梅との再会
幕府の忍達三人が美雨と箱三郎を吉原まで案内した。夫婦二人だけ行っても、吉原側は梅に会わせようとしないからだ。
吉原は独身だろうが既婚だろうが、町人だろうが侍だろうが男には寛大だ。カネさえ有れば気に入った遊女を引き取って妻や妾にすることも出来る。しかし、女には苦界でしかない。親が困窮すると一ヶ月分の庶民の生活費で娘の人生を売るのだ。売られた娘は過酷な環境に投げ出される。
美雨と箱三郎の表情は固い。子沢山の二人には五人の娘がいるが、誰も遊郭に売られていない。不作や飢饉で間引きするよりはマシだと娘を遊郭に売る親達を二人は知っている。息子はなかなか間引きされない。奉公に出されたとしても遊郭に売られる娘よりも扱いは非常にマシだ。美雨は社会に軽い怒りを感じていた。
忍達は吉原の門番に事情を説明し、中を通させた。美雨達は吉原を統括する大黒屋の屋敷まで案内された。昼間の吉原は落ち着いているがどこか浮世離れした雰囲気は隠せない。掃除や店の準備をしている商人や職人が時折、不思議そうに美雨達に振り返る。
屋敷の中に入ると、大黒屋の人々が真顔で迎えた。美雨が天気を操り、女の尊厳を気にかけている事は大奥や梅本人からも聴かされている。美雨の表情は険しく、下手な刺激を与えると文字通りに雷が直撃しかねない。妓楼主達も引きつった顔をしている。
美雨が冷めた声で、
「皆で迎えて頂き、嬉しゅうございます。娘の梅は無事ですか」
大黒屋の主人が苦笑いして、
「おかみさま。我々に丁寧な言葉は要りません。梅さんは元気ですよ」
と、言うと横の襖に振り向く。襖が開いた。女五人が平伏する。主人が紹介した。後ろにいる二人は梅の世話係、前にいる両端は大奥から来た監視役、真ん中は梅。箱三郎と美雨は心配そうに梅を見つめた。梅がゆっくりと顔を上げる。梅も不安そうな顔をしている。顔色は悪くないが悩みを抱えている様子だ。
主人は、
「梅さんには世話になっております。医師が匙を投げた女達を梅さんが治してくれています」
箱三郎は梅を見ながら、
「元気なさそうだな」
主人は言いにくそうに、
「中には、治らなかった者も、おります」
美雨の目が光る。主人は、
「こちらは苦界と言われておりますが、真面目に働き、殿方を楽しませております。女達も誇りを持っております」
箱三郎が疑わしげに主人に振り向いた。主人は、
「まあ、後で案内させていただきます」
主人は妓楼主達や部下達に目配せをすると頭を下げさせ、自分も頭を下げ、
「では、親子水入らずで」
と、隣の部屋に案内した。
美雨と箱三郎、梅と大奥の監視役の五人。監視役は部屋の隅に黙って座っている。梅は平伏し、
「お久しゅうございます、父上、母上」
美雨は、
「辛い思いをさせたな」
梅は苦笑いして、
「皆から良くしてもらっております」
箱三郎は不安そうに、
「ここにいて大丈夫なのか」
梅は監視役をチラリと見やり、
「嫌ならいつでも大奥に戻って良いと言われております」
梅は近況を話した。梅は大黒屋の屋根裏で寝泊まりして、病人が出ればそちらに行って病を治す。衣食住は十分に保障されている。時折、芸妓から楽器や舞や歌を教わっている。病が無事に治ると礼に櫛や簪をもらう時がある。梅はそれらを箱にしまって、いつもは箱三郎から幼い時にもらった簪を付けている。今もそれが頭に刺さっている。
梅の悩みは遊女達の待遇だった。妓楼主や女衒は何かと理由を付けては遊女達に借金を負わせている。また、過酷な性行為を大金をちらつかせて客が強要する時もある。梅は怪我や病気をその度に治すが、虚しさも感じる。中には客や女衒に裏切られて自殺する女もいる。下働きの少女達は少しでも何か失敗すれば殴られ蹴られる。
美雨は眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。箱三郎は、
「親に売られた上にそんな酷い仕打ちを受けるとはね」
梅はそれとなく大黒屋や妓楼主達に、女達の待遇を改善するように頼むが、いつもはぐらかされてしまう。