封印した過去
悠斗は図書館の暗闇を抜け、冷たい夜風に頬を叩かれながら家へと急いだ。ポケットの中のボタンはまるで生き物のように熱を帯びているようだった。背後では、影の足音が断続的に響く。振り返る勇気はなかった。手紙の言葉が頭を支配していた。「君が選ばれた理由は、過去にある。次の暗号:1-1-1。家に戻れ。」
家にたどり着くと、玄関のドアがわずかに開いていた。悠斗は息を整え、そっと中に入った。リビングは静まり返り、時計の針だけがカチカチと時を刻んでいる。暗号「1-1-1」をどう解くか。1回ボタンを押す? 1階のどこか? 試しに、ボタンを1回だけ押した。
カチリ。
時間が止まった。部屋の空気が重くなり、窓の外の街灯が不自然に揺らめく。悠斗はリビングを見回した。すると、机の上に新たな手紙が現れている。だが、今回は封筒ではなく、折りたたまれた一枚の紙。開くと、子供の筆跡で書かれた文字が目に入った。
「悠斗、約束を忘れないで。1階、1番目の部屋、1番目の箱。」
この筆跡…どこかで見た気がする。悠斗の胸がざわついた。1階に「1番目の部屋」と言えば、物置として使っている小さな部屋だ。急いで向かうと、埃をかぶった段ボール箱が積まれている。その中から、明らかに古い木製の箱を見つけた。蓋を開けると、色褪せた写真と、もう一通の手紙が入っていた。
写真には、幼い悠斗と見知らぬ少年が写っていた。二人は笑顔で、木の枝を手に何かを作っている。悠斗の記憶にこの少年はいない。なのに、なぜか胸が締め付けられる。手紙を開くと、こう書かれていた。
「君は約束を破った。ボタンはその罰だ。影は君の忘れた記憶。最後の一歩:屋根裏へ。」
「約束? 罰?」 悠斗は混乱した。ボタンを握りしめ、屋根裏への階段を上った。狭い屋根裏はカビ臭く、薄暗い電球が揺れている。そこに、古い鏡が立てかけられていた。鏡に近づくと、映っているのは悠斗自身…だが、隣に例の少年が立っている。写真と同じ少年だ。
「誰だ、お前は?」 悠斗が叫ぶと、鏡の中の少年が口を開いた。
「悠斗、僕を覚えててくれるって言ったのに。」
その声は、悠斗の頭の奥で響いた。突然、記憶の断片が蘇る。10歳の夏、近所の森で出会った少年。二人で「秘密の宝箱」を作り、将来また会うと約束したこと。だが、少年は事故で亡くなり、悠斗はその記憶を封印していた。あまりに辛すぎて。
「ボタンは…僕を忘れた君への試練だよ。」 鏡の中の少年が続ける。「影は君の後悔。手紙は僕からの呼びかけ。もう一度、約束を果たして。」
悠斗は震えた。ボタンを手に、選択を迫られた。ボタンを壊せば、時間停止の力は失われるが、少年との記憶も永遠に消えるかもしれない。だが、使い続ければ、影に追われ、自身が消える危険がある。
屋根裏の静寂の中、悠斗はボタンを見つめた。外では雨が再び降り始め、遠くで影の足音が近づいていた。