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魔王と参謀  作者: 熊ノ翁
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鬼滅の刀を規制しろ!(その4 結)

 重々しい音を立てて大広間の扉が開く。

 現れたのは、ダークエルフ特有の蜂蜜を煮詰めたような肌をした、グラマラスな女性だった。

 やや吊り目気味の瞳は長いまつげに縁どられており、唇はバラの花びらを思わせるほどに鮮やかな朱色をしている。

 肩口のあたりで切りそろえられたブルネットの髪が、大広間に差し込む明かりを受けてシルクのように艶めいていた。


 彼女の身を包む深紅のドレスは胸元が大胆に開かれ、豊かな胸の作る谷間を惜しげもなく晒していた。

 ドレスの裾は彼女の歩みに合わせて流れるように広がり、まるで血の川が床を這うかのようだ。

 街を歩けば、誰もが振り返るだろう、文句なしの美女である。

 しかし、彼女の美しさにはどこか近寄りがたい威圧感が漂っていた。

 鋭い視線と自信に満ちた物腰は、軽々しく声をかけようとする者を萎縮させるに十分だ。

 その雰囲気は、田舎育ちの人間の村娘のような牧歌的な物では到底無い。

 城に居を構え、配下や召使を従える王族のそれであった。

 事実、広い領土を持ち、ダークエルフ達を束ねる王を選出する投票権を持つ大長老の孫娘となると、その社会的地位は人間で言うところのプリンセスに近い。

 

 そもそも同じ村生まれの村育ちでも、人間の村とダークエルフのそれとは違う。

 物資が無く経済的に貧困で建築技術が未発達な事の多い人間の村とは違い、ダークエルフ達は草木があればその優れた魔法技術で果実でも穀物でも建造物でも好きに作り出すことが出来る。

 よって、人間と違いダークエルフ達は村を物理的に発展させる必要が無いのだ。

 彼らダークエルフにとって発展している集落とは、人間のように建築物や人口がどれだけ多いかではない。

 魔力が強く魔法技術の高い住人がどれだけいるかだ。

 その点、彼女の住む村は魔力が強く魔法技術に優れたダークエルフ達が数多く住んでおり、人間で言うなら大都会と言っていいほどの発展具合だった。

 堂々と大広間を進み、魔王の座る玉座の前でダークエルフの美姫が立ち止まる。


「これはこれは。ダークエルフの大長老が一人、ギンピール様の孫娘マンチニア嬢。遠路はるばる我が魔王城までご足労頂き有難うございます。大長老はご健勝で?」


 執事服に身を包み、牛の頭蓋骨のような頭部を持つ魔族が一礼をする。


 マンチニアと呼ばれたダークエルフの姫君は、参謀の挨拶に、軽く眉を上げて応じた。

 彼女の声は透き通るような響きを持ちつつも、どこか挑戦的な響きを帯びている。


「魔王様、参謀さん、ごきげんよう。そういう形だけの挨拶は結構です」


「形だけなんてとんでもない。大長老のギンピール様は先代魔王様とも親交のある、魔界の生き字引のようなお方。御身を案ずるのは国政に関わる者として当然でしょう」


 マンチニアが小さく鼻で笑う。

 彼女の瞳には、参謀の言葉を切って捨てるような不遜さが宿っていた。


「元気よ。今日も朝食を2度食べて、給仕に三度目の朝食をねだっていたわ」


「それはその、老いて尚ご健啖な事で」


 言いつくろう参謀に、しかしマンチニアの返答は冷たい。


「ボケてるだけでしょ。そういうの良いから、早く鬼滅の刀を全魔界から回収してもらえるかしら」


 いきなりと言えばいきなりな要求に、参謀が一瞬言葉に詰まる。

 

「マンチニア嬢、突然そのように言われましても困ります。あの漫画は魔王国大手出版社、三途の川書店のドル箱コンテンツです。何の理由もなく『はいそうですか』と回収なんて出来ませんよ。あなたが漫画の出版停止に伴う遺失利益分を支払うというのでしたら話は別ですが」


 マンチニアの唇が、挑むように弧を描く。


「へえ。ちなみに、おいくらかしら?」


「魔界で一番流通しているディアボロス金貨に換算して、ざっと550万枚といったところでしょうか。あなたの祖父ギンピール様が持つ全ての領土、全ての財産を差し出して頂いて、まあどうにかトントンといった所でしょうね。お譲り頂けるというのなら、こちらも考えますよ」


 マンチニアの目が一瞬細まる。

 髪をかき上げ、玉座の傍らに立つ参謀を冷ややかに見つめた。


「論外ね。あんな紙屑のために、なんで私の一族の領土を渡さなければならないの? ありえないわ。むしろ出版側には、私たち女性に賠償金と慰謝料を支払うべきでしょう?」


「鬼滅の漫画を出版する事で、何故女性への賠償義務が発生するのか、ちょっと関連性がまるで見えないのですがご説明頂いてもよろしいですか?」


 マンチニアが、まるで子供に言い聞かせるように参謀に語り掛けた。


「あなた、あの漫画を読んだ事ある? あれがどれだけ女性をバカにしているか、読んでも理解できなかったの?」


「はい。鬼滅の刀に関しては、まだ魔界で未発行分の最終巻まで全て読みましたが、女性を殊更バカにするような描写は無かったかと思われます。まあ、あったところで所詮は架空の物語ですし何か問題があるとは思えませんが」


 ダークエルフの姫君の頬が、軽い苛立ちに痙攣する。


「あら、魔王国の参謀は切れ者と聞いていたけど、それも知れた物ね」


 マンチニアの皮肉を、しかし参謀は取り合わない。


「すいません。何分、不勉強なもので。ご教授頂けると幸いです」


 マンチニアは深紅のドレスの裾を軽く持ち上げ、玉座の近くまで進み出た。

 彼女の手には、一冊の漫画が握られていた。

 パラパラとページをめくり、参謀に突きつける。

 開かれたページには、竹筒を口にくわえた少女が、籠の中から顔を覗かせる様子が描かれていた。


「あの漫画に出てくるキャラクターは、非常に女性を差別的に扱っています。例えばこの、吸血鬼に変えられた主人公の妹。彼女は口に竹筒を咥えさせられ、籠に入れられ、日光を浴びることが許されないという状況です。あれは『女性は意思表示せず黙れ』『女性は家庭を守れ』『女性は目立つな』というメッセージに他なりません」


「……ちょっと何を言っているのかわからないので、少し理解する時間を頂けませんか?」


 話す言葉は分かるのに、話の意味が解らない、といった体の参謀が頭を押さえる。

 頭を抱える参謀の様子に、マンチニアがどこか勝ち誇ったように傲然と告げた。


「いいわよ。あの作品がいかに女性を差別しているか、よく噛み締めて考えて。あなたみたいな、女性の気持ちの分からなそうな方には難しいかもしれないけど」


 参謀が腕を組み、自分が言った言葉の通りにしばしの間、考え込む。


「うーん。よく噛み締めて考えてみたのですが、考えすぎなんじゃないです? マンチニア嬢の解釈ですと、甲冑を着こんで遠い戦地で戦う男が主役の話なんかは全て『いいから男は外で働き続けてろ。家に帰ってくるな』というメッセージになってしまいますが」


「屁理屈ね。だからあなた、モテないと思う」


 マンチニア嬢が、参謀の反論を即座に切って捨てた。


「いや私、一応妻帯者なので。モテようがモテまいがその辺割とどうでもいい身なのですけども……」


 言っても無駄だろうと参謀自身も薄々感じつつ言い返す。

 そして、これは参謀としては実に珍しく、助けを求めるように魔王へと伺いを立てた。


「ええとその、魔王様はどう思われます? 先ほどから何も発言されずに黙ったままですが」


 玉座に座り黙りこくっていた魔王が、厳かに口を開く。


「……参謀よ」


「はい」


「このお嬢さんの言う事はすべて正しい。俺もあの鬼滅の刀はじょせーべっしの酷い作品だと、読んでいて常々危惧していたんだ」


「……はい?」


 魔王からの想定外の発言に、参謀が思わず聞き返す。

 無理もない話だ。

 ついさっきまで『ダークエルフの田舎娘を嗤ってやる』だの何だのと言い、鬼滅の規制を求めてきたヴァンパイアに対して、事あるごとに殺そうとしていた魔王からは考えられない発言だった。

 マンチニアが、魔王の言葉に目を輝かせる。


「さすが魔王様! 女性の気持ちをよくおわかりですわ!」


「はっはっは、いやなに。この魔王、女心には敏いともっぱらの評判でね。あの人気漫画がどれだけ女性を傷つけているかを思うと、本当に胸が痛む」


 いつもの「死ねやお前」だの「うるせーぶっ殺すぞ」だのといったガサツな魔王の物言いからは想像もつかない、落ち着いた言葉遣いだった。

 マンチニアが魔王の言葉に感じ入ったように深く頷く。

 そして漫画を手に持ったまま玉座の脇にぴたりと寄り添うと漫画を開き、特定のページを指さした。

 開かれたページには、胸元の大きく開いた服を着る、ピンク色の髪をした女性の姿が描かれていた。


「女性の気持ちを深く理解される魔王様でしたら、この漫画がいかに差別的表現に満ちたものかお判りでしょう!? 見てください。この下品なピンク色の髪をした、愛柱だか何だか言う女戦士を!」


 魔王はマンチニアの差し出した漫画を見るふりをしながら、彼女の豊満な胸元をひたすら凝視して答えた。


「お? おお。このおっぱいぷりんぷりんしてる柱の……」


「そう! このおっぱいぷりんぷりん柱です! 淫乱ピンクの小娘に相応しい役職名ですわ! 流石は魔王様!」


「はっはっは! いやあそれほどでも」


 褒められたことに気を良くし、魔王が鼻の下を伸ばして笑った。

 完全にマンチニアの色香に惑わされている。

 マンチニア本人は、特に狙ってやってるわけではないのだろうが。

 二人のやり取りをハタから見ていた参謀が、呆れたようにぼやいた。


「なんですか、その頭の悪そうなネーミングは」


 そのぼやきを聞き逃さなかったマンチニアが、参謀を睨みつける。


「頭が悪くてモテなさそうな参謀さんは黙っててくれる?」


「そうだぞ、非モテ臭い陰湿陰険悪辣性悪牛骨仮面よ。女心の分からないお前がいらん事を言うと、魔王国の長たる俺のセンスが疑われるんだ。ここはモテまくり勝ち組アルファオスなイケメン魔王様に任せて、少し黙ってろ」


 魔王も、ここぞとばかりにマンチニアに賛同する。

 二人からたしなめられた参謀が、肩をすくめた。

 マンチニアが、勝ち誇ったような嘲笑を参謀へと向ける。

 そして魔王に再び視線を向け、ページをめくって怒涛の勢いでしゃべり倒す。


「そんな事より魔王様。鬼滅のこちらのエピソード、お読みになられました? 話の舞台がよりにもよって売春街なんですよ!? あんな女性の体をオモチャみたいに扱い性的搾取する淫らな場所を! どう考えても物語として面白半分に扱っていい場所ではないでしょう!? 規制すべきです! 魔王様もそう思いますよね!?」


 怒りに腕を震わせ、ついでに胸も震わせているダークエルフの姫の胸元を凝視していた魔王が、はっと我に返ってうなずいた。


「そ、そうな! えっちなのはいけないと思います!」


 35万年間童貞を守り抜いてきた魔王には、ダークエルフのプリンセスのおっぱいは刺激が強すぎたようだ。

 壊れた人形さながらに、言われた事をただひたすら全肯定し続けている。


「いやぁ。貧しく歓楽街で体を売るしかない、不幸な身の上の女性を主要人物に据えた古典作品など割とありふれていますし、ことさら騒ぐほどの物でも無いような気が……」


 参謀の反論に、しかしマンチニアは耳を貸さない。

 怒涛の勢いで言い返す。


「いいえ! 女性を娯楽として軽々しく扱う事は許されません! あなたは日頃から性差別的な価値観の中で生きているから、女性の体を弄ぶあんな場所が話の舞台である事にも何の疑問も抱かずに読めるんでしょうね! 女性の気持ちの分かる常識的な男性でしたら、あの漫画の異常さに気付き嫌悪感を抱くのが当たり前よ! 魔王様もそう思いますよね!? ね!?」


 玉座の手すりに腰を掛け、身を乗り出して魔王の腕をつかみ、体を密着させながら、マンチニア嬢が同意を迫る。


「も、もちろんだ! あれはけしからん! 実にけしからんおっぱいだ!」


 胸の谷間を凝視しながら、魔王が一も二もなく同意した。

 怒りに腕を震わせ、ついでに胸も震わせて、マンチニアが歯ぎしりをする。

 握りしめている漫画のページには遊郭編と副題が書かれており、体格の良い派手な身なりの男が薄着の嫁を3人ほど引き連れて、吸血鬼と戦う様子が描かれていた。


「あんな乳房が零れそうな格好で戦闘をこなすなんて、どう考えてもおかしいでしょう! 女はマトモな格好で戦う事すら許されないと言うの!?」


 マンチニアの胸元を凝視しながら、勢いだけで魔王が言葉を返す。


「そうだ! 大体なんで嫁三人もいるんだよ! ざっけんなよ!」


「ええ、ええ、その通りです魔王様! 何なんですかあの派手男は! ハーレム気取りで嫁を囲って、しかもマトモな防具も渡さずに、水着か何かのような淫らな格好で戦わせて! あんな女性の敵、ド派手に死んだ方が世のため女性のためです!」


二人の興奮したやり取りに、参謀がいい加減にしろとばかりに口を挟んだ。


「魔王様とマンチニア様。申し訳ないのですが、お二人同時にステレオ音響で発狂されると私の鼓膜と頭がどうにかなりそうなので、可能なら一人ずつにしてもらえませんか?」


マンチニアが参謀を睨みつけ、声を荒げる。


「発狂!? 発狂ですって!? 女性をこんなにバカにした漫画が魔界中に出回っていて、あなたみたいにすまし顔で平然としていられる方がどうかしてるわ!」


「そうだそうだ! お前のツラはどうかしてるぞ参謀!」


 どさくさに紛れて魔王が参謀をケナしだす。

 マンチニアは、ピンクの髪のキャラクターがよほど気に食わないのか、先ほど開いていたページを再度開いて興奮気味に愚痴を吐く。


「大体なんなんですかこの淫乱ピンク! 胸丸出しで外をほっつき歩き、男と見れば頬を赤らめ、格好いいだかわいいだと全肯定で褒めそやし、付き合う男を見繕うために戦場に身を投じるなど、どう考えてもマトモな女性の思考じゃありません! こんな脳みその代わりに桜餅でも詰まってそうな頭お花畑のアバズレが主要女性キャラクターとして肯定的に描かれている事は、キッパリと全魔界の女性に対する侮辱です! 女は仕える男を常に探し回り、男の目を楽しませる為に肌を見せ、何の意思も主体性も無く女性自身の権利を放棄して、男をひたすら『すごいすごい』とヨイショせよと言ってるも同じなんですよ!」


 マンチニアの熱弁に、参謀が静かに反論した。


「いやいや。それを言ったらマンチニア嬢、あなたの格好もそこの漫画のキャラクターと大して変わらない露出度の高さじゃないですか」


「はぁ? 参謀さん、あなたバカなの? 漫画のキャラクターと、現実に生きる私をごっちゃにして語らないでもらえる? これだから知能の低いクソオスは」


 侮蔑の感情を隠そうともせずにマンチニアが吐き捨てた。

 それを、例によって魔王が全肯定する。


「そうだそうだ! いいか参謀! 女の子はな、一人につきおっぱい二つにお尻二つ、太もも二つついてんだよ! 玉が2つに竿1つしかついてない俺たち男より優れた存在なんだ! そこんとこ、ちゃんと意識のアップデートしてわきまえなきゃダメだぞ!」


「うーん、ここまで清々しいほどにダブルスタンダードな意見を正面切って言われると、私としても反論しづらいですねぇ。あと魔王様、会話が理解できないのは分かりましたから、無理に入ってこないもらえませんか? ただでさえ収拾つかない会話が、尚の事とっちらかってわけがわからなくなりますので」


 マンチニアが参謀の言葉を無視して魔王を褒めそやす。


「本当に素晴らしいですわ魔王様! 私、まさか魔王様がこれほどまでに女性に理解のある方だとは思っておりませんでした!」


 彼女は魔王の言葉に感じ入ったのか、大きくうなずく。


「そうなんです! クソオスは生まれながらの下等生物! 子を産み育てられる女性と違い、うんこしか産めない生物として劣った出来損ないなんです! 嗚呼、全てのクソオス共が魔王様のように世の真実を理解し受け入れ、謙虚で慎み深い存在なら良かったのに!」


 魔王はマンチニアの言葉に気を良くし、胸を張った。


「はっはっは。マンチニア嬢、それはムチャと言う物だろう。魔界も人間界も、オス共は女性の気持ちなどロクに理解もできないクズばかり。女心を深く知り、女性の扱いを心得た紳士は魔界広しと言えど、この魔王を含めてそう多くはいない。大抵の男は、そこの参謀のような女性の扱い方を知らないクソオスばかりだ」


 マンチニアが参謀を冷淡に一瞥する。


「なんて嘆かわしいんでしょう! 魔王様の傍に仕えていながらこのザマなんて、学ぶという事を知らないのかしら。魔王様は何故、低能低俗なクソオスの分際で女性を下に見ようとする、こんな牛丼にチーズかけて食べてばかりいそうなチー牛仮面をクビにせず手元に置いているのですか?」


 意味の分からない難癖同然な偏見に、参謀が無駄だと知りつつ反論する。


「別に牛丼にチーズをかけようが大根おろしをかけようが、どうでも良いかと思うのですが。まあ、私は牛丼食べませんけど」


 参謀の意見を完全に無視して、魔王がマンチニアの肩を持つ。


「マンチニア嬢よ。確かにそこの参謀は性格も頭も悪く、そのくせ口答えだけは100人前な、牛丼に三種のチーズをかけて食べてばかりの低能だ。しかし、そんな出来も口も頭も性格も悪い配下であろうと、見捨てず成長を見守ってやる事こそ、魔族の王たる者の務めだと俺は思っている」


「いやだから私はそもそも牛丼食べませんて。ほぼ同族ですし」


 魔王の見え透いた『僕は懐が広いですよ』アピールに、参謀がほとほとあきれ果てながらも反論する。

 頭部が牛の頭蓋骨な二足歩行する牛、といったビジュアルの参謀からすると、牛を食べる事は人間で言うところのカニバリズムと同様抵抗のある事のようだ。

 だが、この場に参謀の言葉に耳を貸す者はいなかった。


「まあ、なんて寛大なんでしょう! こんな生きる価値のないクソオスにすら情けをかけられるなんて! 魔王国を治める方は、器の大きさが違いますわ!」


 マンチニアが魔王の言葉に目を輝かせ、感嘆の声を上げる。

 彼女の賞賛に満足げに笑い、魔王が玉座でぶっとい足を組みなおした。


「いやなに、魔族を導く者として当然の心得ですよ。ところでマンチニア嬢、どうです? この後魔王城の最上階で、女性とはどうあるべきか、どう扱われるべきかについて語らいながらディナーというのは」


 はたから見ていれば下心丸出しなのが丸わかりな魔王の誘いに、マンチニアが一瞬目を丸くする。


「あら、嬉しいお誘い! ですが魔王様、申し訳ありません。せっかくのご厚意を断るのは大変心苦しいのですが、今日はこの後式典の準備の打ち合わせが入っておりまして、ご一緒することが出来ないのです」


 魔王は一瞬、がっかりした表情を浮かべたが、すぐに取り繕った笑顔を張り付ける。


「お? おお! そっかそっか! 用事があるなら仕方がないな! うわは、うわははは!」


 内心かなりショックらしい。

 魔王の額には、脂汗が浮かんでいた。

 ダークエルフの姫君が腰掛けていた玉座の手すりから身を離して魔王を正面に向き直る。

 そして優雅に一礼した。


「お詫びと言っては何ですが、今度は私の方から魔王様を食事会に誘わせてもらいますわ」


 自身の悪口にディナーの誘いにと、本題から話を脱線させて盛り上がる二人を見かねて、参謀が口をはさむ。


「お二方とも楽しそうで何よりです。ところで、ご歓談中申し訳ないのですが魔王様。鬼滅の刀は結局どうなさるおつもりで?」


 魔王が答える前にマンチニアが勢いよく答えた。


「焚書よ焚書! 全冊回収して魔王城の中庭で盛大に焼き捨ててやりましょう! それから、あんな女性の尊厳を踏みにじる本を持ってる奴は女性侮辱罪を適応して全員逮捕の上、本と一緒に火あぶりにしてしまいましょう!」


「いや、我が国に女性侮辱罪なんて罪状、存在しませんからね。あとマンチニア嬢、私は魔王様に伺っているのですが……」


「焚書だ焚書! 全冊回収して魔王城の中庭で盛大に焼き捨ててやれ! それから、あんな女性の尊厳を踏みにじる本を持ってる奴は、女性侮辱罪を適応して全員逮捕の上、本と一緒に火あぶりにしてやれ!」


 魔王の言葉に、参謀がお手上げとばかりに天井を仰ぐ。


「あーもうめちゃくちゃですね。完全に正気を失っておられる。いや、今に始まった事じゃありませんが。というかお二方とも、思い切り鬼滅の刀の漫画を今手に持ってるじゃないですか。自ら先頭に立って火に炙られるおつもりで?」


 至極もっともな『お前自身はそれ、どうなんだ?』という問いに、しかし二人はひるまない。


「はぁ? 俺はいいんだよ。当たり前だろ? クソカス共とは身分が違うんだから。俺はいいけどお前らはダメって話をしてんだよ。言わせんなよ恥ずかしい」


 マンチニアも続いて怪訝そうな表情で参謀の問いを一蹴する。


「なんで私が火に炙られなきゃならないのよ。私、女性なんですけど。その位わかるでしょ?」


 二人の言葉に、参謀が降参とばかりに肩をすくめる。


「あ、これはもう何を言っても無駄なやつですね。わかりました。お二方の仰せのままに。では鬼滅の刀は焚書として回収し、所持者と一緒に魔王城の中庭で焼き払うよう手配をします」


 マンチニアは満足げに頷き、重ねて要求を突きつけた。


「鬼滅の刀だけに限らず、女性が肌を露出しているシーンがあったり、女性に苦痛を与える表現のある創作物は全て同じように処分してくださいね! ね、魔王様!?」


 勝手極まる要求を、マンチニアが魔王にねだる。

 普通の感性をしていたら、流石に判断に悩むだろう要求だが、魔王は一切迷う事なく命令を下した。


「うむ! 参謀よ、女性様を虐げる描写のあるすべての表現物は、所有者と一緒に焼いて捨てとけ!」


 マンチニアが喜色満面に、賞賛の言葉を送る。


「さすがは魔王様、素晴らしい英断ですわ!」


 参謀が、全てを諦めたように頷いた。


「……わかりました。では『ミラのヴィーナス』の彫刻に『魔族を導く自由のヴァンピーア』の絵画等など数多くの美術品や芸術作品を、所有者もろとも焼き払うよう準備いたします」


「あー、そうしろそうしろ。漫画も絵画も彫刻も文学も、全部まとめて焼いちまえ」


「今日という日は『芸術の死んだ日』として魔界史に刻まれるんでしょうねぇ。きっと」


 何の頓着も無く、芸術文化に死刑宣言を下す魔王に、参謀が皮肉を漏らした。

 いや、皮肉を漏らす事しか出来なかった。



☆       ☆       ☆



 その後もマンチニアは色香に狂った魔王と共に、ひたすら鬼滅の刀を女性差別だ何だと罵り続けた。

 日も暮れ始め、マンチニアが式典の打ち合わせとやらの為に、帰り支度をして魔王城の正門脇で待たせておいた自身の馬車へ乗り込む。

 そして、見送りに来ていた魔王と参謀に向かい、にこやかに手を振った。


「魔王様、今日は女性のための重要な決断をして頂き、有難うございます。今日こうしてお会いするまで、私は魔王様の事を異性にモテない恨みから女性嫌悪をこじらせた、脳筋陰キャ非モテゴリラだと思っていましたわ。まさかこんなに女性の気持ちの分かる紳士でしたとは。私、感激しました。魔王様とは、今後とも末永くお付き合いをして、女性論についてもっともっと語り合いたいですわ。今度私の開く披露宴の招待状をお送りしますので、是非お越しください」


 魔王は目を輝かせ、勢いよく頷いた。


「おー! 楽しみに待ってるぞ!」


「はい! その時は新郎と一緒に、我がギンピール大長老のダークエルフ一族総出でおもてなし致しますわ!」


 魔王は満足げに笑い、マンチニアを見送るように手を振った。


「いやーそれは楽しみだなぁ! じゃ、帰り道きをつけてなー!」


 マンチニアを乗せた馬車が走り去るのを見送りながら、魔王が傍に立つ参謀に尋ねた。


「……ところで参謀。披露宴って、どゆこと? 新郎って、え?」


「聞いての通りにございます。マンチニア嬢は、今度ダークエルフの大長老トリカヴィート様の孫息子と結婚なさるんですよ。どうも入り婿のようですが。魔王様が招待されたのは、その披露宴でしょう」


「ふーん、そっかぁ。あのさぁ参謀」


「なんでしょう?」


「前言撤回。鬼滅解禁。それとダークエルフの村焼いとけ」


「え、マンチニア嬢の住んでいる、ギンピール大長老の村を焼くんですか? それ、最悪ダークエルフの種族全体と揉める事態になりかねないのですが……」


「いーから焼け」


「……かしこまりました」


 マンチニアを乗せた馬車に笑顔で手を振る魔王の横で、確実にいらん仕事が増えるだろう事を予見した参謀がため息をついた。



鬼滅の刀を規制しろ!(その4 結)……END

 これにて「鬼滅の刀を規制しろ!」のお話は終了になります!

 漫画の表現規制は、熊個人は何でもありで読み手が選べば良いだけの話だろとは思うんですが。

 国際情勢を見るに、多分今後規制はどんどん厳しくなっていくんじゃないかなと思います。

 正直、日本以外の国が規制しているなら、どう考えても煽りは食らうでしょうし。


 それはさておき。

 毎日更新はこれで一旦終了して、今後「魔王と参謀」は週一ペースで更新出来たらなと考えてます。

 どうぞよろしくお願いします!


 んでは、以下いつもの。

 最後までお読み頂き有難うございます。

 もしよろしければ、こちら↓↓↓の広告下にございます「☆☆☆☆☆」欄にて作品への応援を頂けますと、今後の励みとなります。

 よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
まぁ、鬼滅と違って、本当に性的で過激なものもありますしね (;^_^A R15やR18など、既存の制度の活用でいいのでは? と思っています。
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