表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

第5話

カイは、リリィの小さな手を引きながら工房の重たい扉を開けた。中では鍛冶師エドガーがいつものように炉の前に立ち、真紅に輝く鉄を叩いている。


「エドガーさん!探していた少女のリリィさんを連れてきました!」


 カイの声に反応して、エドガーは振り向いた。荒々しい髭面に煤が浮かび、その目は一瞬でリリィを捉える。


「……おお。間違いねぇ、この前の……」


 エドガーは言葉少なに頷くと、作業台の上に置いてあった一振りのレイピアを手に取った。


柄に施された青い宝石が淡く輝き、銀の刀身は細く優美な曲線を描いていた。


「来な、嬢ちゃん」


無言のままリリィにレイピアを差し出す。


「えっ、これ……?」


「いいから持ってみな」


リリィが恐る恐る柄を握ると、その瞬間、刀身が銀色の光に包まれた。


「わ……! あったかい……?」


光が脈打つように波紋を広げ、まるでリリィのマナに反応しているかのようだった。


「うん、やっぱりな。こいつはお前を待ってたんだ」


エドガーは満足げに頷き、工房の奥に置いてあった鉄の鎧を手招きするように指差した。


「よし、その武器であの鉄の鎧を刺してみてくれ」


「えっ……?」

リリィは驚いてレイピアを見つめた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、エドガーさん。ちゃんと説明しないと、怖がりますって」


カイが慌てて口を挟む。エドガーは面倒くさそうに頭をかいた。


「あー、もう……カイ、お前がやれ」


「はいはい、わかりましたよ」


カイはリリィのそばにしゃがみ込み、優しく声をかけた。


「リリィさん、このレイピア、特別な魔導金属でできててね。マナに反応して力を発揮するんだ。で、その力を試すために、あの鎧をちょっと突いてもらえないかな?」


「……うん、やってみる」


リリィは深く息を吸い、ゆっくりと鎧に向かって歩き出す。


そして、軽く突いた――はずだった。


ザクリッ……!


「えっ!?」

レイピアは抵抗なく鉄の鎧を貫通した。


「す、すごい……」

リリィは目を見開いていた。エドガーが口元を緩め、小さく拳を握る。


「成功か……やっぱり、この子のマナを操る感性は、飛び抜けてるな」


リリィがレイピアを引き抜くと、傷一つなかった刀身は、静かにその輝きを収めた。


「リリィ、親はいるのか?」

エドガーの問いに、リリィはしばらく黙ってから、かすかに首を横に振った。


「……いない。ずっと、一人だった」

その声は小さかったが、工房の中に静かに響いた。


「なら、決まりだ」

エドガーはどっかと椅子に座り、片膝を叩きながら言った。


「よし、俺のところに住め」


「――えっ?」

リリィは目を丸くして固まった。


「いや、その……えっ?」


カイも同じようにぽかんとしている。


「何驚いてんだよ。弟子ってのは、身寄りのねぇ奴が多いもんだ。工房の手伝いくらいすぐできるだろ。飯と寝床はある」


「でも、突然すぎますよ!」


「カイ、お前は黙ってろ。俺が決めた」


「うわぁ、強引すぎ……」

カイは肩をすくめたが、リリィはまだ困惑していた。


「私が……ここに?」


「そうだ。あのレイピアを握って、鎧を貫いたのはお前だけだ。あれはもうお前のもんだ」


「私が……この剣を……?」


「そうとも」

エドガーの声は静かだが、確かな力があった。


リリィはレイピアを両手で見つめる。手のひらから伝わる温もりに、知らず涙がにじんでいた。


「……ありがとう」


「礼はいい。代わりに、この工房で毎日こき使ってやるからな」


「……はい!」


リリィの笑顔が、小さく、でも確かに浮かんだ。


「やれやれ……こき使うとか言っても、どうせお菓子与えながら甘やかすくせに」

カイが小さく笑ってつぶやいた。


「聞こえてるぞ、カイ」


「わ、わかってますって!」

こうして、リリィはエドガーの工房で新しい生活を始めることになった。


エドガーは、リリィの後ろ姿をじっと見つめていた。

小さな背中。細い腕。だが、その手には確かに――力がある。


「……間違いねぇ」

エドガーは低く呟いた。


「あの時、リリィが俺の腰にある短剣に触れた時――ほんの一瞬だが、短剣が銀色に光った」


「短剣? そんなのあったっけ……」

カイが首をかしげた。


「普段はただの鉄くず同然だ。マナを感じた時だけ反応するようにしてある。誰が触っても反応しなかったんだがな……この子だけは違った」


「へぇ……すごいな、リリィさん」

カイが隣で感心したように頷く。


エドガーは腕を組み、静かに吐息をついた。


「今回レイピアを渡した時もそうだ。リリィのマナに反応して、銀色に光りやがった」


 工房の炉の灯が揺らめく中、レイピアは静かにその光を収めていた。


「まあ、まだまだ青いがな」


「えー……そんなに褒めてるのに、そこは突き放すんですか」


「当然だ。これから鍛えて一人前にするんだからな」

エドガーは大きく伸びをした。


「今まで、どんな奴に武器を渡しても、マナを流すことすらできなかった。器の中を、マナで満たせないんだ。腕力に頼って、力任せに振るうばかり」


「うわー、心当たりありますね……僕の仲間にもいますよ、そういう脳筋タイプ」

カイは苦笑いしながら背中をかいた。


「だが、リリィは違う。マナの流れを理解せずとも、感性だけで整えてる。これを“才能”と呼ばずして、なんと呼ぶ」


「……あの、私、そんな大したこと……」

いつの間にか後ろに立っていたリリィが、恥ずかしそうに顔を伏せた。


エドガーはその姿に少しだけ口角を上げる。


「いいか、リリィ」


「……はい?」


「才能は、あっても腐らせる奴がほとんどだ。だが、お前は違う。育てれば確実に伸びる」


 真っ直ぐに向けられた視線に、リリィは思わず目をそらした。


「お、おっきい声で褒めないでください……」


「照れてんじゃねぇ!これからビシビシと鍛えてやるからな!」


「は、はいっ!」

ビクッと肩を震わせながらも、リリィはしっかりと返事をした。


「……うん。やっぱり、ここに連れてきてよかったな」

カイが微笑む。


エドガーは立ち上がり、工房の奥を指さした。


「さっそくだが、明日から鍛錬だ。まずは体力作りからだな。マナの操作は、その次だ」


「たいりょく……?」


「おう。まずは薪割りだ」


「ま、薪割り!?」


「文句あるか?」


「い、いえ……がんばります!」


「その意気だ。道具は俺が用意しとく」


カイが小さく吹き出した。

「薪割りって、武器の修行と関係あるんです?」


「あるに決まってるだろ。斬撃の基本だ」

工房の空気が、少しだけ柔らかくなった。


その夜。


リリィはエドガーの工房にある小さな部屋に案内された。質素なベッドと小さな机だけの部屋だが、彼女には十分すぎるほどだった。


「こんなに……あったかい場所、久しぶり……」

そう呟きながら、レイピアを膝の上に置く。


「あなたは……私を選んでくれたの?」

問いかけに、レイピアは答えない。


けれど、ほんのわずかに――刀身が淡く、光ったような気がした。


「うん……ありがとう」

リリィはそっと目を閉じた。


これから始まる、エドガーとの鍛錬の日々。それは決して楽ではないだろう。

だが、彼女にはもう、居場所がある。支えてくれる人がいる。


 ――そして、信じてくれる者がいる。


レイピアの光は、その手の中で静かに、でも確かに彼女の未来を照らし始めていた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ