第1話
「ガハハ、また売れないモン作ってんのか?」
薄暗い鍛冶場で、汗にまみれながら鉄を叩くエドガーに向かって、背後から呑気な声が飛んだ。
声の主は、丸々と太った商人風の男、グスタフだ。
彼はいつもこうしてエドガーの工房に現れては、からかい半分、いや八割方からかいの言葉を投げかけてくる。
エドガーは槌を止めることなく、火花を散らしながら答えた。
「うるせぇ。俺の武器や防具は、人を選ぶんだよ」
「へぇ、人を選ぶ、ねぇ。選ばれた人間は、一体どこにいるんだ?」
グスタフは大きな腹を揺らしながら、工房の隅に積まれた、どこか歪な形の剣や、装飾過多な鎧を指さした。
「少なくとも、俺の知ってる冒険者で、あんたの作ったモンを使ってる奴は一人もいねぇぞ」
「お前みたいな凡人には理解できないんだよ!」
エドガーは苛立ちを隠そうともせず、真っ赤に焼けた鉄塊を再び金床に乗せた。
「これは、並の冒険者じゃ扱いきれない、特別な力を持った武具なんだ!」
グスタフは肩をすくめた。
「特別な力、ねぇ。発動しなきゃ、ただの鉄屑と変わらないんだがな」
「ぐっ……!」
エドガーは言葉に詰まった。
グスタフの言うことは、図星だった。
彼が渾身の力を込めて作り上げた武器や防具は、その品質自体は疑いようがないほど高い。
研ぎ澄まされた刃、堅牢な作り、美しい装飾どれをとっても一流の職人の技が光っている。
実際、グスタフのような商人は、エドガーが鍛えた素の武器や防具を安価で買い取り、それに錬金術で一般的な効果を付与して、それなりの値段で冒険者たちに売り捌いていた。
エドガーの生み出す素材の良さは、彼も認めざるを得ない事実だった。
「腕は一流なのにな」グスタフは溜息混じりに言った。
「お前さんの作るモンは、本当に良い素材を使ってる。だから俺も買い取ってるんだが……肝心の、その『特別な力』とやらは、一体どうすれば使えるようになるんだ?」
エドガーは再び槌を振るいながら、ぶっきらぼうに答えた。
「マナの流れだよ、マナの流れ!お前ら凡人とは違う、特別なマナの流れを扱える人間じゃなきゃ、この武器の真価は発揮できないんだ!」
この世界の人類は、多かれ少なかれマナを操ることができる。
冒険者たちはそのマナを巧みに扱い、魔法を発動させたり、身体能力を向上させたり、武器や防具に流して付与された効果を発動させていた。
一般的に、マナの流れは一定であり、流れるマナの量が多いほど、その力は強大になると考えられている。
しかし、エドガーの作り出す武具は、どれほど強力なマナを持つ冒険者でさえ、その付与された効果を発動させることができなかった。
マナを流しても、まるで抵抗があるかのように弾かれてしまうか、あるいは全く反応しないのだ。
そのため、彼の作った、本来ならば強力なはずの武具は、「扱えないゴミ」という烙印を押されていた。
街の冒険者ギルドでは、今日もそんな会話が繰り広げられていた。
「あー、新しい武器欲しいな」
一人の若手冒険者が、カウンターに肘をつきながら呟いた。
彼の隣に座るベテラン冒険者が、酒の入ったジョッキを傾けながら答える。
「ダグラスの武器店は、どうだ?少々値は張るが、品質は確かだぞ」
「あそこ、高いんだよな……」
若手冒険者は顔をしかめた。
一流の冒険者が必ずと言っていいほど身につけているのが、街の腕利き錬金術師、ダグラスが手がける武器と防具だった。
ダグラスの武具は、二種類の効果が付与されていることが多い。
例えば、剣であれば斬れ味を向上させる効果と、魔力に対する防御力を高める効果といった具合だ。
そして、流し込むマナの量に応じて、その効果の強弱が変化する。シンプルで扱いやすく、付与された効果も多岐にわたるため、冒険者たちの間で絶大な人気を誇っていた。
「まあ、安物買いの銭失いって言うだろ」ベテラン冒険者は苦笑しながら言った。
「特に、エドガーの作るやつだけは絶対に買うなよ」
別の冒険者も声を上げた。
「ああ、あいつのか。以前騙されたことがある。見た目は立派なんだがな……マナをいくら込めても、ピクリともしねぇんだ」
「いくらマナがあっても付与効果が発動しないんじゃ、話にならねぇからな」
彼らの言葉は、エドガーの現状を如実に物語っていた。腕は確かなのに、その才能が全く活かされていない。
まさに「馬鹿と天才は紙一重」とは、彼のためにあるような言葉だった。
一方、ダグラスはエドガーの作った武具が、一般的な錬金術師とは異なる、非常に高度な効果を秘めていることを知っていた。
彼自身も、エドガーの鍛え上げた素材の質の高さには舌を巻くほどだった。
しかし、その特殊な効果を発動させるための方法が、常識的なマナの流れとは全く異なるため、彼自身も完全に理解することはできていなかった。
それでもダグラスは、エドガーの名前を一切出すことなく、彼の作った武具に自身の手で効果を付与し、高値で販売していた。
エドガーの特殊な錬金術による効果は、彼の手を加えることで、ようやく実用的なものへと変化するのだ。
ダグラスは、エドガーの錬金術の才能が、凡人の理解を超越した領域にあることを認めていた。
しかし、同時に、その才能が世間に認められないまま、ただの「ゴミ」を生み出し続けている現状を、特に助言しようとは思わなかった。
それは、彼自身の商売に関わることでもあったし、何よりも、エドガーの偏屈な性格では、まともに話を聞く耳を持たないだろうと理解していたからだ。
鍛冶場で一人、エドガーは今日も不機嫌そうに槌を振るっていた。
「いつか必ず、俺の才能を理解する奴が現れる……いや、現れないなら、俺が育ててみせる!」
彼の脳裏には、突飛な考えが浮かんでいた。
誰も自分の作った武具を扱えないのなら、その武具を扱える人間を、自らの手で育て上げればいいのだと。
天才か、はたまたただの馬鹿か。エドガーの挑戦が、今まさに始まろうとしていた。