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美雨  作者: 加藤無理
20/33

大きな変化

 籠と文隆は何度か会って近況を話し合った。婚約してから二年。三十六歳になった美雨は冬に女の子をまた出産した。梅と名付けた。籠も弟妹達も美雨に呆れた。二歳になった櫂四郎だけは面白そうに梅を観ている。籠は箱三郎に、

「父ちゃんもよく考えてよ」

 と、責めた。十四歳になった夏郎も箱三郎を睨んでいる。それとなく教わっている籠と夏郎は女だけでは子どもを産めない事を知っている。箱三郎は気まずそうに首をかいた。重と櫂四郎の面倒を観てきた春は十二歳になっている。春はまた仕事が増えたと溜息を吐いた。


 一家の世話係の老夫婦は更に年を取ったがまだ頭は冴えており足腰もしっかりしている。弟妹の世話で困っている春を叱咤激励しながら支えている。


 夏郎は箱三郎と一緒に過ごす事が多くなった。簡単な仕事や雑用をこなしていく。夏の終わりに元服を迎えている。


 十歳の大二郎と八歳の麦と六歳の松三郎は変わらずに重孝の孫達である舞と藤丸の遊び相手になっている。舞と藤丸に嘲笑されたり叱られたりするが、三人は頑張って勉学と作法を学んでいる。藤丸は大名の孫だけあり、負けず嫌い。自分が怠けるのも周りが怠けるのも嫌がる。


 一家はそれぞれで時を過ごしているが、梅が首の据わる春先に籠が祝言を挙げる。祝言は少し地味に行われたが、弟妹達や両親が素直に喜び祝福しているので、籠も文隆も満足した。


 美雨の力は衰えを知らない。重孝と松は定期的に美雨の様子を老中に報告する。報告がなくても老中も将軍も江戸の気候が安定しているのを感じている。鷹山家中の治める国は不作の年も何度かあったが、年貢は低めなので乗り越えていった。


 五十代半ばになった重孝は隠居を考えるようになった。直孝に家督を継がせ、重孝本人と妻の松は菩提寺の近くに住むつもりだ。その許可を老中に求めている。老中は直孝を江戸城に連れて行くように命じた。


 直孝は慎重で大人しいが、剣術はある程度出来る。教養は十分にある。同年代の侍達からの評判は悪くない。特別有能でもなければ無能でもない。幕府側は事前の調査をしていた。


 重孝と直孝は江戸城の奥まで通された。二人は襖が開く前から平伏する。若い侍達が開けると、奥から、

「面を上げよ」

 二人はゆっくりと頭を上げた。老中は向かって左側、正面には将軍が鎮座していた。部屋は広く将軍とは数十歩も離れている。将軍はおもむろに立ち上がり、十歩近付く。二人はまた平伏する。将軍は、

「神通力の美雨にはよろしくと伝えてくれ」

 重孝は、

「勿体なき御言葉でございます」

 将軍は直孝を見やり、

「そちは美雨をどう観ている?」

 直孝は息を飲み、

「あれなりに役目を務めているようでございます」

 将軍は懐から扇子を取り出すと、開いたり閉じたりしながら、

「お前はじかに美雨と会って話した事がないのか」

 直孝は、

「遠目で眺めるだけでございます」

 将軍は扇子を閉じて首をそれで叩きながら、

「興味がないのか」

 直孝は、

「いいえ。上様からの務めの邪魔をしてはならないと思いまして」

「そうか。遠慮してたのか」

 将軍は言うと老中に振り返る。老中は重孝と直孝を見比べながら、

「美雨を西の石見銀山に連れていきたいのだが」

 重孝と直孝は息を飲んだ。重孝は、

「美雨が何か失態をしたのでしょうか」

 将軍は、

「いいや。江戸であの力を独り占めするのは勿体ないと思ってな」

 直孝の目が泳ぐ。重孝は、

「すぐに行かせるのは⋯⋯」

「当人が嫌ならこのまま江戸にいてもらうがな」

 将軍が譲歩した。

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