ムギ騒動!(その2)
「魔王様、例の小麦不足の件で報告です」
いつもと変わらぬ落ち着いた口調で、参謀が玉座に座る魔王に進言する。
いつものように異世界から取り寄せた漫画を読んでいた魔王が顔を上げ、興味無さげに尋ねた。
「あー、アレな。備蓄小麦、結構出してやったんだろ? 豚クズ共もこれでちったぁ落ち着いたか?」
「いえ、各地で暴動が起こっております。ニュースをご覧ください」
参謀がパチリと指を鳴らすと、大広間の扉が開いた。
黒曜樫作りの扉からは、人型をした人間大の砂の塊が現れる。
サンドゴーレムだ。
一歩一歩、足を踏み出すごとにザラザラと音を立てながら、参謀と魔王の前へとやって来る。
魔王と参謀の前まで来ると、サンドゴーレムはその腹部を大きく幕状に引き伸ばし、薄い砂のカーテンを作る。
カーテンを作る砂粒は赤、緑、青の三色の物で出来ていた。
この三原色の砂を、サンドゴーレムが動かし組み合わせ光らせる事で、あらゆる画像、映像がカーテンに映し出されるのだ。
しかも、ポルターガイストを憑依させることで音まで出る。
『こんにちわ。MHK(魔界放送協会)お昼のニュースです』
無機質な青いスクリーンを背景に、スーツを着込んだダークエルフの女性キャスターがデスクに座り、神妙な面持ちで原稿を読み上げる。
『先日より続いております小麦の値上がりに、魔王城の城下町ではオーク達による抗議活動が激化しております。現地の映像をどうぞ』
サンドゴーレムの腹部には、魔王国の城下町の様子が映し出されていた。
街中をプラカードやポスターを掲げたオーク達が、怒りの表情で練り歩いている。
掲げられているプラカードには「ストップ家畜麦!」「俺達は豚じゃない!」「マトモなピザを食わせろ!」等、思い思いの怒りのメッセージが書かれていた。
ポスターには魔王の似顔絵が描かれており、赤い塗料で大きく✕印が付けられている。
拳を空に付き上げ、画面の中でオーク達が叫ぶ。
『10年落ちの、化石になってどっかで発掘されてそうな小麦なんざ出してきやがって! これで何かやった気になってんじゃねーぞ!』
『魔王さんよぉ! 豚や牛に食わせるような麦をお恵み下さって、俺たちオークを家畜扱いか? え? 家畜扱いかって聞いてんだよゴラァ!』
『打ち壊しか? 打ち壊しちゃうか? 小麦問屋ぶっ壊して回っちゃうか? 町中に火ぃつけて、小麦色にこんがり焼いちゃおっかなー!』
まだ立ち並ぶ店や建物を叩き壊しての略奪や暴動こそ起きてはおらず、オーク達は拳と怒号を上げるにとどまっている。
だが、それも時間の問題だろう事は明白だった。
「もう良い! 消せ!」
大広間に魔王の罵声が響いた。
魔王の怒気にあてられて、サンドゴーレムが一瞬で映像を消し元の人型に戻る。
「あ、もう結構ですよ。ご苦労様です。下がりなさい」
参謀の言葉を受けて、サンドゴーレムがいそいそと退席する。
魔王がギリギリと歯を食いしばりながら、絞り出すように呻いた。
「ク・ソ・豚ぁ! 思いあがりやがって! 何が『ストップ家畜麦』だ!『俺達は豚じゃない』だ! お前らどっからどうみても豚じゃねーか! 中級魔族の分際で、言いたい放題言いやがって! もうあいつら豚クズ共、まとめてぶっ殺して豚骨ラーメンの店を魔王国中にフランチャイズ展開しちゃおっかなー」
いら立ちの収まらない魔王が、玉座の手すりに力を込める。
砦の装甲板にも使われるほど硬度に優れたブラックミスライル製の手すりが、驚異的な握力に晒されギリギリと軋んだ音を立てる。
「お待ちください魔王様。フランチャイズ展開はビジネスの焼き畑農業。儲けが出るのも早いですが廃れるのも早く、大量に増やした店の後始末を考えると一時の思い付きで手を出して良い商売ではありません。今一度お考え直し下さい」
参謀が冷静に止めるが、魔王は苛立ちを隠せない。
「いやでもどうすんだよ。家畜に家畜の餌を与えたら、家畜が嫌だとゴネ出したんだぞ。殺処分するしかねーだろが。おう、口蹄疫の呪いバラ撒く準備しとけ。そんなに小麦が欲しいなら、あいつら畑に埋めて麦畑の肥やしにしてやんよ。本望だろ」
「魔王様。口蹄疫で一網打尽にするのも腕力で殺処分するのも、彼らを殺すのはこちらが返り血を浴びる覚悟さえすればいつでもできます。ですがとりあえず、短気を起こすのは選挙が終わるまではお待ちください。彼らはあれでも中級魔族。選挙権を持っている上に我々王政派である邪民党に結構な額の政治献金をしております。また、近年徐々になり手の少なくなっている上級魔族達の介護職に、逆十字病院に勤める看護士といった業種を支えているのも彼らなのです。労働力としての彼らに本格的にストを起こされたら、今度はあおりを食らう上級魔族達の中からも我々に反発する者達が出るでしょう」
忌々し気に魔王が舌打ちをする。
「めんどくさ! 参謀、やっぱ選挙制度なんてまだるっこしい制度やめてぶん殴り合いで偉い奴決める方がよくね? どうせ歯向かう奴が出たら結局最後は殴って言う事聞かせるわけだしさ。変わんねーじゃん」
「魔王様がそういうスタイルの政治運営をしていたから、内乱が多発して連日反逆者をボコり倒す外回りをする破目になったんじゃないですか。それで、面倒臭くてやってらんねーどうにかしろと我々に泣きついてきたのは魔王様ですよ。旧来の文句言う奴を直接拳でシバき倒して言う事聞かすスタイルに戻したいのでしたら、私どもはそうされても一向に構いませんけども。ですがその場合、今みたいに玉座で酒呑んでポテチ食べて異世界から取り寄せた漫画本を読んで、ひたすらダラける生活は出来なくなりますからね。一日中外を歩き続けて訪問販売や行商に精を出す、ホブゴブリンやハーフマンの商人達のようにワーカーホリックな毎日を送る事になるでしょう。それでもよろしいですか?」
参謀の進言に、魔王が耳をふさいでブンブンと首を横に振る。
その様子は、イヤイヤ期の子供さながらの幼さだった。
「嫌だ! 俺は働きたくないんだ! 出来る限り玉座で怠けて酒吞んで、ポテチ食って漫画読んでダラけていたい!」
「でしたら、その為の方策をどうぞ」
冷たく言い放つ参謀に、魔王が小指で耳を掻きながら答える。
「……あーダル。備蓄小麦が嫌なら、同盟国でも他所の国からでも輸入しちまえよ」
「農業の主要従事種族であるホブゴブリンや、ゴブリン達が被害を受ける事になりますが」
小指の先についた耳垢を、ふっと息を吹きかけて飛ばして魔王が尋ねた。
「ふーん。そいつらどの位票持ってるの? 今年の献金額いくら?」
「彼らはあまり政治活動に興味が無いのか、投票率そのものが悪く政治献金も雀の涙程度で、ほぼありませんね。下級魔族のゴブリンに至っては、そもそも投票権ありませんし」
「じゃあシラネ。やっちゃえ参謀」
「かしこまりました」
そう言うと、一礼した参謀は指を鳴らして自身の足元に魔法陣を浮かべる。
怪しく紫色に発行する魔法陣の中に沈み込むように、参謀はその身を消した。




