第4話
翌朝、エドガーはいつにも増して早朝から工房で作業をしていた。昨夜の短剣の反応が頭から離れず、じっとしていられなかったのだ。
今日は、あの少女が反応した短剣と同じ特性を持つ新しい短剣を作り出そうとしていた。
「おはようございます、エドガーさん」
一番弟子の若い鍛冶師、カイが工房に顔を出した。彼は真面目で実直な性格で、エドガーの突飛な言動に戸惑うことも多かったが、その技術は心から尊敬していた。
「ああ、カイか。おはよう」
エドガーは槌を休めることなく返事をした。
「お前、今日は街の方へ少し用事があると言っていたな」
「はい。先日注文をいただいた冒険者の方の武具が完成したので、お届けに行ってきます」
カイは丁寧に答えた。
「そうか。なら、ついでに少し聞き込みをしてきてくれないか?」
「聞き込み、ですか?何をでしょうか?」
カイは不思議そうに尋ねた。
エドガーは手を止め、カイを振り返った。
「昨日の夜、路地裏でな。少し特別な少女を見かけたんだ。ボロを着ていて、痩せてはいたが、目が鋭かった。俺の腰に下げていた短剣に、ほんの少しだけ反応したんだ」
カイは目を丸くした。
「あなたの短剣に、ですか?そんなこと、今まで一度も……」
「ああ。だから、その少女を探している。もし街で見かけたら、少し声をかけてみてほしい。無理強いはするなよ。ただ、俺が会いたがっていると伝えてくれればいい」
カイはしばらく考え込んだ後、真剣な表情で頷いた。
「わかりました。街へ行くついでに、注意してみます」
カイが工房を出て行った後も、エドガーは短剣の製作に没頭した。
昨日の短剣と同様に、極めて微弱なマナの流れ、それも特定の種類にだけ反応するよう、金属の配合から細かく調整していく。
彼の頭の中には、あの少女の小さな手の感触と、一瞬光を放った短剣の輝きが焼き付いていた。
一方、街に出たカイは、エドガーに言われた通り、少女の特徴を思い出しながら、人々に少しずつ話しかけて回った。
貧民街に近い下層の酒場や商店、子供たちが集まりそうな場所などを中心に探したが、手がかりはなかなか得られなかった。
夕暮れが迫る頃、カイは空腹そうな子供たちが群がっている小さな屋台を見つけた。
そこで、一人の少女が他の子供たちとは少し離れて、悲しげな表情でパンのくずを拾っているのに気づいた。
その細い体つきと、病弱ながらも鋭い目は、エドガーが言っていた特徴と一致しているように思えた。
カイは少女に近づき、優しく声をかけた。
「あの、君……少しお話してもいいかな?」
少女は警戒したようにカイを見上げた。その目には、大人たちへの不信感がはっきりと浮かんでいた。
「……何?」
少女は小さな声で短く答えた。
「昨日、この辺りの路地裏で、腰に短剣を下げた男の人を見かけなかったかな?その短剣が、ほんの少し光ったんだ」
カイはできるだけ優しく、少女を刺激しないように言葉を選んだ。
少女はカイの言葉を聞くと、少し驚いたように目を丸くした。そして、すぐに警戒の色を強めた。
「知らない」
そう言うと、少女は拾い集めたパンのくずを握りしめ、急いでその場を離れようとした。
「待って!」
カイは慌てて少女の腕を少し掴んだ。
「怖い思いをさせたなら謝る。ただ、その男の人は、君に会いたがっているんだ。危険な人じゃない。むしろ、君のことを心配しているんだと思う」
少女は不安そうにカイを見つめた。その目の奥には、隠された悲しみのようなものが宿っているように見えた。
「……どうして、私に会いたがるの?」
少女の声は、さらに弱々しかった。
カイは少女の目を見て、誠実に答えた。
「それは、僕にもよくわからないんだ。ただ、その男の人の作った短剣が、君に触れた時、少しだけ反応したらしい。それは、今まで一度もなかったことなんだって」
少女はカイの言葉を真剣に聞いていた。そして、少し躊躇した後、か細い声で呟いた。
「……あの、おじさん……」
「ああ、その人のことだよ。名前はエドガーというんだ」
少女は下層の方へ視線を向け、少しため息をついた。
「……あのおじさん、強い匂いがした。鉄と、少し火の匂い」
「ああ、彼は鍛冶屋なんだ」
少女はしばらく考え込んだ後、意を決したようにカイに言った。
「……私、少しだけなら、話してもいい」
カイは少女の言葉に安堵し、微笑んだ。
「ありがとう。無理にとは言わないから、君が話せる範囲でいいんだ」
こうして、カイは少女から、昨夜の出来事について少しずつ話を聞き出すことができた。
少女の名前はリリィといい、貧困街で一人で暮らしていること。
空腹を満たすために、たまに人の物を少し盗ってしまうこと。
昨夜も、エドガーの腰の短剣が不思議な光を放ったのを見て、何か特別なものかもしれないと思い、思わず手を伸ばしてしまったことなどを、少しずつ語った。
カイはリリィの話を聞き終えると、優しく言った。
「リリィ、もしよかったら、僕と一緒にエドガーさんの工房へ行ってみないか?彼は、君に危害を加えるような人じゃない。むしろ、君の特別さに興味を持っているんだと思う」
リリィは不安そうにカイの顔を見つめたが、その目の優しさに少し安心したのか、小さく頷いた。
「……わかった」
こうして、カイはリリィを連れて、エドガーの工房へと戻ることにした。
夕暮れの帳が降り始めた街の小道を、二人は静かに歩き始めた。エドガーの、長年の孤独を打ち破るかもしれない出会いが、すぐそこまで来ていた。




