クマさんを殺すな!(その6)
「おーい参謀、用意は出来たか?」
「はい、魔王様。いつでも良いですよ」
大暴れしてゴブリン区画を更地に変えた魔王は、翌日参謀を連れて再び広場に来ていた。
広場と言っても見える景色は全然違い、元々あった建造物は全てがれきの山となっているわけだが。
ゴブリンの街は、熊と、そして主に魔王が暴れ回ったせいで壊滅的な被害を被っていた。
ゴブリン区画に元々建っていたボロい家屋はほぼ全てが倒壊していた。
城下町へと続く大きな南門も、魔王の手により熊の巨体をぶん投げられ完全に粉砕されていた。
「さーて、熊共は今日も来るかねぇ」
魔王が首をゴキゴキ鳴らして隣の参謀に尋ねる。
「とりあえず、アク抜きした大量のどんぐりは用意しました。ケガを負ったゴブリン達の血の臭いも、今頃は山には届いているでしょう。まず間違いなくは来るかと」
参謀が白手袋を嵌めた手で、広場にうず高く大量に盛られたドングリの山を示す。
ぱっと見、ヒグマ数十頭分の胃袋を満たせそうな分量だ。
どんぐりの山の向こうには、昨日魔王が熊を投げ込んで叩き壊したままの南門があった。
大工道具を携えた、ひげ面のドワーフや腹の出たオーク達が、扉の採寸を図ったり木材を切って扉本体を作ったりと修復作業にいそしんでいる。
が、まだ作業に取り掛かり始めたばかりで修繕には時間がかかりそうだ。
「あ、あの、魔王様。本日はどういったご用件で?」
頭を包帯で撒いた1匹のゴブリンが歩み出て、震える声で魔王に問いかける。
魔王が振り向くと、頭や腕や腹や胸にボロ布ではなく清潔な白い包帯の撒かれたゴブリン達がいた。
昨日熊に襲われ、ついでに暴れる魔王に巻き込まれ負傷したゴブリン達は、参謀の派遣した逆十字病院の医師や看護師たちによりその日のうちに手当てを受けていた。
重傷で身動きの取れない者はそのまま病院に担ぎ込まれ、比較的軽症の者はこうして目の前のゴブリンのように街……というか廃墟に戻されていた。
「あー、お前らか」
振り向いた魔王の姿を見て、ゴブリン達が一様に息をのんだ。
魔王は『熊さんダイスキ!』と胸元にデカデカと書かれたTシャツを着ていた。
首には、ラッパ型の拡声器をぶら下げている。
これまで、ゴブリン達の熊撃退活動を散々邪魔してきた動物愛護団体の者達がしている服装と、まるで同じ格好だ。
「いや、すまんな。俺が暴れた場所に偶然お前らの家があったみたいで、ほんとたまたまぶっ壊して更地にしちまってよ。ここは一つ、大災に遭ったものだとでも思って気持ち切り替えていこうな!」
ポンポンと、魔王がしゃがみこんでゴブリンの頭に手を乗せる。
身長2メートル半はある魔王からすると、人間の子供ほどの身長しかないゴブリンはしゃがみこんでようやく同じ程度の背丈だ。
包帯の巻かれた頭を無造作に撫でられたゴブリンが、痛みに歯を食いしばる。
「街を叩き壊した元凶の魔王様がそれを言いますか」
参謀が、身勝手極まりない魔王を咎める。
「うっせ、うっせ! いーんだよ俺は! 魔王様だぞ!?」
ゴブリンの頭から手を離し、顔を真っ赤にして反論になってない反論をする。
「ま、魔王様。我々の手当てをして下さり、そればかりか我々家を失った者たちへ、雨風を凌げるテントまで用意してくださって大変感謝しておりましてその……」
動物愛護団体と同じ服装をしている魔王に一抹の不安を感じながらも、あえてそこに触れる事はせずに、ゴブリンがこうべを垂れて感謝の言葉を述べる。
ひれ伏し謝辞を述べるゴブリンの腰巻を、魔王がひょいと片手で掴んで持ち上げた。
「そーら参謀、見た事か! コイツら俺様に感謝してんじゃねーか!」
掴んだゴブリンの体を、参謀の眼前でブラブラと魔王が得意満面に揺らす。
「いや魔王様。治療班を作ってゴブリン達を手当てしたのも病院に搬送したのも、ゴブリン区画の修繕計画を練ってるのもこのテント立てるための救援物資送り届けたのも全部私共ですからね。魔王様は同じ脳筋仲間のヒグマをぶん回して街を破壊し、大量のゴブリン達を病院送りにして、更に城下町に続く南門を叩き壊しただけで、感謝される事は何一つしてないじゃないですか。立場の弱い者の、立場の弱さからくる肯定意見を考え無しに受け入れるのは、馬鹿のやる事ですよ」
参謀が、額に手を当てて空を呆れたように仰ぐ。
呆れたように、というか実際呆れているわけだが。
「なにをお!? おいゴブリン、お前なんか言ってやれ!」
片手でゴブリンの腰ミノを掴み、宙にぶら下げていた魔王が無茶な命令をする。
下級魔族が上級魔族に逆らうのは、別に禁止はされていないが大抵の場合において返り討ちにされるのがオチだ。
というか、柴犬と喧嘩してギリギリ勝てるかどうかといった程度の力しか無いゴブリンが、仮にも上級魔族である参謀になど歯向かえるはずも無い。
これが命知らずの脳筋魔族なオークやミノタウロス達だったなら、話は別だろうが。
「あ、え? ええ!? そ、そ、そんな、私如きが参謀様に口答えするなんて……」
案の定、ゴブリンは脂汗を垂らして魔王に言い訳をし始める。
「あー、なんだぁ!? お前、この魔王様の命令が聞けねえってのか!?」
言い訳をするゴブリンにむかっ腹が立った魔王が、腰ミノを掴む手首を返した。
魔王とゴブリンが、互いに顔を見合わせる形になる。
岩を削りだしたような大きな顔で魔王がにらみつけ、フシューと鼻息を吐いた。
噴火する寸前の火山のような不穏さを感じたゴブリンが、必死に首を横に振り魔王に無抵抗の意思を伝えようとする。
「いいいいいえいえいえいえいえ! けけけけけっしてそそそのような事は!」
哀れなゴブリンを見かねて、参謀が魔王の腕に白手袋を嵌めた手を乗せて諫めた。
「……魔王様。いくら何でも、オツムの弱さで知られるゴブリンに弁護を頼むのは、どうかお止めになってください。馬鹿と罵った手前、私が言うのもおかしな話ですが、まさか馬や鹿に申し訳なさを感じる破目になるとは思いませんでした」
「お、なんかよくわかんないけど、申し訳なさを感じるって事はアレだな。俺様の勝ちだな」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らし、魔王がゴブリンを地面に下ろす。
「よーし、じゃあゴブリン共。今日はお前らにやって貰いたいことがある」
「は、はい?」
「お前ら、クマカス共のエサになれ」
「ええええ!?!? いいいいいや、それは流石に……」
あまりに無茶な命令に、ゴブリン達がざわめき始める。
あちこちで「もう終わりだ」「やっぱり魔王様はとどめを刺しに来たんだ」「こんなのってあんまりだ」「散々利用されて、捨てられるだけの命なのか」とゴブリン達の嘆きが聞こえた。
肩を震わせ、ゴブリン達のすすり泣く声がそこここで上がる。
まるで葬式か何かのような陰鬱とした空気が流れた。
「な、なんだお前ら、急に辛気くせぇ」
エサになれと命じられ、地の底まで気分の沈み込んだゴブリン達を見て魔王がいぶかしむ。
「あー、魔王様魔王様。言葉が下手すぎてゴブリンの皆さんを思いっきり誤解させてますよ」
トコトコと魔王の前をさえぎるように、ゴブリン達の前に参謀が進み出る。
前に立ったところで、2.5mはある無駄にデカい魔王の巨体を隠す事など出来ないわけだが。
「いいですか、ゴブリンの皆さん。魔王様の奇抜な服装や奇異な言動を、いちいち気になんてしないで下さい。そしてまず、これだけは言っておきます。魔王様と私が今日ここに足を運んだのは、熊駆除の問題を解決するためです。あなた方には、そのためにおとりとなって貰いたい」
拡声器を手に持った参謀が、相変わらず抑揚のない声で語り掛ける。
感情を見せない分、参謀の声はすすり泣くゴブリン達に冷静さを取り戻させた。
「恐らく今日も、昨日と同じような時間に、熊達があなた方ゴブリンの皆さんを食べに襲撃に来ます。そこであなた方は、熊に遭遇したら奴らをひきつけ、このどんぐりの山まで熊を引き連れて逃げてほしいのです。立ち向かう必要はありません。どうせ動物愛護団体の皆様からの妨害もあるでしょうしね。逃げてここまでくれば、結構です。後は我々が対応します」
拡声器により響き渡る参謀の声を聞きつけて、ゴブリン達がわらわらと寄って来る。
「あー、そこのゴブリン達。どんぐりの山より後ろの大通りには、熊の襲撃が始まったら入らないで下さいね。危ないですよ」
参謀の注意に、南門側から広場に集まって来たゴブリン達が尋ねる。
「え、え? どう危ないんです?」
「まあ、デモンストレーションには丁度良いですか。こう危ないんです」
参謀が、パチリと指を鳴らすと南門側の大通りに立っていたゴブリン達が、一斉に足を滑らせて転んだ。
「ああ、俺様を転ばせた奴な。地味な魔法だよなそれ」
「地味ですけど便利ですよ。大がかりな土木工事を行う際にも役に立ちますしね。切り出した木材の運搬や、崩した土砂の除去とか。使いようによっては、地形だって変えられます」
「ふーん。そんなもんかね」
自分から話に首を突っ込んでおきながら、魔王はまるで興味がなさそうに欠伸をした。
そこへ、修理中の南門から動物愛護団体の面々がやって来る。
腹の出たオーク達に、逞しい四肢と牛頭を持つミノタウロスに、見た目はゴブリン達と同じながらも一回り大きな体格のホブゴブリン達に、上級魔族のダークエルフ達まで。
相変わらずバリエーション豊かな種族がそろっていた。
「ゴブリン達よ、武器を捨てて熊さんを受け入れろ! 彼らは我らと同じ魔族だ!」
「と言っても、この有様じゃあ武器なんてロクに無いだろうがなぁ! はっはっはぁ!」
「あなた方ゴブリン達は弱く愚かな存在でありながら、卑怯にも武器を使い、毒を用いて我ら魔族の同胞、熊さん達を不当に虐げた! 今度こそ、己の力だけで立ち向かえ! 弱肉強食の掟を受け入れろ」
魔王や参謀と同じく拡声器を手に持ち、昨日と同じように熊達の権利を過激に叫ぶ。
彼らの服装は、魔王と同じく「熊さんズ・LOVE」等の標語やメッセージの描かれたTシャツで統一されていた。
魔王と同じく、というか魔王自身が彼らを真似た服装をしているわけだが。
「おーおー。下級魔族のゴブリン共相手に、随分なイキりようじゃねーかお前ら」
のっしのっしと動物愛護団体の者達に近づき、先頭のダークエルフの女性の前で立ち止まる。
「魔王様。またいらしたのですね。何かご用ですか? それとも我々の熊さん保護の活動を邪魔しに……」
冷たく問いかけるダークエルフの女性の言葉を魔王が遮った。
「いや、Tシャツ目に入んねーのか。お前らと同じで熊の保護に来たんだよ俺は」
熊さんを殺すな、と胸元に書かれた自身の着ているシャツを、魔王が親指で差す。
動物愛護団体の面々が、熊達への差し入れで持ってきたどんぐりの入った麻袋を手にしたまま、いぶかし気に顔を見合わす。
「おいおい、なんてぇ顔してんだ。俺ぁ昨日のお前らの話を聞いて、その通りだと思い直したんだよ。なんだかんだで魔界の掟は弱肉強食だからな」
「では、私たちの邪魔をする気は無いと?」
「あったり前だ!」
ダークエルフの問いかけに、魔王が力強く自分の胸をドンと叩いた。
続いて参謀が、広場の中央に山積みとなっているどんぐりの山を指差し説明する。
「我々は、むしろあなた方の手伝いをしに来たのですよ。その証拠に、こうやって熊共の為にどんぐりの山も用意した次第でして」
魔王と参謀の物言いに動物愛護団体の面々が困惑をしていると、遠くからゴブリン達の叫び声が聞こえてきた。
「く、熊だぁぁぁ! 熊が来たぞおお!」
ギャアギャアと、夕暮れに集団で騒ぐムクドリのような悲鳴をゴブリン達が上げる。
一匹のゴブリンが口に手を当てて叫びながら、ゴブリン区画の入り口を指さしていた。
指し示された先には、粗末な木の門の残骸を踏み越えて続々とやって来る熊達の姿があった。
ちなみに、この木の門が何故壊れたのかと言うと、昨日熊をしばき倒すために暴れ回っていた魔王が原因である。
凶悪な殺傷力を持つ爪や牙、巨体を誇りながらもコロコロとしたフォルムの熊達は、見た目だけは相変わらず愛くるしい。
興味本位で人間の妊婦の腹を裂き、胎児を食べずに放置して母親の上半身をむさぼり喰らう。
そんな残忍さは、この見た目からは到底想像し得ない。
「お、ようやくお出ましだな」
ガン、と胸元で拳を魔王が打ち付ける。
火打ち石でも叩いたかのような硬い音が、拳の間で鳴った。
クマさんを殺すな!(その6)……END




