今夜、ボタンを使うな
雨が降る昼下がり、佐藤悠斗はいつものようにポストを覗いた。錆びた赤いポストには、びしょ濡れの手紙が一通。差出人の名前はない。封を開けると、シンプルな一文が書かれていた。
「今夜、ボタンを使うな。」
悠斗は眉をひそめた。ボタン? 意味がわからない。手紙の紙は古びており、インクがかすかに滲んでいる。誰かのいたずらだろうか。しかし、なぜ自分の名前と住所が正確に書かれているのか。
その夜、悠斗はリビングでコーヒーを飲みながら手紙を眺めていた。すると、机の引き出しが微かに光っていることに気づいた。引き出しを開けると、そこには見たことのない小さな装置。黒いボタンが一つだけついている。好奇心に駆られ、試しに押してみた。
カチリ。
世界が静止した。時計の秒針が止まり、窓の外の雨粒が空中で凍りつき、テレビの音が消えた。悠斗は息をのんだ。1分間、時間が完全に止まっていた。そして、ピタリと60秒後、世界が再び動き出した。
「なんだ、これ…?」 悠斗は興奮と恐怖が入り混じる中、ボタンを握りしめた。
翌日、ポストにまた手紙が届いていた。今度はこう書かれている。
「二度目は危険だ。暗号を解け。7-3-9。」
暗号? 7-3-9? 悠斗は混乱した。手紙の警告を無視して、夜に再びボタンを押した。時間が止まり、部屋は静寂に包まれた。だが、今度は何か違う。部屋の隅に、影のような人影が立っている気がした。1分後、時間が動き出すと、影は消えていた。
心臓がバクバクと鳴る。手紙の警告は本物だったのかもしれない。悠斗は暗号「7-3-9」を解くことにした。手がかりを探し、机の上のカレンダーに目をやった。7月3日は何もない日だったが、9という数字が頭に引っかかった。試しに、ボタンを7回、3回、9回と連続で押してみることを思いついた。
夜、覚悟を決め、ボタンを7回押した。時間が止まり、部屋が暗くなった。3回押すと、空気が重くなり、9回押した瞬間、ポストから光が漏れた。恐る恐るポストを開けると、新しい手紙がそこにあった。
「よくやった。だが、これは始まりにすぎない。ボタンは君を選んだ。次は、街の時計台、午前0時。」
悠斗は震えた。ボタンの力は本物だった。そして、手紙の送り主は誰なのか。なぜ自分にこんな試練を課すのか。時計台に向かうべきか、それともボタンを捨てるべきか。答えはまだ見えない。
悠斗は手紙を握りしめ、夜の雨音を聞きながら決断を迫られていた。