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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私は私として生きていく

私は私のために生きていく

作者: 青葉めいこ

 まさかあなたが、この修道院に現れるとは思いませんでしたわ。元婚約者様。


 元じゃない。現在(いま)も僕は君の婚約者だ?


 何言っているんですか? 婚約は解消されたでしょう?


 あなたが本当に愛する女性、今は女子爵となった彼女と結婚するために、伯爵令嬢だったわたくしとの婚約を解消したではないですか。お忘れになったんですか? さして過去の事でもないのに忘れたのなら記憶力に問題がありますね。


 何、驚いた顔をしているんですか?


 ああ、わたくし、いえ私が、こんな切り返しをするとは思わなかったのね。


 そうね。私は、いつも、あなたのつまらない、どうでもいい話を、ただ、にこにこ笑って黙って聞いていただけでしたからね。


 あなたや周囲に見せていた姿は演技ですわ。本当の私は皮肉屋で毒舌な女ですよ。幼い頃は、思ったままを口にして、その度にトラブルを起こして家族に迷惑をかけていたから言動を改めたんです。


 そう、家族のためと貴族の娘としての義務感からだった。愛してもいないあなたと婚約したのは。


 愛するあの人が私を愛してくれていたのなら、あなたと婚約などしない。家族も伯爵令嬢としての何不自由ない暮らしも何のためらいもなく捨てられたわ。


 あなたも知っての通り、私には絶大な魔力があるけど使えなかった。使えないくせに、身の内にある絶大な魔力が私の体を蝕み、あのまま放置すれば死ぬところだった。


 そんな私を救うために家族は奔走してくれて、ある魔術師を、私と子爵家の姉妹の魂を入れ替えたあの男の師匠を連れてきてくれた。


 彼と契約を交わして魔力を譲渡した事で、私は今も生きる事ができたし、魂を入れ替えられても元に戻る事ができた。


 魂を入れ替えられた事は災難だったけれど、お陰で、これからの自分の人生を考えるいいきっかけになったわ。


 私の命を救うために奔走してくれた家族には感謝している。でも、体が私でも中身が別人だと弟以外誰も気づいてくれなかった事には失望したわ。


 分かってる。まさか、ある日突然、娘や姉妹の体に別人の魂が宿っているなど、想像もできなかったでしょう。それでも、「私」に気づいてくれなかった家族に失望したわ。


 そんな彼らのために、これからの人生を犠牲にする気はなくなったわ。


 愛する彼と結婚できないなら他の誰ともしたくない。だから、もう二度と誰とも結婚させられないように、除籍して修道女になったの。


 そんな私に、今更、何の用ですの?


 やり直せないか?


 はあ、あなた、馬鹿ですか? 


 ああ、つい思っている事をそのまま口にしてしまいましたわ。


 まあ、いっか。もう、あなたとは他人だし、家族とは縁を切ったから私がどんな暴言を吐こうが迷惑をかける事もないだろうし。


 やり直すも何も、私達の間には最初から何もなかったじゃない。貴族の義務で婚約していただけで、その上、それぞれ想い人がいたせいか、お互いに興味なさ過ぎて仲良くしようという努力をしなかった。


 そんな事はない。自分達は、うまくやれていたじゃないか?


 本気でそう思っているのなら、本当に馬鹿ですね。


 本当に私と仲良くしようと思っていたのなら、私の話も聞いてくれていたはずでしょう。ただ一方的に、つまらない、どうでもいい話をするのではなく。


 それに、最初に言ったでしょう? あなたや周囲に見せていた姿は演技だと。それに気づかなかったくせに、うまくやれていたと思うとはね。


 ああ、気づかないで思い出した。女子爵(あなたの想い人)の体に私が入っている事にも気づかず求婚してきたわね。あれには心底呆れたわ。好きなら、愛しているのなら、中身が別人だと、どうして気づかないのかしら?


 結局、魂を入れ替える禁呪を使われていたと判明して、あなたと女子爵の婚約はなしになった。当然よね。中身が別人だったのだから婚約が成立するはずがないし、何より、元に戻った女子爵は顔が好みじゃないと物の見事にあなたを振った上、あの騒動で知り合った私の弟と相愛になり、さっさと結婚したものね。


 ああ、だから、元婚約者の私とやり直したいなどとアホな事を言い出したのね。


 大抵の高位貴族の婚約は幼い頃に決まっている。残っているのなら、それは問題のある令嬢や令息でしょうからね。


 私はもう除籍して伯爵令嬢から修道女になったの。わざわざ還俗して、愛してもいないあなたと結婚する気は毛頭ないわ。


 だから、もう二度と私を訪ねに来ないで。またその姿を見たら、私の魔力を譲渡した師匠に頼んで排除してもらうから。


 待ってくれ、訊きたい事がある?


 まあ、最後だから聞いてあげるわ。何?


 はあ⁉ 君は僕を愛していなかったのか?


 あんた、馬鹿なの、アホなの、死ぬの?


 今までの私の言動から、どうして私があんたを愛していたと思い込めるの?


 自分に都合のいいように解釈できる便利な脳を持っているのね。羨ましいわ。


 自分だって婚約者(わたし)ではない別の女性を愛していたくせに、どうして自分だけは婚約者(わたし)から愛されていると根拠もなく思い込めるのかしら?


 そもそも容姿にしろ能力にしろ、さして秀でた所がないあんたに惚れる要素があるとでも?


 あら、泣いた?


 これくらいで泣くなら、私は勿論、女子爵とも、うまくいかなかったわね。一見人当たりはいいけど、私以上に冷酷で酷薄で切れる頭を持っている弟と相愛になった女性ですもの。大抵な男は、とても御しきれないわ。


 これだけ言ったのだから、私と結婚する気などなくなっただろうけど、万が一、また私を訪ねにきたら本当に排除するわ。


 言葉だけじゃないわよ。


 私はやると言ったら必ずやる女よ。


 それを身をもって知りたいかどうかは、どうぞ、ご自由に。





 私の頭からはもう泣きながら出ていった元婚約者の事など、すっかり消えていた。


 代わりに、脳裏を占めるのは、愛するあの人の事だ。


 愛するあの人が私を愛してくれていたのなら、家族も伯爵令嬢としての何不自由ない暮らしも何のためらいもなく捨てられた。


 使えないくせに身の内に存在する魔力のせいで死にかけた私を助けてくれた魔術師、私の魔術の師匠。


 やはり、その魔力の本来の持ち主が使えたほうがいいからと彼は私の魔術の師匠になってくれたのだ。命を助けただけで充分だろうに。奪った魔力の持ち主がどうなろうと放っておけばいいのに、それができないのが彼の責任感や優しさなのだろう。


 師匠のもう一人の弟子、私と子爵家の姉妹の魂を入れ替えた私の兄弟子である魔術師ほどの絶大な魔力や完璧な美しさを持っているわけではない。魔力がある事以外は、ごく普通の男性だ。


 それでも、私は師匠に恋をした。


 そんな私と違い、師匠にとって私は助けてあげた子供に過ぎなかった。


 幼女から年頃の、それも誰もが絶賛する美しい娘になっても、それは変わらなかった。


 それでも、私が譲渡した魔力によって師匠とは繋がっていられた。一般的な恋人同士よりも強い結びつきがあるのだと思っていられた。


 けれど、魂を入れ替えられたあの不測な事態で運命が変わった。私だけでなく師匠までもが。


 師匠は、あの不測な事態で愛する女性と出会ったのだ。


 最初は妹と、次には私と魂を入れ替えられた子爵家の姉。


 私が故郷ではないこの地の修道院で修道女になったのは、縁を切った家族から離れたかったからだけではない。


 子爵家の姉が、師匠の愛する女性がいるからだ。


 私から見れば、容姿も能力も平凡で、どこに惚れる要素があるのかまるで分からない、ごく普通の女性なのだけれど。


 恋など、そんなものなのだろう。


 容姿や能力の優劣によってではなく、いつの間にか、堕ちてしまうのが恋なのだ。


 私が師匠に恋したように。


 師匠が彼女に恋したように。


 弟と彼女の妹が互いに恋したように。


 逆に、どれだけ熱く強い想いを向けられても心が動かない場合もある。


 死に瀕していた所を助けてくれた事に感謝はしても、彼女が師匠に同じ想いを抱く事はなかったのだから。


 師匠の心を奪った彼女を憎む事などしない。


 恋だけは、どうにもならない。勉強や武芸のように優劣がつくものではない。


 それに、彼女に恋したその心もまた師匠を構成する一部だ。だから、彼女に恋したその心も含めて私は師匠を愛している。


 だから、師匠が愛している女性の傍で、愛する師匠を想いながら生涯生きていく。


 そんな生き方は不毛だと言われるのかもしれない。


 けれど、互いに他に想う人がいる相手と結婚して、虚ろな心を抱えて生きるよりは何倍もマシだ。


 他人に何を言われても、これは自分が選んだのだと、これこそが自分の幸せなのだと、胸を張って言ってやる。


 伯爵令嬢だった「わたくし」は、もういない。


 ここにいるのは、ただの修道女の「私」だ。


 これからは、誰のためでもない。


 私は私のために生きていく――。




 




 




 

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