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美雨  作者: 加藤無理
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鷹山藩

 梅雨明けの時に美雨と箱三郎は祝言を挙げた。美雨は十七歳、箱三郎は二十歳の時だ。二人の新居は田山家の正面の空家。傷んだ所を左官に修理してもらった。新居の大きさは沢倉屋の家よりひと回り大きい。時折老年の夫婦が二人の世話をすることになる。


 美雨の読み書き算盤が十分でないと知った箱三郎は、まずそれを教えた。途中で食事休憩をするものの、朝から晩までだ。竹簡で練習したり、それを紙に丁寧に清書したり。算盤の使い方も詳しく学ばせた。


 身体を動かす方が好きな美雨はソワソワしたが、箱三郎は、

「みっともないぞ」

 と、注意した。美雨は、

「仕事をしなくて良いのですか」

「教養の方が大事だ」

 箱三郎が答えた。


 家族の集まりや家中かちゅうや国の仕事で箱三郎は時折外出するが、それ以外は美雨に勉強させる。ある程度、美雨が読み書きが出来るようになると本をどこかから借りてきては読ませる。大事な所は音読させる。江戸やその他の国で編纂された書物の他に中国・清からの書籍もある。チンプンカンプンな美雨に箱三郎は解説する。


 文献を通して美雨は世界を意識するようになった。鈴森村と田山家のある藤辺町ふじべちょうを含むこの地域一帯を鷹山家が統治している。鷹山が治める国は小さい。大小様々な国が二百以上もあり、それを江戸の徳川家が統治している。日本だ。しかしその日本も小さく、西隣には李氏朝鮮、更に西側には大国の清、南には琉球、北には蝦夷えぞがある。遙か西域には軍事力も経済力もある国々がひしめいている。その南には黒人のいるアフリカ、日本の遙か東には様々な人々が住んでいる。


 日本国内は戦争は無いが飢饉が時々起こる。流行病も有れば地震も火山噴火もある。鈴森村の様に豊作の続く所は無かった。だから世の人々は飢饉に備える。国を挙げて試行錯誤したり農学を学ぶ。天気の研究をしている者もいる。


 「本朝中を豊作に出来るか」

 箱三郎が尋ねる。本朝とは日本のことだ。美雨は、

「さあ。無理だと思う」

 二人きりの時は、ここ一年で美雨は箱三郎に敬語を使わなくなった。箱三郎も嫌がらない。


 今年は国中が豊作だ。来年もそうなるだろう。けれども美雨の機嫌を損ねると不作になる。箱三郎は、

「お前の願いは確か女の地位向上だな」

「そうだね」

 美雨が相槌を打つと箱三郎は、

「それについて明日、父と御家老に話してみる」

「え?」

「女を虐げる国ではお前は呪うだろう」


 箱三郎は翌朝、父親と一緒に家老の所へ行った。女の識字率を上げたり、産婆を増やしたり、女に狼藉ろうぜきをはたらく者の処罰、決め事に女も参加させる事、などを提案するのだ。


 鷹山家中は女の地位向上に興味を持っていなかったが、それで豊作が約束されるなら興味を持ち始めるはずだ。箱三郎は考えた。丁度、大名も江戸から戻ってきたばかりだ。箱三郎自身は女をぞんざいに扱う男達に疑問を持っていた。これを機に女の待遇が良くなれば良いと何となく思った。


 父親は箱三郎の提案におおむね賛成した。既に鈴森村が成功している。女達が特別威張るわけでもなければ何か不具合が生じているわけでもない。しかし家老は苦い顔をした。伝統や習慣が一朝一夕で変わるはずがないからだ。しかし、自分以外の女の待遇を考える美雨をあっぱれだと評価してもいる。


 家老は大名にもそれを伝えた。大名は意外にも箱三郎の提案を受け入れた。農閑期の冬に丈夫で賢い女を一つの村から一人ずつ城に来てもらって議論する。武家の方からも一族に一人、参加させる。女の待遇は女自身で決めさせる。その代わり、政治の中心は言及させないことにした。大名の後継ぎ問題や主だった政策は男であっても平民には決めさせない。


 村の女達は武家の女達に萎縮するし、武家の女達も保守的だ。大して変わらないだろう、と、大名も家老もタカをくくった。


 けれども一ヶ月の大議論で箱三郎の提案とほぼ同じ結果になった。読み書き出来る武家の女達が書き留めて陳情や掟の案をまとめて老中に差し出した。大名は苦笑いして、

「甘く見てた俺が悪かったな」

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