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魔王と参謀  作者: 熊ノ翁
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クマさんを殺すな!(その7)

「あいつら、相っ変わらず緊張感のない見た目してやがるよな」


 トコトコと、ぬいぐるみが歩くような愛くるしさで熊がゴブリン区画の街中へとやってくる。

 その姿からは、とらえた人間の妊婦の腹を好奇心から裂き、胎児を引きずり出して食べるわけでもなく放置して殺し、母親は上半身を齧り殺すなどという残忍な真似をするようにはとても思えない。

 同じ外観のぬいぐるみを人間の街中にでもおいていたら、子供などは喜んで抱きしめる事だろう。


 熊達は、昨日と同じくゴブリン達を追いかけまわしている。

 その様子は、人間にじゃれつく犬のようにも見えた。

 事実彼ら熊は、ゴブリン達に対する敵意や憎悪は微塵も無い。

 あるのは、感謝の気持ちだった。


『こんなに非力でいてくれてありがとう。おいしい肉でいてくれてありがとう。僕らは、君たちの事が大好きだよ』


 熊の感情を代弁するなら、こんな所だろうか。

 右に左にとじゃれつくように大きな体を揺らしながら、熊がゴブリン達へと近づく。

 その姿には、警戒心のカケラも感じなかった。

 むしろ相手に警戒心を抱かせないように、油断させるように、愛嬌を振りまいているようにすら見えた。

 ゴブリン達から危害を加えられるとは、毛ほども考えていないのだろう。

 川でシャケを獲る時に、シャケから反撃されると危惧する熊など居ないように。


「よーし、熊さん達がやって来たぞ! どんぐりの差し入れを急げ!」


 動物愛護団体のオークが、仲間たちに指示を出す。

 力自慢のミノタウロスが引いてきた、畑の収穫作業でも使えそうなほどの大きさの荷台を広場の前で止める。

 荷台には、どんぐりがたっぷり入った麻袋が大量に載せられていた。

 オークやホブゴブリン達が麻袋を担いで昨日と同じように地面にぶちまけようとしたところで、参謀が止めに入った。


「あ、皆さま。せっかくなので我々の用意したどんぐりの山の方に、こちらのどんぐりも合わせて貰っても良いですか? 熊の皆さんも一か所に大量にあった方が見つけやすいでしょうし」


「ん? そういう事なら別に構わないが?」


 特に反対する理由も無かったのか、麻袋を抱えた動物愛護団体のオークが参謀の提案を受け入れる。


「じゃあ魔王様、お願いします」


「おっけー!」


 参謀の言葉に、二つ返事で魔王がうなずくと、大量の麻袋が積み込まれた荷台へと大股で歩み寄った。


「ほれ、どいたどいた」


 荷台の近くにいた大柄なミノタウロスを、更に大柄な魔王が手を振って退ける。

 そして荷台の手押し棒を片手で掴んだ。

 魔王は、手首の力だけで積んでいた数百キロはあるどんぐりごとヒョイと持ち上げると、広場に向かって小石でも放り投げるが如く高々と投げ込んだ。

 荷台は綺麗な放物線を宙に描いて、どんぐりの山のてっぺんに逆さに落下する。

 当然と言うかなんというか、重量物を積んだ荷台は衝撃に耐えきれずバラバラに砕け、どんぐりの入った麻袋と共に山の一部となった。

 力自慢で知られるオークやミノタウロス達が、脳筋魔王の力業ぶりに目を見開く。


「熊達がもう近くまで来てんだからよー。んな一々袋開けて中身出してなんて、まだるっこしい真似やってられんだろ」


 パンパンと、手を叩いて木屑を魔王が払う。


「あ、ああ、うん。まあ、そうですね」


 魔王のパワープレイを前に、動物愛護団体の面々が頬を引き攣らせる。

 どんぐりを積み終えた所に、熊に負われて逃げるゴブリン達がやってくる。

 武器も持たずに広場へと逃げ込んでくるゴブリン達を見て、動物愛護団体の面々が高らかに嗤った。


「どうしたどうした! お前ら逃げるだけか!」


「あなた達! 熊さんとは同じ街の住民なんだから仲良くしなさい!」


「熊さんは我々と同じ魔界生まれの魔族だぞ! ちゃんと熊さん達と向き合え!」


 オークやダークエルフ、ミノタウロスにホブゴブリンといった動物愛護団体のバラエティ豊かな面々が、相変わらず無茶な事をゴブリン達に言う。

 必死の形相で逃げ惑うゴブリン達は、動物愛護団体達のヤジなど聞いている余裕はない。

 参謀の指示に従って熊に追いかけられながら、全力で広場のどんぐりの山へと駆け込んでくる。

 茶色く大きな毛玉が近づいてくるのを見て、動物愛護団体のメンバー達が口々に叫ぶ。


「熊さん達ー! ここに差し入れ用意してますよー!」


「こっちこっちー! おいしいどんぐりたっぷり持ってきたよー!」


「ゴブリンだけだとお腹に悪いよ! バランス良く食べような!」


 やってくる熊達に、温かい声を愛護団体の魔族達が投げかける。

 広場までゴブリンを追いかけてきた熊達は、どんぐりの山を見て嬉々として頭を突っ込み食らいつく。

 一心不乱にどんぐりをほおばる熊の首根っこを、魔王はむんずと掴むと放り投げた。


「あらよっと。そらよっと」


 先ほど荷台を片手で放り投げたように、魔王は熊の手や足や首根っこを掴むと次から次へと軽々投げていった。

 投げた先は、南門へと続く大通りだ。


「な、な、な、何をするんだ魔王! こら!」


 突然の魔王の行動に、敬称をつけるのも忘れて動物愛護団体の面々が止めに入る。

 半トン程はある熊の巨体を持ち上げている魔王の腕を、オークが掴んだ。


「あー? 何すんだってこうすんだよ!」


 魔王が、腕をつかむオークもろとも熊を南門へ続く大通りへと投げ捨てる。

 二つの巨体が民家の屋根を超える高さで宙を舞い、どしゃあ、と重々しい音を立てて地面に落ちた。

 魔王に投げ飛ばされ、どんぐりの山の向こう側の大通りに顔面から叩きつけられたオークがよろめきながらも立ち上がる。

 熊達は、まだ目を回したまま座り込んでいた。


「おいこら魔王! なにしやがるんだ!」


 噴き出す鼻血を手で押さえ、投げられたオークが野太い声で怒鳴り散らす。

 当然と言えば当然の抗議だが、しかし魔王は耳を貸さない。


「参謀! 任せた!」


「かしこまりました」


 その場で一礼した参謀が、白手袋を嵌めた指をパチリと鳴らす。


「おわっ!?」


 ぼたぼたと鼻血を地面に垂らして小さな赤いシミを作っていたオークが、バランスを崩して足を滑らせ、再び顔面から地面に叩きつけられる。


「な、なんだぁ?」


 どうにか上体だけは起こしたオークが、状況が呑み込めず当惑する。

 オークは、地べたに膝をついたままの状態でありながら南門に向かって、まるで川に流されているかのように地面を滑り運ばれていた。

 それもオーク一匹だけではない。

 魔王の手によって大通りに投げ飛ばされた熊達も、一緒に地面を滑ってる。

 氷の上で平たい石を思い切り蹴り飛ばしたような感じだろうか。

 相当な速度が出ている。

 事実、先頭の熊は勢いそのまま修理中の南門にブチ当たり、扉を直していたドワーフ達と共に城下町の中へと入っていった。

 他の大通りで倒れている熊達も、次々と吸い込まれるように壊れた南門を通って壁の中の城下町へと運ばれていく。


「おおおお!? 熊? どうして!?」


「次々来るぞ! どーなってんだオイ!」


 門を修理していたドワーフやオークの大工達が、次々と音もなく流れ込んでくる熊達を見て騒ぎ立てる。

 壁の中に滑るように運び込まれる熊達を見て、大工達がどうにか止めようとあわてて道の中央へと立ちはだかる。

 だが、動く地面に足をすくわれ、熊達と一緒に壁内の城下町へと運ばれていった。


「おい魔王! これはどういうつもりだ!?」


 ポイポイと、ゴミをゴミ捨て場に投げ込むようにやって来た熊を大通りへ投げ込む魔王の胸倉を、動物愛護団体のミノタウロスが掴む。

 身の丈2メートル以上はあるミノタウロスだが、それでも魔王の方が頭一つ高い。

 鋭い角の生えたミノタウロスを見下ろして、魔王が傲然と言い放った。


「あー? だからお前らに協力するってさっき言っただろが。狂牛病かテメー」


 Tシャツにプリントしてある『熊さんダイスキ!』の文字を強調するように、魔王が分厚い胸を親指で示す。

 魔王の挑発じみた返答に、当然ながら動物保護団体のミノタウロスは納得しない。


「だったらなんでこんな真似してんだ!」


「お前らのお望み通り、熊共を中級魔族の魔王国民として受け入れてやる事にしたんだよ。あいつらは今後魔王国の城下町は全てフリーパスだ。来た奴は全頭壁内に招き入れてやっからよ、ご近所さん同士仲良くするんだぞ」


 魔王からの予想外の返答に、ミノタウロスが目を見開く。

 胸倉を掴んでいたミノタウロスが、太い前腕を魔王に掴まれた。

 魔王は力自慢のミノタウロスを事もなげにひねり上げる。

 そして、先ほど投げ込んだ熊達同様、片手でミノタウロスの巨体を放り投げて城下町の中へと叩き込んだ。



クマさんを殺すな!(その7)……END

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