第7話
町からの帰り道、リリィは何度も振り返っていた。
自分の着ている服が、本当に自分のものだという実感がまだ薄かったからだ。
(夢じゃない……よね)
そんな彼女の様子に、エドガーは何も言わず歩を進める。
工房が見えてきたそのときだった――
「あ、戻ってきた!」
木の扉を開けて工房に入ると、そこには見慣れた少年がいた。
赤茶の髪をくしゃっと乱し、明るい笑顔を浮かべていたのはカイだ。
エドガーの弟子であり、まだ若いが、鍛冶の腕は悪くない。
「あ、どこに行ってたんですか?」
カイが工具を片づけながらエドガーに声をかけた。
だがその視線が、エドガーの後ろからひょこりと顔を覗かせたリリィに向くと、彼の目が丸くなった。
「……うわ、リリィ!? 可愛いじゃん、それ!」
あまりの反応に、リリィは顔を真っ赤にして後ずさった。
「え、えっと……あ、ありがとう……」
「え、なにその服! 町で買ったんですか? 似合ってる、めっちゃ!」
「う、うん……エドガーさんが……」
照れ隠しなのか、リリィはそっとエドガーの後ろに隠れた。
それを見て、エドガーは渋い顔でぼそりと呟く。
「……お前は無駄に騒がしいな」
「いや、でも、昨日のリリィと雰囲気ぜんっぜん違って――」
「黙れ。今から鍛錬の準備だ」
「え、もう始めるんですか?」
「ああ、とはいえ……まずは基礎体力作りからだ」
エドガーは木箱の上に置いてあった麻袋を一つ取り上げた。中には砂が詰まっている。
「リリィ、これを工房の裏手まで運んでこい」
「は、はい!」
リリィはまだ慣れない靴でバランスを取りながら、ずしりと重い袋を持ち上げようとする。
だが、体力がついていない彼女の腕ではびくともしない。
「……うぅっ……」
「カイ、見てろ。こういう時に手を出すなよ」
「え、でも……」
「自分でやらせる。でなきゃ何も身につかん」
重い袋を前に、リリィは歯を食いしばる。
手のひらに力を込め、腕に力を入れ――
「……ふっ!」
ようやく、持ち上がった。
よろよろと歩きながら、彼女は裏手へと向かう。
「根性はあるな」
「ええ……なんか、ちょっと感動しました」
裏手に袋を置き、また戻ってきたリリィの額には、すでに汗がにじんでいた。
「次はこれだ」
今度は、エドガーが用意していた木刀を手渡す。
「構えてみろ。そう、足を肩幅に――違う、もっと腰を落とせ。……そうだ」
ごく基本的な構え。だが、リリィは真剣だった。
何も知らない――けれど、吸収する意欲だけは誰よりもあった。
その様子に、カイがぽつりと呟いた。
「……なんか、やばいかも。あの子、絶対伸びる」
「だろ?」
エドガーが口元だけで笑った。
短剣が光ったとき、そして昨日のレイピアが反応したとき――
彼は確信していた。
リリィには、武具の“声”が届いている。
マナを無理やり流し込むのではなく、まるで呼吸するように自然に、それを受け入れているのだ。
(こいつは……“天才”だ)
エドガーは、今、己の人生を賭ける価値のある“素材”を見つけた。
それがただの少女であっても、関係はなかった。
「よし、今日はここまでだ」
「毎日、今日やったことをやるんだぞ」
数時間の鍛錬を終えたリリィは、すでにふらふらだった。
だが、彼女は最後まで倒れずに踏ん張った。
「すごいよリリィ! あの袋、僕でも最初きつかったのに!」
「え、そ、そうなの……?」
「うん! 僕、あれ3回くらい落としたもん!」
リリィは少しだけ笑った。
初めて、自分が“誰かより出来た”ことが、嬉しかった。
「明日もやるぞ。風呂入って飯食って早めに寝とけ」
「はい!」
夜の帳が下りる中、エドガーはふと空を見上げた。
かつて、自分が夢破れたこの鍛冶の世界。
だが、もう一度賭ける価値が、そこにはある――
「……始まったな」
小さな少女と、無骨な鍛冶師の物語が。