追放された聖女様、世界を浄化(物理)する
また聖女モノかよって?まあ待て。今回は戦闘力ゼロだ。箒と雑巾が彼女の武器。最強の力って、なにも物理的に敵を殴ることだけじゃないだろ?
「これが……勇者と聖女を召喚する、古の魔法陣……」
放課後の図書室で居眠りこいてたはずの私、アカリが目を開けると、そこは荘厳な石造りの広間だった。目の前には、やたらと偉そうなお爺さんたちがローブ姿で私を見下ろしている。
「成功じゃ!聖女様が降臨されたぞ!」
どうやら私は、異世界に「聖女」として召喚されたらしい。ラノベで百回は読んだ展開だ。隣には、同じく困惑顔のイケメン高校生がいる。彼が勇者なのだろう。
王様だという人物の前に突き出され、私たちは「鑑定の儀」を受けることになった。水晶に手をかざすと、文字が浮かび上がる。
【勇者:神崎 蓮 スキル:聖剣召喚EX、全属性魔法適性S】
おお、とどよめきが起こる。典型的なチート勇者だ。次に私の番。
【聖女:斎森 朱里 スキル:空間浄化(極)】
……しん、と広間が静まり返った。
「く、空間浄化……だと?なんだそのスキルは」
「清めの力、ということでしょうか?」
「いや、待て。威力を試してみよう。聖女よ、あの魔法人形にスキルを使ってみよ」
王様に指さされた先には、禍々しいオーラを放つ訓練用の人形。私は言われるがままに手をかざし、スキルを発動させた。
――ピッカァァァァン!
目も眩むような光が放たれるわけでもなく、魔法人形が木っ端みじんになるわけでもない。ただ、人形にこびりついていた数十年来のホコリと薄汚いシミが、新品同様に綺麗になっただけだった。ついでに、広間全体の床もワックスをかけたように輝き、空気は高原のように清々しくなった。
「……」
「……」
「ただの、お掃除スキルではないか!」
王様が激怒した。
「魔王軍が国境に迫るこの時に、掃除しかできん聖女など無用! 者共、この役立たずを『帰らずの森』へ追放せよ!」
こうして私は、役立たずの烙印を押され、瘴気が渦巻き、魔物が跋扈するという『帰らずの森』へと、たった一人で放り込まれたのである。
森は、確かにひどい場所だった。空は淀んだ紫色の瘴気に覆われ、木々は枯れ、地面はヘドロのようにぬかるんでいる。そこら中から、ゴブリンやオークの唸り声が聞こえてくる。
「うわー、汚い……」
普通なら絶望するところだろう。だが、私の心に火が付いた。綺麗好きで、掃除マニアだった前世の血が騒ぐ。
「こんな汚い場所、我慢ならない! お掃除の時間よ!」
私はスキルを発動し、一本の箒とちりとり、そして雑巾を「生成」した。私のスキルの真価は、掃除用具の召喚と、あらゆる「汚れ」を概念レベルで除去することにある。
まずは、と。私は箒で、足元のぬかるみを掃いた。するとどうだろう。ヘドロはサラサラの土へと変わり、枯れ木に絡みついていた瘴気は、まるでホコリのようにちりとりへと収まっていく。
「よしよし。次はあの木のシミね」
私が雑巾でごしごしと木の幹を磨くと、黒ずんだ幹は白木のように輝きを取り戻し、森全体が少しだけ明るくなった。
その時、グルルル、と低い唸り声と共に、十数体のゴブリンが私を取り囲んだ。
「あ、お客さん? ちょっと待っててね、すぐ綺麗にしてあげるから」
私はゴブリンたちに向かって、バケツ一杯の水をぶっかけた。スキル『高圧洗浄』。ゴブリンたちは泥まみれの身体が綺麗サッパリになると、なんだか戦意を喪失したのか、きょとんとした顔で顔を見合わせ、すごすごと森の奥へ帰って行った。
それからというもの、私のお掃除は続いた。巨大なオークの溜め込んだガラクタを『断捨離』し、ゾンビの軍勢を聖水(ただの綺麗で清らかな水)で『洗濯』し、スケルトンを一体一体丁寧に『骨董磨き』で磨き上げた。魔物たちは皆、綺麗になると満足してしまい、襲ってくるのをやめてしまった。
やがて、森の瘴気は完全に消え去り、清らかな光が差し込む美しい森へと生まれ変わった。
噂は広まり、私はいつしか「お掃除聖女」として、人々に感謝されるようになった。
そんなある日、私の元に、ボロボロになった勇者一行が訪れた。
「た、助けてくれ、聖女様……」
聞けば、勇者の聖剣は魔王軍の幹部には歯が立たず、国は防戦一方で疲弊しているという。
「魔王城は、強力な『不浄の結界』で守られていて、我々の聖なる力では近づくことすらできないのです……」
「不浄の結界? ああ、カビとか水垢みたいなものね。任せて」
私は勇者一行と共に、魔王城へと向かった。城は、なるほど、凄まじい汚れだった。何百年も掃除していないのだろう。
私は城門の前で、大きく息を吸い込んだ。
「スキル、『心の年末大掃除』!」
私の究極奥義。それは、物理的な汚れだけでなく、心の「汚れ」――すなわち、憎しみや悲しみ、嫉妬といった負の感情までも洗い流す力。
城全体が、温かい光に包まれる。長年の汚れがみるみるうちに落ちていき、禍々しかった魔王城は、白亜の美しい城へと姿を変えた。
玉座にいた魔王は、全身を覆っていた邪悪なオーラが綺麗サッパリ消え失せ、ただのイケメン引きこもりお兄さんになっていた。
「あれ……? なんか、世界征服とかどうでもよくなっちゃった……。この綺麗な城で、家庭菜園でも始めようかな……」
こうして、世界の危機は去った。後に残ったのは、ピカピカになった魔王城と、平和な世界、そして「なんでお掃除スキルが最強なんだよ」と頭を抱える勇者と王様だったという。
どうだ? 暴力だけが解決策じゃないって話。魔王の心を大掃除って、我ながらアホらしくて気に入ってる。書くのが楽しかったぜ。たまにはこういう、誰も傷つかないハッピーエンドもいいもんだよな。さて、俺も自分の部屋の掃除でもすっか……。