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美雨  作者: 加藤無理
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箱三郎

 左奥に座っていた侍が、

「まあ立ち上がるなり足を崩すなりしろ」

 美雨達は一度平伏する。美雨は立ち上がり、両親は足を崩した。庄屋は正座のまま足を擦り、美雨達をやや呆れた目で見てる。先程の侍が、

「箱三郎。どう思うか?縁側に行ってみろ」

 と、尋ねた。箱三郎は言われた通りに立ち上がり、縁側でまた座る。美雨は呆然と立ったままだったので、母親が裾を引っ張って座らせた。箱三郎は、

「御家老、この娘は本当に物怖じしませんね」

 先程の侍は家老だ。部屋を出て行った男は大名らしい。家老は、

「気に入ったか」

 箱三郎は家老と美雨を交互に見やり、

「申し訳ありませんがまだよく分かりませぬ」

 家老は立ち上がると、部屋にいた他の者も立ち上がる。家老は、

「少し話してみてはどうだ」

 と、言うと部屋を出て行った。箱三郎と庭で立っている侍だけになる。箱三郎は、

「お前に天気を操る力が有るとは本当か」

 と、尋ねると美雨は、

「操るだなんて。私は神様に祈っているだけです」

 箱三郎は、

「殿と御家老には恐れないのに神仏を敬っているのか」

 庄屋が目を丸くしている。庄屋も大名に会うのは初めてであった。年貢の交渉で会うにしても中級の侍だ。美雨は、

「貴方は信仰心が無いのですか」

 と、訊き返した。箱三郎は、

「さあ。分からぬ」


 箱三郎はまじまじと美雨を見ている。美雨は年頃の女だがとびきりの美人でもなければ憐れな醜女でもない。むしろ容姿よりも堂々とした態度が印象だ。百姓の娘ならば通常は箱三郎が侍というだけで平伏する。美雨に対して不満よりも不可解を覚えた。


 「お前は自分だけでなく他の女の地位向上を考えているそうだな」

 箱三郎が言うと美雨は、

「あまりにも女達の扱いが酷いものですから」

 箱三郎は、

「殊勝だな。皆、疲れただろう。帰って良いぞ」

 と、言った。美雨は肩透かし食らった顔で箱三郎を見返す。箱三郎は懐から沢山の白紙の半紙を出して、

「土産の割にはつまらないものだが」

 庄屋が恭しく受け取った。紙は昔よりだいぶ廉価になったがまだ高価だ。鈴森村やその周辺の寺子屋では竹で字を書いて練習している。


 庄屋が一度平伏すると美雨達もそれに習う。庄屋はゆっくり立ち上がると、皆、その場を立ち去った。


 庄屋と両親は箱三郎と美雨が実際に祝言を挙げるとは期待しなかった。一方、せっかく呼ばれたのにすぐに帰されて美雨は不満だった。


 そのまま帰ってすぐに日常が続く。忙しい収穫も過ぎて祭り。庄屋の家族も踊れる者も神楽を一所懸命に行った。今年は鈴森村以外の隣村も豊作だ。


 皆が祭で賑わっている時に、一人の男が鈴森村にやって来た。番をしていた者が誰何すると、箱三郎だった。箱三郎は徒歩で脇差一本の姿だ。麻を重ね着している村の者達より綿の着物を来ている箱三郎はそれでも目立ったし、分かる者は一目で侍だと分かった。


 箱三郎が、

「美雨はどこだ」

 と、尋ねると、村の者達は案内した。美雨は丁度、柿を食べていた。箱三郎の姿が見えても咀嚼を続けながら頭を下げた。箱三郎が拒んでいるのもあって、村の者達も頭を下げるだけで平伏はしない。箱三郎は、

「柿は身体を冷やすと聞いているが大丈夫か」

 と、尋ねると美雨は、

「はい。おかまいなく」

 もっと気の利いた返事は有ったはずだ。傍らに立っていた女達は気まずそうな顔をした。箱三郎は懐からかんざしくしを取り出し、

「要らないか」

 と、美雨に差し出した。美雨は黙っている。兄嫁の仙が美雨の肘を軽く叩き、

「ウチにはお返しする物がございません」

 と、代わりに答えた。箱三郎は、

「見返りなど求めていない」

 美雨は、

「では頂きます」

 と、受け取った。簪には翡翠の玉が着いていた。櫛は持つ部分に幾何学模様が施されていた。美雨が袖の下に仕舞おうとすると仙がそれを制して美雨の頭に差した。箱三郎は微笑む。


 箱三郎は祭りをしばらく眺めた後、静かに帰っていった。

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