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美雨  作者: 加藤無理
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 美雨が満十九歳の時の春先。美雨は女の子を産んだ。悪阻は驚くほど軽かった。出産時も産婆が驚くほど平然としていた。娘の名前はかご。乳もよく出るし、美雨は子どもの扱いに慣れているので籠はすくすく育っていく。箱三郎は素直に喜んだ。


 籠が生まれてから約三ヶ月後の夏。首の据わった頃に箱三郎の兄嫁のみきは息子と娘を連れてきた。籠のいとこになる。息子の誠一郎せいいちろうは六歳、娘の白湯さゆは三歳だ。二人は興味津々と籠を眺めている。幹は誠一郎に白湯と籠の面倒を観させると、美雨に作法を教えた。


 幹も姑のかいも美雨を殴りも怒鳴りもしなかったが作法には厳しかった。美雨が少しでも間違えたり忘れたりするとやり直しさせる。いつも二人は、

「お前は武家の妻になったのだからもっと上品に振る舞いなさい」

 と、注意する。


 美雨は仕事の代わりに勉強三昧である。掃除も裁縫も炊事も教わる。結婚する前は野良仕事で手一杯だったが、田山家は美雨に仕事をさせない代わりに家事と作法を躾けた。


 実家にいた時も両親や祖父母、兄姉から美雨は躾けられていたつもりだが、百姓と武家の文化は違う。話し方も少し独特だ。服は綿が多く、食物は手の込んだ料理で、家はしっかりとした造りだ。百姓にとっては贅沢だが、作法と勉強で美雨は窮屈である。籠に授乳したりあやしたりする方がむしろ気が休まる。


 櫂は、

「我が子を良い乳母に預けるのが本当は理想だ」

 勉強が好きで武家の仕事に参加出来るならむしろ乳母に預けた方が気が楽だろう。しかし、美雨は野良仕事以上に作法と勉強に疲労を感じる。太るのは良くないということで使用人と一緒に買い物したり、姑舅からの用事を頼まれて他家に行ったりして時折、気を紛らわせる。


 武家の妻になったことで美雨は短刀の所持が許可された。しかしそれは反撃用ではなく、自決用だ。悪漢に襲われた時に操を守る為にその短刀で喉を斬るのだ。美雨は短刀でも死に物狂いで反撃しようと考えているが、田山家の女達も他家の女達もそれを知って呆れている。太刀も脇差も有る男に短刀だけの女がかなうはずがない。けれども舅の千一郎は頼もしいと思っている。不思議な力を持つ者はそれ相応の胆力を持って然るべきである。


 籠の腰が据わり、ハイハイも出来て、やがて立てるようになった。食事も授乳から柔らかい食物を少しずつ食べさせていく。一年経つと歩けるようになった。この年の鷹山家の領土は豊作というほどではなかったが、凶作でもなかった。


 舅の千一郎は美雨に天気や農学の書物を読ませた。読んで分からない所があれば箱三郎に訊いて調べてもらう。兄嫁の幹も姑の櫂も美雨がもっと洗練されるべきだと考えていたが、千一郎は躾けを窮屈過ぎないようにと諭した。


 祐筆でもある千一郎は美雨の様子を家老や大名に定期的に伝えた。祈りに専念させた方が豊作になるようだ。幹と櫂は不器用な美雨に呆れつつも頑張りは評価している。箱三郎の気は長いので、意外にも箱三郎との仲も良い。

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