代替わり
美雨が八歳の時。十一歳になった次姉の雪は裁縫の他に機織りも始めていた。十六歳になる風が東隣の笛林村に嫁ぐことになったのだ。嫁ぎ先は庄屋ほどではないが富農の家。祖父母も両親も喜んだ。当の風は不安そうである。
十四歳になった雹兵衛はどんどん仕事を任されていき、祖父母や父母に反発するようになった。特に祖父とは喧嘩ばかりしている。父母は間に入るが雹兵衛は不満そうな顔をして黙る。
十九歳になった雷助と妻の仙の間には女の子が生まれた。僅か八歳で美雨は叔母になったのだ。姪は芯と名付けられた。父母は初孫に喜んだが、祖父母は少し残念そうにしていた。
美雨は芯と自分の身体を紐で結んで背負って村の中を歩き回った。幼子の面倒を観たり雲右衛門に餌を与える為に虫や鼠を捕まえるのだ。芯の母親である仙は美雨に感謝しつつ、夫の雷助を手伝った。
今年も豊作だ。それどころか美雨が物心ついてから鈴森村は豊作が続いている。気候は理想的で、豪雨も日照りもない。雪も降りすぎず振らなさすぎず丁度良い。祖父は神仏に感謝しながらも不思議に思った。凶作は地獄だが、それが全く無いのも不自然で何となく恐ろしい。神楽も供物も怠らない庄屋も訝しがった。
「誰か、神や仏に夢枕で何か頼まれた者はいないか?」
風の祝言を兼ねた収穫祭の後、庄屋が寺に集まった皆に尋ねた。だが、和尚を含めて誰もそんな夢を見ていない。あまり疑っては却って罰が当たる気がして、庄屋は話題を変えた。年貢の交渉を地侍とするのだ。侍達は凶作でも年貢の取り分を下げない上に豊作ならば取り分を上げてくる。和尚と庄屋と老人達は侍達の下手に出ながら巧妙に年貢を下げようと試みる。その代わり、不作だった村に作物をいくらか分ける。人道的な事を理由にすれば侍達もムゲには出来ないだろうとの算段だ。村の者達も侍に作物をくれてやるより困っている同胞に分けた方が気分が良い。その交渉には雷助も関わっていた。
美雨と女達は寺の片隅で尼と一緒にその話を聴いていた。女達には発言権が無い。雪と母親はそれに慣れているが、美雨は不満だった。
結局、年貢は想像より少し高く取られたが、耐えられないほどではなかった。雷助は悔しそうに皆に謝ったが、皆は逆に雷助を労った。
冬が深まる中、祖母が高熱を出した。両親と嫁の仙と美雨と雪が代わる代わる看病を続けたが、年を越せなかった。祖母にいじられてばかりの母親だったが、母親は祖母の悪口を言わなかった。他の女達も何も言わなかった。男達が棺桶に遺体を入れると墓場まで持って行って弔った。長年連れ添ったはずの祖父は雪を掻き分け墓場に棺桶を埋める時、文句を言っていた、
「こんな時にくたばって迷惑だ」
「親父、あんまりじゃねえか!」
普段は寡黙の父親が怒鳴った。祖父は気まずそうに俯いた。
けれどもそんな祖父も次の夏には暑さで倒れてあっという間に亡くなった。祖母の隣に祖父の遺体を葬った父親は長い溜息を吐いた。母親と美雨達孫達は黙っていた。