女は人である
美雨が十四歳の時、十七歳になった雪が南隣の琵琶村の自作農の所に嫁いで行った。美雨は雪を慕っていたので最初は泣いたが、両親が説得すると気を落ち着かせ、
「悪い姑舅じゃなきゃ良いね」
と、案じた。雪は苦笑いし、両親は呆れた。雷助と妻の仙は笑顔で祝言の手配をした。その娘の芯は六歳になっており、大人達の手伝いをした。
雪が出て行った後、美雨は農作業の手伝いに更に精を出した。裁縫と機織りが苦手なので母親は芯に裁縫を教えている。芯の腕はみるみる上達していった。
美雨は平均的な女よりも体力も腕力もあった。重たい物を運んでも固い土を耕しても平気だった。それだけでなくて動きも俊敏で、走るのも速い。男顔負けの働きをする。
しかし、女というだけで仕事が評価されないと怒って持ち場を離れたり、文句を言ったりする。男達が怒鳴ったり殴りかかっても見事に避けて反撃をする。喧嘩も強い。美雨は、
「弱いはずの女達の方が男達よりも働いてるぞ!もっと飯を食わせろよ!」
両親も雷助と仙も困ったが、美雨を説得する。けれども美雨は、
「大事な話から女達を遠ざけて尻拭いをさせるなよ!」
と、まだ怒る。父親と雷助は男達を集めて女達も話し合いに同席させるかどうか議論した。老人達は嫌な顔をしたが美雨のおかげで豊作が続いている。それに、美雨の発言は全くのデタラメでもない。
盆の終わる祭の時には寺で皆、集まり、老女や賢そうな女達も話し合いに同席させる事が決まった。無論、女達は傍聴するだけでなく、発言権もある。
鈴森村の女達は益々美雨を慕うようになった。美雨が自分一人だけでなく、他の女達についても言及してきたからだ。隣の村の男達はこの変化に気付いて茶化すようになった。女が少し発言権を得ただけなのに、女の尻に敷かれるなんて情けないと思っているのだ。
すると。鈴森村以外の村は不作になった。琵琶村に嫁いだ雪も、琴江村に婿入した雹兵衛も、笛吹村に嫁いだ風も、鈴森村に戻って食糧を与えるように頼んできた。父親は美雨を叱った、
「茶化されたからといって呪う奴があるか!」
母親も、
「不作で真っ先に間引きされるのは女だぞ」
美雨は気まずそうに、
「力ある男達が飢えを我慢すれば良いじゃないか」
親兄弟は呆れた。雷助は、
「こうなったらお前の力を他の村にも教えるぞ」
美雨は、
「かまわないよ」
雷助と父親は庄屋と和尚に他の村の主だった面々を集めてもらった。他の村の者達も薄々美雨の力に気付いているが半信半疑だ。鈴森村から食糧を分けてもらう必要もある。一つの村から男達が十人ほど続々と来て、五十人が集まった。各村の庄屋や神主や和尚は緊張と興味が合わさったような心境だ。
和尚と庄屋は他の村の者達に美雨の事を話した。誰も笑わなかった。他の村の和尚と神主は青白い顔をしている。鈴森村の西隣の鼓村の庄屋が、
「それにしても何故ここまで恨まれなきゃならないんだ」
鈴森村の庄屋が気まずそうに、
「雨の奴が『女は畜生じゃねえ』と、怒るんだ」
鈴森村の東隣の庄屋は、
「なるほど。女をバカにしたら女が怒るに決まってる」
鈴森村の北隣の琴江村の庄屋は、
「それじゃあ、せめて鈴森村の者を茶化すのを禁止する掟を設けよう」
鈴森村の南隣の庄屋は困った顔をして、
「鈴森村が勝手に振る舞っても良いのか」
琴江村の庄屋が、
「違う。女をバカにするのを止めるだけだよ」
男達だけでは具体的にどうすべきか分からないので、結局、女達にも来てもらった。講堂の中は満杯なので皆、境内に集まった。鈴森村の女達だけでなく、主だった男達の妻達も他の村から来ていた。美雨もきた。
他の村の者達は美雨を恐怖と興味の混じった目で見た。美雨は皆の視線を浴びても堂々としている。むしろやや不機嫌そうだ。雷助は、
「皆にどうして欲しいんだ」
「女の話を聴く。女を殴らない蹴らないイビらない茶化さない。皆、それすら出来ないのか」
美雨は少し呆れた様子で言った。男達は気まずそうに目配せした。美雨は、
「私は女を甘やかしたり貢いだりしろと言ってない。女は男と同じ人だ。それが分かってそれ相応の扱いをすれば良い」
美雨の声はハッキリしていて遠くまで届く。皆、黙って聴く。美雨は、
「人身御供や間引きされるのは何故か女ばかりだ。子どもを産むのは女だぞ。その女がいなかったら子孫繁栄なんて無理だろ」
男達の半分は俯いた。雷助は、
「それでは女達の望みを女達から聴こうか。美雨だけ喋っていても不公平だしな」
女達はポツポツと語り出した。読み書き出来る者はそれを書き留めていく。それを元に新しい掟を作っていく。女に暴力を振るわない以外には、女にも寺子屋へ行かせるべきだとの声も多かった。女にも知識が有れば生産性は上がる。また、産婆の待遇や質を求めたり、月経の時の過ごし方も言及した。
血は穢れとして月経中の女達は檻みたいな所に詰め込まれたり、日陰で下着を干したり不衛生な環境に立たされている。その不満もあった。
男達は困りながらも妥協案を出していった。それでもだいぶ女達は楽になった。