。
『ふざけんなぁぁ! 外国産小麦はよおおお、ピザにした時のふっくら感がちげーんだふっくら感が! 国産小麦よこせやぁぁぁ!』
『俺はなぁ! ピザはフィッシュスワンプ産のウエストシャイン麦で出来た奴しか食わねぇって決めてんだよォ! 外国産小麦なんて食えっかぼけェ!』
サンドスクリーンの中では、オーク達が城下町で暴動を起こす様子が流れていた。
『ご、ご覧下さい! 魔王国の各所でオーク達のデモが激化しております! ピザ屋、パン屋はオーク達に襲われ街の各所で火の手が……』
映像の中で、レポーターのサキュバスが街中の様子を報道している。
城下町の大通りでは、小麦の値上がりでピザがマトモに食べられず、オーク達が暴れ回っていた。
オーク達は、たるんだ腹からは想像もつかないような怪力を誇る。
棍棒やバールやフレイルやメイスといった様々な鈍器を手に、彼らは店や民家を壊して回っていた。
窓は割られ、壁には穴があけられ、柱はへし折られた。
サンドゴーレムに映像を止めるように指示し、玉座に座る魔王が吠える。
「何でじゃああああ! おい、参謀! あの豚クズ共止まらねーぞ! どーすんだよこれ!」
傍らで共に映像を確認していた参謀が、冷静に告げる。
「とりあえずは放っといても良いんじゃないですか? 新規の国産小麦の収穫、もう始まってますし」
「え、そうなの?」
「はい。不作だったのは冬小麦の方ですので。その後に植えていた、いわゆる夏小麦の方は特に不作ではありません。収穫も順調のようですし、この分なら遠からず市場に出回り国産小麦の価格も落ち着くかと。下手な邪魔が入りさえしなければ」
「そっか。なら安心だな」
参謀の言葉に、魔王がほっと胸を撫でおろした。
そしてまた一週間後。
『大変です! 小麦の高騰が一向に収まらない事にしびれを切らしたオーク達が、とうとう魔王城に放火を始めました!』
『おらぁー! 魔王出てこいやぁぁ!』
『小麦が育たねえってんならよぉー! ご立派なお前の城を丸ごと焼いて、焼き畑農業してやんよ!』
煙が立ち込める大広間の中で、それでも玉座に座りサンドスクリーンを眺めていた魔王が、せき込みながら悪態を吐く。
「ゲホンゲホンゲホン! なんだチクショー! 目に染みるぞ! おい、話がちげーじゃねーか参謀!」
魔王城は、おもいくそ放火されていた。
どうも、衛兵や料理人といった魔王城に勤務するオーク達までデモに加わり、内部から火を着けたようだ。
「うーん。これ、一部の敵対的なヴァンパイア達が小麦は金になると踏んで、買い占めして高額転売しているようですね。収穫量自体は十分な分量あったはずですが、市場にほとんど出回っていません」
城が燃えながらも尚、参謀が冷静に事態を分析する。
「もういい。ここまでナメられて黙ってられるか。選挙なんざどうでも良いや。反対する奴全員頭カチ割って言う事聞かせてやる。参謀、豚骨ラーメンのフランチャイズ始める準備しとけ」
対する魔王はというと、完全に目が座っていた。
「いや魔王様、少しお待ちください」
殺る気マンマンな魔王を、参謀が制止する。
しかし、当然ながらそれで魔王が納得するわけがない。
「ああ!? 城燃やされるまでナメ腐った真似されて、それでも黙ってろってか!? 選挙だか何だか知んねーが、それじゃ魔王としての示しって奴がつかねーだろ! 俺たち魔族は脳みそお花畑なハイエルフや人間共とはちげーんだ! 舐められたら終わりな、力こそパワーな世界に生きてんだよ!」
「はい。そこに異論はございません。ですが今回のケース、少し策を思いつきまして」
「策ぅ!? そりゃ城に火ぃ付けられるまで反感買った今の状況をどうにか出来るほどのもんなのかよ」
「はい。恐らく大丈夫かと」
疑いの目を向ける魔王に、参謀が断言した。
「……マジかよ。何する気だ?」
「オーク達を引き連れて、買い占めを仕掛けてきたバンパイア達に戦争を吹っ掛けます。後詰めにメイド長の死神も控えさせておけば負ける事はまず無いとは思いますが、それでも相手は上級魔族達。相当な抵抗が予想されます。魔王様、腹くくっといて下さい」
参謀の案は、端的に言ってこの小麦騒動の責任を全て反抗的なバンパイア達に押し付けて、その上で攻め滅ぼすというものだった。
「あー、わかった。荒事なら任しとけ。メス受けしそうな顔整いの意識高い系イケメン野郎共をぶん殴るのは、俺様的には大歓迎だ。全員顔面グチャグチャにして裸にひん剥いて、血色悪そうな肌を太陽に晒してひなたぼっこさせてやんよ。いや、魔力が尽きて肉体再生出来なくなるまで紙ヤスリでひったすら体を削り続けてやるのも捨てがたいな。あの死に腐れ蚊トンボ共、ちょっとツラの皮が綺麗なだけのゾンビの分際でチヤホヤされてて、前からムカついてたし。いい機会だからバンパイアはどいつもこいつもギッタギタにしてやる」
魔王が、完全に私怨でバンパイア達に対して敵意を剝き出しにする。
「素晴らしいモチベーション。非モテの妬みここに極めりですね。ですが魔王様。魔王国内および同盟国のバンパイアはむしろ旧来の王政に賛同してるものが多く、友好的で忠誠心に厚い者が多いです。顔崩れの魔王様が彼らバンパイア達を妬む気持ちはわかりますが、どうか戦うのは敵国の、組織的に転売を仕掛けてきた連中だけにしておいて下さいね」
「チ、どさくさに紛れて俺以外のイケメン全員根絶やしにしてやろうと思ったのに」
「魔王様、自分以外の生きとし生ける者の全てを根絶やしにかかるのは、やめて下さい」
「あんだとぅ!? そりゃどういう意味だ!」
「そのままの意味ですが。それはさておき魔王様、私は取り急ぎ城の者を集めて消火の陣頭指揮を執り、小麦の買い占めと転売を行っているバンパイア達へのヘイトを煽り、暴れているオーク共の怒りの矛先を変えてまいります。魔王様も、戦の準備はきちんとしておいて下さいね。おやつは自分が食べられる分だけですよ。戦場で優勢になっても調子に乗りすぎないように。勝って帰るまでが戦争ですからね」
「ぐぬぬ、コケにしおって。これでお前の策が上手く行かなかったら、その首引っこ抜いてやるからな!」
物騒な捨て台詞を吐く魔王を、まるで気にするそぶりも無く参謀は一礼をして大広間から去っていった。
一か月の時が過ぎ……
城のバルコニーに立つ魔王が、中庭を見渡す。
眼下には、集まった魔族たちが一様に口を引き締め、魔王を見上げていた。
魔王城の三階に位置する高さに備えられている獄曜石作りのバルコニーからは、噴水を中心に大きな広場が設けられていた。
更にその広場の周囲には刈りこまれた芝が植えられていたはずだが、今は居並ぶ群衆たちの姿によって見ることが出来ない。
それほどまでに多くの魔族達が中庭に集い、ひしめいていた。
ホブゴブリン、ダークエルフ、ミノタウロス、オーガ、コボルト、ウェアウルフ、そしてオーク達等々、集まった魔族達は実に多様性に富んだ面々だった。
皆が皆、バルコニーに立つ魔王を見上げ、言葉を待っている。
彼らの多くはあちこちにキズを負っており、五体満足な者はほぼいない。
折れた腕を三角巾で吊るしているダークエルフがいた。
足に包帯を巻き、松葉杖をついているウェアウルフがいた。
血のにじむ眼帯を右目にかけているオークがいた。
そのどれもが戦で負った傷であった。
魔王がラッパの形をした声を増幅させるマジックアイテムを手に持ち、口元へと運ぶ。
そして大きく息を吸い、中庭に集まる群衆たち全員にもれなく聞かせるよう、堂々たる声で語りかけた。
「我が偉大なる魔王国の戦士たちよ! 今夜我々は、信じられない、歴史的な大勝利を掴んだ! 本当に素晴らしい勝利だ!」
うおおおお、という地を揺らすような歓声が中庭に集まった群衆たちから上がった。
眼帯をした片目のオークが魔王国の国旗を掲げて雄たけびを上げる。
「魔王国万歳! 魔王様万歳!」
割れんばかりの拍手、そして歓声が中庭を揺らす。
集まった群衆たちの声援が静まるのを待って、魔王がスピーチを続けた。
「あのバンパイア共! ロクに働かず、我々が額に汗して作った小麦をずる賢く買い占め、不当に儲け、我々の財産を生き血の如く吸う忌々しい連中は、今宵滅んだ! 彼らは我が民を苦しめ、魔王国を苦しめた! だが、諸君らがやってのけた! 奴らが臆病にも地下深くに構えていた根城も、諸君らと共に練り上げた大魔術バンガードバスターで叩き壊してやった! この魔王は魔族の味方だが、それ以上に諸君ら魔王国臣民の味方だ! 諸君らを苦しめる者は、たとえ同じ魔族であろうと容赦はしない!」
魔王がマントをひるがえす。
黒竜の皮をなめして作られたマントの中から、オーガも羨む堂々たる体躯が現れた。
「我々は、沢山の素晴らしい戦友を失った。勇猛果敢なる同胞たちを。特に、オークの同志たち。君たちは自らの意志で最前線に立ち、先陣を切って死を恐れず強大なバンパイア共を相手に立ち向かった! 君たちの流した血は、決して無駄にはならない。奴らが不当に買い占め枯れ細らせた大地は、君たちオークの流した尊い血で、今度こそ豊穣に小麦を実らせる事だろう! もう我々を飢えさせるものはいない! 同じ魔族でありながら小麦を買い占めパンをくすね、ピザを奪う者達は、全て太陽に焼かれ灰となり消えた! 魔王国に歯向かう不届きなバンパイア共は、我々の手で白日の下に晒して塵にしてやった!」
丸太のような腕を曲げ、魔王が自らの分厚い胸板を親指で差し、吠える。
「我々は魔王国の誇り高き魔族だ! 何者にも屈しない! 我々は同じ魔族には寛容だが、その懐の広さに付け込む者、我が同胞に害をなす者に容赦はしない! 今、戦争と不作で我が魔王国は疲弊している。だが、国を蝕む害虫共はもういない! いないんだ! 君たちが、我々が、やっつけた! 叩きのめしてやった! 栄光を、名誉を取り返した! 今こそ力強く復興する時だ! 家に帰り、パンを焼き、ピザを切り分け、愛する家族と共に食卓を囲もう! メイク・魔王国・グレート・アゲイン! ありがとう! ありがとう!」
魔王が拡声器を下ろし、高々と拳を掲げる。
一陣の風が吹き、魔王の背後、頭上に掲げられていた国旗が大きくはためいた。
中庭に集まった魔族の群衆たちから、一層大きな歓声が上がった。
喉が枯れるまで魔王国と魔王を賞賛する者達、そして互いに抱き合い涙を流して勝利と平和を喜ぶ者達。
中庭に集う魔族達は種を超えて互いを称え合っていた。
いつまでも、いつまでも。
「いやー、マジで上手く行ったなー! さすがは参謀。ロクでもねー悪だくみを考えさせたら右に出る奴いねーな!」
演説を終え、玉座に深々と座った魔王が傍らに立つ参謀を賞賛する。
「これで小麦騒動の全ての責任を、バンパイア達に押し付ける事が出来ました。大義名分を盾に反抗的なバンパイア国家を攻め滅ぼし、国内で臣民の結束を高め次回の惨議院選挙の地盤も固められました。ですが一番の成果は、うるさいオーク達の口減らしが出来た事ですね。買い占める者がいなくなり、食べる者が減れば、多少不作だろうがおのずと小麦も行き渡ります」
「それな! クレーマーを煽って戦場送りにして、特攻させてぶち殺すとかさ、発想が邪悪すぎて魔王の俺もびっくりだわ!」
「お褒めにあずかり光栄です。ところで魔王様、一つ報告がありまして」
「あー、何? どうしたん?」
「今度は人参が不作になりまして。キャロットライスが食べられないとケンタウロス達が騒いでいます。キャロットライスと言えば彼らのソウルフード。それが食べられないとあれば、彼らが暴動を起こす可能性が……」
「ふっざけんな! どいつもこいつも食い物如きでガタガタ抜かしやがって! 好き嫌いせず何でも食えよ! つーかキャロットライスなんて、あんなもんチョコミントと同じでゲテモノのたぐいだろ! 魔界小学校の給食でも、いつもみんなに食べ残されてる殿堂入り不人気メニューじゃねえか!」
「魔王様、短気はいけません。せめて惨議員選挙が終わるまでは……」
「知るかあああ! ケンタウロスもオークもバンパイアも、みんなまとめてブチのめしてやらあ!」
魔王の怒りの雄たけびが、大広間に響いた。
ムギ騒動(その3)結……END
てなわけで。
今年、我々が散々っぱら振り回されたコメ騒動を、魔王様の世界にブチ込んでみた「ムギ騒動」は、これにて完結です!
このシリーズ「魔王と参謀」は、こんな具合で現代日本で話題になってるトレンドや物議を醸している物事を、片っ端からファンタジー世界に放り込んでいく話です。
「面白いやんけ!」と思って頂けた方も、そうで無い方も、チャンネル登録高評価よろしくね!
次回はチョロっと作中でも上がっていた、魔界惨議員選挙のお話をやります。
更新日は明日9月4日の朝6時!
それでは皆様、また明日!
以下、いつもの挨拶。
最後までお読み頂き有難うございます。
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