第2話
酒場のカウンターに突っ伏し、エドガーは延々と愚痴をこぼしていた。
「だから言っただろうが!俺の作った武器は、ただのマナじゃ動かねぇんだって!特別な、もっとこう、流れがあるんだよ!お前ら凡人には分からねぇんだ!」
「はいはい、旦那。いつものお話ですね」
カウンターの向こうで、恰幅の良いマスターが、グラスを磨きながら生返事をしていた。
この酒場の常連であるエドガーの、この手の話は聞き飽きている。
最初は真剣に耳を傾けていた客たちも、今では適当に相槌を打つ程度だ。
「人を選ぶ、ねぇ……選ばれる人間なんて、この街にいやしねぇよ」
隣の席の酔っ払いが、グラスを傾けながら嘲笑した。
「あんたの作ったモンは、見た目は良いんだがな。結局、ただの飾りだ」
「飾りじゃねぇ!これは芸術だ!理解できないお前らが悪いんだ!」
エドガーは声を荒げたが、酔っ払いは鼻で笑うだけだった。
マスターは苦笑しながら、新しい酒をエドガーの前に置いた。
「まあまあ、旦那、せっかくの酒がまずくなりますよ」
しばらくの間、エドガーは黙々と酒を煽っていた。誰も自分の才能を理解してくれない。
一流の素材を使い、魂を込めて作り上げた武具が、ただの鉄屑同然に扱われる。
その悔しさと憤りは、彼の心をじわじわと蝕んでいた。
ようやく気が済んだのか、エドガーは重い腰を上げた。
「もういい。こんな連中に話しても無駄だ」
よろめきながら店を出ると、夜の冷たい空気が火照った体に心地よかった。
大通りから一本入った、薄暗い路地裏を歩いていると、前方から小さな影が近づいてきた。
薄汚れたボロを纏い、痩せ細った体。
身なりからして、この街の貧困街に住む少女だろうと、エドガーはすぐに察した。
(さて、物取りか)
警戒心が頭をよぎったものの、エドガーは特に身構えなかった。
なぜなら、今の彼の財布の中身は、先ほどの酒代でほとんど空っぽだからだ。
盗られるものなど、ほとんどないと言ってよかった。
少女は、エドガーの横をすり抜けようとした瞬間、意を決したように小さな手を伸ばした。
エドガーは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
少女の狙いは、彼の腰にぶら下げた、鞘に収まったままの短剣だったのだ。
その短剣は、最近エドガーが試作品として作ったものだった。
特徴として、極めて微弱なマナの流れに反応するように調整してみたのだが、これまで誰にも反応を示したことはなかった。
しかし、少女の小さな手が短剣の鞘に触れた、まさにその瞬間だった鈍い銀色の光が、鞘の表面を一瞬だけ走ったのだ。
それは、微弱ながらも確かに「反応」した。
「っ!」
エドガーは驚愕に目を見開いた。
少女もまた、短剣が発光したことに驚いたのだろう。小さい手で口元を押さえ、慌てて後ずさり始めた。
「こら!」
エドガーは反射的に声を上げ、少女を追いかけようとした。
少女は小さい体を活かし、複雑に入り組んだ路地裏を巧みに逃げていく。
まるで、この場所を知り尽くしているかのように。
「待て!」
エドガーも後に続いたが、普段から鍛えているとはいえ、酔っ払いの体では俊敏な少女に追いつけない。
細い路地をいくつか曲がったところで、少女の姿は忽然と消え去ってしまった。
息を切らしながら、エドガーは周囲を見回した。
人気のない路地裏には、湿った空気とゴミの臭いだけが漂っている。
少女の姿はどこにも見当たらなかった。
しかし、エドガーの心には、先ほどの短い光景が鮮明に焼き付いていた。
自分の作った武具が、確かに何者かのマナに反応した。
それは、これまで一度もなかったことだ。
(見つけた……!)
エドガーは、逃げ去った小さな影の消えた方向を睨みつけながら、確信した。
あの少女こそ、自分の作り出す武具を扱えるかもしれない、唯一の人間だ。
長年、誰にも理解されなかった自分の才能が、ようやく認められる日が来るかもしれない。
逸る気持ちを抑えながら、エドガーは静かに拳を握りしめた。
彼の頭の中で、新たな計画が急速に形作られていく。
(絶対に、逃がさん!)